『薔薇のなかの蛇』恩田陸×担当編集者対談!

文字数 4,640文字

恩田陸さんの『薔薇のなかの蛇』は、「ブラックローズハウス」と呼ばれる英国貴族の館を舞台にした魅惑のゴシック・ミステリ。どこか陰のある不思議な魅力をまとった少女、リセ・ミズノが一族の謎に迫る。1997年の『三月は深き紅の淵を』で初登場後、『麦の海に沈む果実』(2000年)と『黄昏の百合の骨』(2004年)でそれぞれ中学、高校時代が描かれた水野理瀬が、今回は大学生となって登場。

累計100万部突破の「水野理瀬シリーズ」最新刊『薔薇のなかの蛇』文庫化を記念して、「メフィスト」連載時の担当・栗城浩美、単行本刊行時担当の戸田涼平が、著者と語り合いました!

いつの間にか読者の間で認識されていた「理瀬」シリーズ


栗城 理瀬が最初に登場したのは、『三月は深き紅の淵を』の第3章「回転木馬」でしたね。


恩田 そうですね。あれは私が初めてミステリくくりで書いたもので、こういう今まで自分が読んできた好きなジャンルを書いていいんだと気づかせていただいた本でもあります。理瀬は最後に出てくるだけだったんですけど、そこから派生していったものが、いつの間にかシリーズという感じになりました。自分では全然その自覚がなかったんですけど。


戸田 長編のシリーズ作としては、『麦の海に沈む果実』『黄昏の百合の骨』、理瀬の同級生である憂理のその後が描かれる『黒と茶の幻想』があります。でも、こちらから発信したわけではなく、いつの間にか読者の間で「理瀬」シリーズとして浸透していたという感じです。今回の『薔薇のなかの蛇』も、待ってました! という反応がいっぱいきています。


恩田 ありがたいことです。


栗城 理瀬を主人公にした『麦の海に沈む果実』を書いているとき、恩田さんのなかで「この子のシリーズになるかも」という予感はあったんですか?


恩田 わからないけど、とにかく自分の趣味全開で書いたのは覚えているんです。「もう、やりたいことやろう!」って感じで。まあ、あり得ないじゃないですか。北海道の湿原のど真ん中に、あんな全寮制の超金持ち学校があるなんて(笑)。


栗城 しかも、日常的に殺されてるし、毒も盛られてる (笑)。私がこの作品で一番印象的だったのは、理瀬像そのものでした。「強くてりりしい女の子」が主人公に据えられることは当時まだ少なく、まぶしく感じましたが、強いだけではなく──。


恩田 理瀬のダークな部分ですよね。私は子どもの頃に『秘密の花園』(注:フランシス・ホジソン・バーネットの小説)で「これだけ性格が悪くてもヒロイン!?」という衝撃を受けているので、これくらいは。


栗城 恩田さんは多彩なお話の種のようなものを持っていて、まさに稀代のストーリーテラーだと思います。普段から私たち編集者よりもたくさんの本を読んでいますよね。恩田さんが今どんな本を読んでいるのか、最近何が面白いと思ったのかというのは、いつも気になっています。本だけではなく、お芝居も映画も観ているし、音楽にも詳しいし……。もう、カルチャーの鬼ですよ。


恩田 お話が好き、というのはあるかもしれないですね。


栗城 だから、引き出しがめちゃくちゃ多いんだなと思います。

ミステリ好きにはたまらない要素がちりばめられた作品


戸田 理瀬のダークな部分、単なる優等生ではないというのは、読者にも新しかったんじゃないでしょうか?


恩田 でもたぶん、私と同世代で、私と同じような少女マンガを読んできた人たちには、バックグラウンド的にもう準備ができていたんじゃないかと思うんです。


栗城 たとえばどんなマンガでしょう?


