第59話 花巻に屈せず、薬物摂取動画をネットに上げた立浪だが

文字数 3,129文字

「それじゃあ、大河内に復讐できないじゃないですか!」
『牧野のシャブ動画で「帝都プロダクション」は莫大な違約金を抱えた上に、僕からも大金を強請り取られて一文無しになるでしょう? 大河内は金も権力も失うんだから、十分に復讐したことになるじゃない? こっちが切り札を温存してれば大河内はお礼参りもできないし、泣き寝入りするしかないのさ。敵のすべてを奪わず逃げ道を残してあげるのが、僕らの身を守ることにも繋(つな)がるんだから。ね? 何事も腹八分目。窮鼠(きゅうそ)猫を咬(か)む一歩手前でやめといたほうが、僕達がウインウインになれるからさ~。ね?  ね? そうしよう?』
花巻が無邪気な少年のように言った。
「申し訳ありませんが、大河内を純粋に金蔓(かねづる)として見ている花巻さんと、因縁がある私では根本的に違います。私にとって大河内は、殺したいほどの相手です。殺せない以上、せめて刑務所に……」
『だったら、殺しなさいよ! 息の根を止めれば大河内も復讐できないから! 殺す度胸もないくせに、中途半端に追い詰めて周りに迷惑をかけるんじゃないよ!』
 突然の花巻の豹変(ひょうへん)ぶりに、立浪は驚きを隠せなかった。
『な~んてね。どう? ドン・コルレオーネみたいだった? 立浪ちゃんの役目は牧野健の爆弾を落とすまで。あとは僕ちんに任せて! このドン・コルレオーネ様が立浪ちゃんの憎き仇から、立ち直れないほどの大金をた~んまり脅し取ってあげるよ~。とにかく、約束を破ったら鈴村ちゃん一家は家なき子になるからね~。ほな、さいなら』
 関西の芸人風に言い残し、花巻が電話を切った。
 鈴村の番号を呼び出そうとした指を宙で止めた。
 いまは、牧野健の記事を仕上げることが最優先だ。
 鈴村と会うのは、明日、動画をUPしてからでも遅くはない。
 立浪はスマートフォンをテーブルに置き、パソコンに向き直り編集作業を再開した。

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「ねえねえ、これ! ヤバくない!?
「牧野健!? 噓!」
「クスリやってるよ!」
「この女誰よ?」
「マジかよ!? 完全にラリってるじゃん」
「ショック……。優しい牧野さんと全然違う……」
「やっぱり、芸能界って怖いね」

