『福猫屋 お佐和のねこかし』刊行記念スペシャルエッセイ①/三國青葉

文字数 2,196文字

心温まる優しい歴史小説が話題の三國青葉さんの新シリーズ「福猫屋」、第2巻が刊行です!。

第2弾は、『福猫屋 お佐和のねこかし』

その刊行を記念して、猫好きの三國さんがまたまたとっておきの「猫エッセイ」をよせてくださいました!

猫の恋/三國青葉


 『猫の恋』は春の季語で、多くの俳人たちが句を詠んでいます。もちろんあの松尾芭蕉も。


 猫の恋やむとき閨の朧月『をのが光』


 まとふどな犬ふみつけて猫の恋『茶のさうし』

 (ちなみに『犬の恋』という季語はありません。犬、怒ってるよね……)


 芭蕉の優れた弟子を『蕉門十哲』〈しょうもんじってつ〉と称しますが、彼らもまた猫の句を詠んでいたりします。その十哲のうちのふたり、其角と嵐雪の猫にまつわるエピソードをご紹介したいと思います。


 宝井其角〈たからいきかく〉は芭蕉最初期の門人で、筆頭弟子というだけでなく、元禄俳壇の立役者として活躍しました。豪放洒脱で大酒呑み。芭蕉に『朝顔に我は飯食う男なり』と深酒を戒められてもいます。余談ですが、赤穂浪士討ち入り前日に大高源吾と両国橋でばったり出会い『年の瀬や水の流れと人の身は』と其角が詠んだところ、大高源吾が即座に『あした待たるるその宝船』と返したというエピソードは創作だそうです。残念……。


 さて、其角は大の猫好きだったそうです。『焦尾琴』〈しょうびきん〉には、猫の恋を詠んだ句を集めた『古麻恋句合』〈こまこいのくあわせ〉(『古麻』は猫の意)が所収されています。また、猫の五徳を句にしているそう。


 其角の詠んだ句に


 猫の子のくんずほぐれつ胡蝶哉


 というのがあります。子猫たちは飛んできた蝶々を捕ろうと必死です。お互い相手の背に乗って体を伸ばしたり跳びついたり、上ばっかり見ているので、ときどき踏み外して転んだり、を延々と繰り返しています。一方の蝶々は、「てやんでえ! お前たちみてえな小童に捕まってたまるかってんだ!」とばかりにひらひら飛び回るというのどかな春の日。猫好きならではの『くんずほぐれつ』ですよね……。


 服部嵐雪〈はっとりらんせつ〉は、芭蕉に『草庵に桃桜あり。門人に其角嵐雪あり』と称されるほど才能を評価されていました。芭蕉の晩年は少し関係が微妙だったようですが、芭蕉に対する尊敬の念はずっと変わりませんでした。芭蕉没後は蕉門江戸派の勢力を其角と二分しました。若いころは放蕩していたものの、晩年は禅を修めるなどしました。作風は質実で柔和、穏健。


 嵐雪夫妻には子どもがなく、元遊女であったと言われる妻の烈〈れつ〉は大の猫好きで、飼っている猫をとてもかわいがっていました。人間が使っているのよりも良い布団や器を与え、忌日にも生魚を食べさせます。これが気に入らなかった嵐雪は改めるよう注意しましたが烈は聞き入れません。腹が立った嵐雪は烈の留守に猫を遠方の知り合いのところへやってしまいます。帰宅した烈は猫がいないと半狂乱になり「猫の妻いかなる君のうばひ行く」と詠んだとのこと(さすがは嵐雪の妻!)。心配のあまり具合が悪くなってしまった烈を気の毒に思った猫好きの隣人が、嵐雪の仕業だと告げ口をしたので、「私をだましたんですね!」「お前がかわいがり過ぎるからだ!」と、夫婦喧嘩が勃発。延々と争い続けていましたが、隣人と嵐雪の門人のとりなしで烈が謝罪したところ嵐雪も機嫌を直し、猫も戻って来ておさまったそうです。ペットよりも自分のほうが待遇が悪いのではないかとか、自分の家族内ランキングはひょっとするとペットより下なのではとか、常日頃感じていらっしゃる夫族の方々には身につまされるお話かもしれません。


 『睦月はじめの夫婦いさかひを人々に笑はれて』と端書〈はしがき〉し、『悦ぶを見よや初音の玉ははき』の句を添えて、この出来事を描いた嵐雪自筆の『妻愛猫図』が残されています。首輪をして布団にどっしり座った猫はどこか偉そうです(さらにこの逸話、2019年の東大入試に出題されました)。


三國青葉(みくに・あおば)

兵庫県生まれ。お茶の水女子大学大学院理学研究科修士課程修了。2012年「朝の容花」で第24回日本ファンタジーノベル大賞優秀賞を受賞し、『かおばな憑依帖』と改題してデビュー(文庫で『かおばな剣士妖夏伝 人の恋路を邪魔する怨霊』に改題)。幽霊が見える兄と聞こえる妹の話を描いた『損料屋見鬼控え』は霊感のある兄妹の姿が感動を呼んで話題になった。その他の著書に『忍びのかすていら』『学園ゴーストバスターズ』『学園ゴーストバスターズ 夏のおもいで』『黒猫の夜におやすみ 神戸元町レンタルキャット事件帖』 『心花堂手習ごよみ』などがある。

頬ずりしたり、じゃらしたり。

福猫屋の新商売「猫茶屋」が大繁盛!

文庫書下ろし・あったか時代小説!


ネズミ捕りの猫を手配したり、猫をあしらった小物を作ったり、さらには子猫と遊びたい客が存分に楽しめる猫茶屋を開いたりして、福猫屋の経営もやっと軌道に乗りかけてきた。そんな矢先、突然猫が消える「猫さらい」の噂が伝わってくる。すでに地元の両国界隈で発生しているらしい。三味線に使う目的のためにトラ猫と白猫が売り飛ばされているという噂まで上っていた。果たして福猫屋では白猫のユキが行方不明になった。犯人は客の中にいるのだろうか。そしてこの「猫さらい」をきっかけに、お佐和が思いついた新たな商売とは……。

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