第28回 SATーlight 警視庁特殊班/矢月秀作
文字数 2,713文字
SITやSAT(警視庁特殊部隊)よりも小回りが利く「SATーlight(警視庁特殊班)」の面々の活躍を描く警察アクション・ミステリー。
地下アイドルの闇に迫るSATメンバーたちの活躍を描きます!
毎週水曜日17時に更新しますので、お楽しみに!
《警視庁特殊班=SAT-lightメンバー》
真田一徹 40歳で班のチーフ。元SATの隊員で、事故で部下を死なせてSATを辞めたところを警視庁副総監にスカウトされた。
浅倉圭吾 28歳の巡査部長。常に冷静で、判断も的確で速い。元機動捜査隊所属(以下2名も)
八木沢芽衣 25歳の巡査部長。格闘技に心得があり、巨漢にも怯まない。
平間秋介 27歳の巡査。鍛え上げられた肉体で、凶悪犯に立ち向かう。
6
スナックりんでは、サクラママが片付けをしていた。
人がいなくなったL字ソファーに、金田と浅倉が座っている。テーブルには、サクラママが出してくれたコーヒーのカップが二つ置かれていた。
二人は、挨拶は交わしたものの、以降はコーヒーを啜る音しか聞こえてこなかった。
水の流れる音が止まった。サクラが厨房からゴミ袋を持って出てくる。
「金田さん、戸締りお願いしてもいいかしら」
「はいはい。いつも通りね」
金田が言う。
「帰られるんですか?」
浅倉が声をかける。
「今日は遅いくらいよ。じゃあ、ゆっくりしていってね」
サクラは微笑み、ゴミ袋を手に店を出た。
ドアが閉まり、一瞬店内がしんとなる。
浅倉はカップを取って、ぬるくなったコーヒーを一口含んで飲んだ。テーブルにカップを戻すと共に顔を上げる。
「金田さんは、この店の鍵を持っているんですか?」
「持ってませんよ」
金田が笑顔で答える。
「えっ、戸締りはどうするんですか?」
「中から鍵をかけるだけです」
「別荘にはお帰りにならないんですか?」
目を丸くする。
「今は、この店の奥にある四畳半の和室で寝泊まりさせてもらってるんですよ」
金田は微笑んだまま答えた。
「別荘へは戻っていないんですか?」
「ええ。あそこは何かと物騒なもので」
意味深な返事をした。
「君……浅倉君でしたか。警視庁の特殊班とはどういう部署ですか? 初めて聞きますが」
「なかなか説明しづらいんですが、特殊部隊が出るほどではないものの、一般の警察官では危険が伴うと判断された事案を担当する独立部署です。たとえば、緊急を要する一般人の保護や武器が使用される組織への先行突入、制圧、検挙などですね」
「なるほど。要するに、物騒な事件を引き受ける部署というわけですね」
「まあ、平たく言えばそうなります」
浅倉は苦笑した。
「で、今回の私の会社に関わる件は、物騒な事件と判断されたわけですか」
金田は笑みを崩さない。
「確定したわけではないのですが……」
浅倉はカップを取って、コーヒーを飲んだ。一つ咳払いをして、グッと顔を起こす。
「端的に伺いますが。フラップで売春斡旋していた事実はありますか?」
ストレートに訊いてみた。
「君たちはどう見ているのかな?」
金田は問い返してきた。
腹を探るつもりか。意表をついて黙らせようとしているのか。意図が見えない。
浅倉は駆け引きに乗らない選択をした。
「これまでの調べで、確たる証拠はつかめていないものの、限りなくクロだと見ています」
正直に答えた。
すると、金田はふっとうつむいた。ゆっくりと立ち上がり、浅倉を見下ろす。
「一杯付き合ってくれんかね」
そう言うと、厨房へ入った。勝手知ったる我が店のようにグラスを二つ出して氷を入れ、ウイスキーのボトルを持って戻ってきた。
グラスにウイスキーを三分の一ほど注ぎ、一つを浅倉に差し出す。
金田がグラスを持ち上げた。浅倉もグラスを取り、合わせた。
一口含む。樽の香りがスッと鼻に抜ける。飲み込むと、喉元が熱くなった。
金田もウイスキーを噛み締め、飲み込み、グラスを持ったまま、浅倉を見やった。
「君たちの見立てだが、間違ってはいない」
金田ははっきりと口にした。
「売春の斡旋をしていたということですね?」
念を押す浅倉に、金田は首を縦に振った。
「私たちが調査した限りでは、フラップのライブの間に休憩時間があり、その時におおよそファンとは思えない装いの中高年男性が入ってくると言っていました。その男性たちが買春相手ですか?」
「そうだ」
「途中から入ってきた人たちの入場料は高いそうですが、それが売り上げですね?」
「よく調べているね。そういうことだ。入場料として二万五千円から三万円、場合によっては五万円を受付で集める。そのうち、女の子の取り分が四割。うちの取り分が四割」
「残りの二割は?」
「仲介者に払っている」
「仲介者とは、誰ですか?」
「君たちの調べがついているかはわからないが、音楽プロデューサーの浜岡大善という男だ」
金田が言った。
「浜岡なら、うちの者がマークしています」
「すごいな、君たちは。いやしかし、そこまで把握されているなら、組織の壊滅も時間の問題か」
「組織とは? あなたが作ったフラップのことですか?」
浅倉が訊いた。
「それもある」
金田は一口ウイスキーを飲んだ。
「それ〝も〟?」
疑問を口にする。
金田はグラスを握ったまま、浅倉に目を向けた。
「私がフラップを立ち上げた当初は、売春とはまったく関係がなかった。純粋に、わずかな時でもアイドルとして輝きたいという女の子たちを舞台に立たせていた。しかし、手持ちの資金はたちまち底をついた。資金繰りに窮している時、どこで嗅ぎつけたのは知らないが、浜岡が私の元を訪ねてきた」
「やはり、広崎みのりさんの関係ですか?」
「そこまで知っているのかね」
金田は少し目を見開いたが、すぐ素の顔に戻った。
「浜岡が私に接触してきた時、みのりの伝手を使ったのは事実だ。が、当初は、私もみのりも彼らが秘密裏に行なっていた売春には関わっていなかった」
「秘密裏にとは?」
矢月 秀作(やづき・しゅうさく)
1964年、兵庫県生まれ。文芸誌の編集を経て、1994年に『冗舌な死者』で作家デビュー。ハードアクションを中心にさまざまな作品を手掛ける。シリーズ作品でも知られ「もぐら」シリーズ、「D1」シリーズ、「リンクス」シリーズなどを発表しいてる。2014年には『ACT 警視庁特別潜入捜査班』を刊行。本作へと続く作品として話題となった。その他の著書に『カミカゼ ―警視庁公安0課―』『スティングス 特例捜査班』『光芒』『フィードバック』『刑事学校』『ESP』などがある。