『スイッチ 悪意の実験』応援コメント⑤ 五十嵐律人

文字数 1,507文字

祝重版!! 

第63回のメフィスト賞 受賞作

『スイッチ 悪意の実験』を読んで、

歴代の受賞者たちが応援コメントを寄せてくれました!

5回目は第62回の受賞者・五十嵐律人さんです。

日常の延長線上で突きつけられる究極の二択

 座談会を読んだときから、令和初のメフィスト賞受賞作が発売されるのを心待ちにしていました。『スタンフォード監獄実験』などの心理学の実験に興味があり、本作でも「純粋な悪」が存在するのかを見極める実験が描かれていると知って、心惹かれたからです。

 前のめりで読み始めたわけですが、期待は裏切られず、ラストまで一気に駆け抜けてしまいました。

 心理学の実験というと、小難しい場合分けが設定されていたり、専門知識が求められたりといった難解なイメージを抱きがちですが、本作で描かれている実験はとてもシンプルです。被験者に求められるのは、スイッチを押すか否かの選択だけなのですから。一方で、その決断を導くための葛藤や行動が緻密に描写されていて、登場人物と共に考えながら読み進めることができました。

 普通に生きていく中でも、膨大な数の選択を半ば無意識に行っています。目覚ましに従って起きるか二度寝を決め込むか、ラーメンを大盛にするか並盛に留めるか、気になる服を買うか我慢するか……。遅刻も肥満も金欠も、苦しむのは未来の自分なので無責任に決めることができます。でも、その選択によって無関係の第三者の人生が狂うとしたら?

 日常の延長線上で突きつけられる究極の二択が、リアリティを伴って迫ってくる。ざらりとした読み心地で、中盤に至るまでの展開がとても贅沢だと思いました。

 本作では、安楽是清というユニークなキャラクターの心理コンサルタントが、「純粋な悪」について言葉巧みに説明するのですが、僕自身も弁護士という職業柄「悪意」について考えることがよくあるので、興味深く読めました。

 刑罰においては、同じ結果が生じても、動機によって処罰が変わります。たとえば、包丁を突き刺して命を奪った場合でも、介護疲れによる殺人に対して情状酌量によって執行猶予付きの判決が宣告されることもあれば、通り魔殺人に対して身勝手な動機を非難して無期懲役が宣告されることもあります。

 安楽是清は、何を「純粋な悪」だとみなしているのか。その考え方を犯罪に当てはめた場合、どのような行為が「純粋な悪」によるものと評価されるのか。保険金殺人と通り魔殺人とでは、どちらの方が「悪い」行為なのか。加害者、被害者、第三者の視点で考えたとき、その結論は妥当なものなのか。そういった思考実験的な側面でも楽しむことができました。

 本作は、スイッチを押すか否かだけで完結する物語ではありません。実験が一つの決着を迎えてから、とある事件の発生を皮切りに、物語が予想外の方向に展開していきます。ミステリーとしてのロジックも楽しめて、宗教観に関する薀蓄も楽しめて、登場人物の成長も楽しめて……、やっぱり、後半に突入しても贅沢な一冊でした。

「純粋な悪」というテーマが魅力的だった分、どう締め括るのだろうとそわそわしていたのですが、これを描きたかったのかと納得するラストも要注目です。

「純粋な悪」が存在するのかを見極めるための実験が、「〇〇〇〇」の存在を証明してしまう。希望のあるラストでありながら、皮肉めいた余韻も味わえます。

 作中で繰り返し描かれるコイントスのように、表裏一体の物語を堪能できました。

1990年岩手県生まれ。東北大学法学部卒業。弁護士。『法廷遊戯』で第62回メフィスト賞を受賞し、デビュー。2作目の『不可逆少年』に続き7月には『原因において自由な物語』が発売予定。

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