恩田 萩尾望都先生の『ポーの一族』や『トーマの心臓』、あとは内田善美先生の『ひぐらしの森』とか。当時もそんな先行作品へのリスペクトを前面に出していました。それに、邪悪な人は書いていて楽しい、というね。


栗城 理瀬の邪悪さは1冊ごとにジャンプアップしています。今回の作品の理瀬には、余裕すら感じます。


恩田 確かに。今回はトリックスター的なところもあるかもしれません。


戸田 タイトルも、前作の「百合」から今回は「薔薇」です。可憐なイメージもあった理瀬ですが、怪しく棘(とげ)のある、内面に闇すら抱えて人間的な魅力がさらに増した、という印象です。シリーズのファンには、そんな理瀬の新しい面も楽しんでもらえるかと。


恩田 理瀬の邪悪な成長をね(笑)。


戸田 一方で、ミステリ好きの方にとっては「呪われた館」とか「一族への脅迫状」とか、ひとつひとつのアイテムもたまらないし、読んでいくうちにどんどん惹きつけられる作品になっていますよね。恩田さんの作品を読んだことがない方にも、ぜひ読んでほしいですし、面白いミステリとしておすすめしたい作品です!


小説の世界観を後押しする北見隆さんの美しい装画も見どころ


栗城 この作品は、贅沢なゴシック・ミステリでありながら、ある種、贅沢な少女マンガでもありますね。


恩田 そうですね。少女マンガが好きな方にもおすすめの世界観になっていると思います。本当に私の好きなものが全部入った、趣味全開の作品なので。


戸田 「理瀬」シリーズの装丁のディレクションをずっと手掛けていただいている北見隆さんの挿絵も、今回はこれまでで一番多く入れています。それを眺めるだけでも楽しいですよね。


恩田 本当に、画伯のイラストが素晴らしいので、そちらもぜひ。


戸田 この「理瀬」シリーズは、恩田さんと北見さんがタッグを組んでいる作品というイメージがあるのも、一つの特徴だと思います。この間、北見さんから聞いたのですが、このシリーズのファンで北見さんの個展を見にきました、というお客さんもいるみたいですよ。


恩田 それはうれしいですね。もともと北見さんって、赤川次郎先生の本などもずっと手掛けていらっしゃったりして、私の憧れでしたから。最初に描いていただいたときも、本当にうれしかったのを覚えています。『麦の海に沈む果実』のときにプレゼントしていただいた単行本の表紙のリトグラフは、今でも我が家に大切に飾ってありますよ。

物語の着地点が見えるのはいつも連載終盤


栗城 今回の『薔薇のなかの蛇』が「理瀬」シリーズとしては17年ぶりの単行本ということになりますが、『メフィスト』で最初に出たのは2007年です。


戸田 連載自体は14年間くらい?


恩田 断続的に連載をしていたから、空いたときもあるんですよね。


栗城 連載第1回を書き始めたとき、着地点はすでに見えていたのでしょうか?


恩田 まさか。まったく(笑)。


栗城 ある時点で「わかった!」みたいな。連載が終わる2回とか3回前くらいに「この話の全体が見通せました」とお聞きすることが何度かあったような。


恩田 そうですね、「この話、終われます!」って感じで。


戸田 そういう瞬間があるんですね。


栗城 恐らく無意識のなかでは見通しているんだと思います。伏線も自然なかたちで回収されているし。


戸田 単行本にまとめたときに齟齬(そご)がないのがすごいですよね。


栗城 ほとんどゲラの直しもないですよね。


戸田 確かにそうでした。


恩田 私はいつもタイトルを決めてからじゃないと書き出せないのですが、書き出すのも結構時間がかかるほうで、最初は何度も書き直したりしています。でも、書き始めてからは、もう連載の原稿をあとで直すということが難しいのを経験上知っているので、そんなに直さなくなりました。


栗城 以前、恩田さんが小川洋子さんと対談されたときに、おふたりが物語についてお話しされたことが心に残っています。おふたりとも、「物語の大木みたいなものがあって、そのまわりをまわっているうちにわかるんです」と。


恩田 自分でつくっているというよりは、どこかに話があって、それを見つけるか見つけないか、みたいな感じなんですよね。


栗城 たくさんの作家さんのインタビューや対談を読んできましたが、あまり聞いたことがない表現で強く印象に残りました。


恩田 宮部みゆきさんはお尻から書くっておっしゃっていましたね。


栗城 それも個性的な書き方ですね。


恩田 最後が決まってて、そこからさかのぼるんだと。それもなるほどなと思います。でも私は、「私もこの先が知りたい!」って思いながら書いているので(笑)。


初めての海外取材だったイギリスへの旅


恩田 しかし、17年ぶりというとすごいですね。それこそ、栗城さんと一緒にイギリスに行ったあの取材を、今ここでやっと使っているという(笑)。


栗城 恩田さん初のエッセイ集となった酩酊混乱紀行『恐怖の報酬』日記で、イギリスとアイルランドを取材したときですね。あれが2005年発売なので、ちょうど「理瀬」シリーズ前作の『黄昏の百合の骨』のあとですか。


戸田 ちょうど『薔薇のなかの蛇』を書き始めた2007年の前に行かれたということですね。


栗城 あれが、恩田さんにとって初めての海外取材だったんですよね。


恩田 そうですよ。飛行機に乗ったのが2回目ですから。


栗城 エッセイを読まれた方ならご存じですが、飛行機が大の苦手な恩田さんが意を決して実行した海外取材ですからね(笑)。今は旅行にも行けないですから、今回の作品を読んでぜひイングランドの雰囲気も味わっていただければ。


恩田 そうですよね。あとはモロッコに行ったときの取材も使わないと。モロッコ編も中断していますからね……。


戸田 これまでに恩田さんが書かれた作品って、全部で何冊くらいになるんですか?


恩田 ノンフィクションとかも入れて70冊くらいですかね。


戸田 ほぼ30年で70冊ですか。コンスタントに出されていますよね。


栗城 1年に2冊以上をほぼ30年! 今はどれくらい連載をお持ちですか?


恩田 なるべく数えないようにしているけど(笑)。毎月2本くらいで、あとは隔月とか季刊とか、全部で6本くらい?


栗城 ほとんどの出版社とお付き合いがありますもんね。いろいろ山積みだと思いますが、理瀬シリーズの続きはどうなるんですか?


恩田 まだ考えていません。でもまあ、理瀬も好きだし、今回出てきたアーサーとか、前作に出ていたヨハンとかも好きなので。ぜひまた、邪悪なものを(笑)。


戸田 次回やるとしたら、理瀬が20代半ばくらいですかね。


恩田 そうですね。もうがっつり世間に出て、働いていただきましょう。


栗城 理瀬の一族のなかでの立ち位置もどうなっているか気になりますね。


恩田 そうですね。前作で出てきた校長先生も、元気かしら?


栗城 ジェンダーレスな校長先生。むしろ現代にマッチした登場人物ですね。


恩田 確かに、今にしてみれば。


栗城 次回作も楽しみにしておりますが、まずは『薔薇のなかの蛇』をいろいろな方に手に取っていただきたいですね。


恩田 理瀬シリーズの入り口的にもいいかもしれないですよね。単にミステリとして読んでもらっても楽しいと思うし。逆に先入観なしでこの本から読み始めてもらったら、それはそれですごくうれしいです!


撮影/渡辺充俊


恩田 陸(おんだ・りく)

宮城県生れ。早稲田大学卒。

1992(平成4)年、日本ファンタジーノベル大賞の最終候補作となった『六番目の小夜子』でデビュー。2005年『夜のピクニック』で吉川英治文学新人賞、本屋大賞を、2006年『ユージニア』で日本推理作家協会賞を、2007年『中庭の出来事』で山本周五郎賞をそれぞれ受賞した。2017年『蜜蜂と遠雷』で第156回直木賞と第14回本屋大賞を受賞。

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