 立浪は満員電車に揺られながら、そこここから聞こえてくる会話に耳を澄ました。
 学生、サラリーマン、OLがスマートフォンを片手に驚いた顔をしていた。
 午前五時に牧野健の薬物摂取動画を拡散した。
 僅(わず)か二時間半で動画の再生回数は二百万回を超え、この車両のほとんどの乗客が牧野の動画を話題にしていた。
「スラッシュ」で作業を終えた立浪は、鈴村の自宅のある中野まで電車で移動した。
 タクシーや車だと、世間の反応がわからないからだ。
 立浪は中野駅で電車を降りた。
 ホームを行き交う人々もスマートフォンに釘付(くぎづ)けになり、方々から牧野の話題が聞こえてきた。
 国民的俳優が薬物を摂取している現場の動画が投稿されているのだから、人々が騒ぐのも無理はない。
 立浪は改札口を抜けながら、スマートフォンを取り出した。
 大河内からの着信履歴が数十件入っていた。
 居留守を使ったわけではない。
 人込みで話せる内容でないのがわかっているから、電話に出なかっただけだ。
 立浪は駅を出てタクシーに乗ると、大河内の番号を呼び出した。
 通話ボタンをタップしようとしたとき、大河内から着信があった
『おいっ、てめえっ、やってくれたな!』
受話口から、大河内の怒声が流れてきた。
「どうしました?」
立浪は冷静な口調で言った。
『どうしましただと!? てめえは、俺に喧嘩(けんか)売ってんのか!? 牧野の動画を流したのは、てめえだろうが!』
大河内の怒声に、スマートフォンのボディが軋(きし)んだ。
「牧野さんの動画を流したって、どういうことですか?」
『てめえっ……俺をコケにするつもりか! 拡散されてる動画を撮ったのはてめえだろうが! 俺に牙を剝(む)いた以上、てめえの周辺の奴らがどうなるか覚悟の上なんだろうな!? おお!』
 大河内の恫喝(どうかつ)に、立浪の五臓六腑(ごぞうろっぷ)に火がついた。
「おとなしく従うといっても、物事には限度があります。私の周辺の人間におかしなことがあれば、大河内社長にとって致命的な動画を投稿します。その動画があなたに与えるダメージは、牧野さんの薬物動画とは比較になりません」
『あ!? ハッタリ言ってんじゃ……』
「達臣君の動画です」
 立浪は大河内を遮り言った。
『なっ……』
 大河内が絶句した。
『なんのことだ? そんなもん知らねえな』
我に返った大河内がシラを切った。
 大河内は立浪の口から達臣の名前が出て動揺しただけで、女子高生をレイプした後に撲殺した動画が存在することを知らない。
「七年間行方不明の女子高生と達臣君が知り合いだったとは驚きです」
 立浪が言うと、大河内が息を吞(の)む気配が受話口から伝わってきた。
『てめえ……なにが言いたい?』
 大河内が、押し殺した声で訊ねてきた。
「それは誰よりも、大河内社長がご存じだと思いますが」
 立浪は、小馬鹿にしたような口調で言った。
『仮に存在するとして、そんなもんどこから手に入れた?』
 大河内は必死で平静を装っているようだった。
「入手先なんてどうだっていいでしょう。大事なことは、達臣君が高校時代に女子生徒をレイプし、騒がれて殴り殺してしまったこと。その後パニックになり、大河内社長に電話したこと。ほどなくして、複数の男達が駆けつけて女子生徒の死体を運び出したこと、これらすべてが動画に残されているという事実です」
『貴様っ……』
 大河内の歯ぎしりが聞こえた。
 組員らしき男達が女子生徒の死体を運び出す場面は映っていないが、大河内にバレることはない。
 花巻は達臣の動画を投稿するなとは言ったが、大河内に話すなとは言っていない。
 どちらにしても、このやり取りが花巻の耳に入ることはない。
 大河内が、自らの弱みになる達臣の動画の存在を花巻に話すはずはないのだから。
「安心してください。この動画を公開するつもりはありません。ただし、それは私の周囲になにも起こらなかった場合です。もし、一人でも身辺になにかが起こったら、そのときはあなたの息子さんの秘められた悪事が世の中に晒(さら)されることになるでしょう」
『てめえっ……俺を脅してるのか!?
 大河内の声は、急所に銃弾を喰らった獣の唸(うな)り声のようだった。
「牧野さんの薬物動画で終わらせたいなら、おかしなまねをしないようにお願いします。最初で最後の警告です」
 立浪は一方的に告げると通話ボタンをタップした。
 牧野健の動画で終わらせるつもりはなかった。
 花巻が大河内から金を強請り取りダメージを与えた直後に、立浪は止めを刺すつもりだった。
 ただし、その前に鈴村の抵当権をなんとかしなければならない。
「運転手さん、停(と)めてください」
 鈴村の自宅付近のクラシカルな喫茶店の前で、立浪はタクシーを降りた。
 立浪は鈴村に電話した。
 文芸部の編集者である鈴村が、校了期間以外でこの時間帯に家を出ることはない。 
『なんだ? こんなに早く……』
「喫茶『アマン』にいる。大事な話だ」
『「アマン」だと!? お前、俺の家の近くにいるのか!?
「三十分以内にきてくれ。こなけりゃ自宅にお邪魔する」
 立浪は鈴村の質問に答えずに電話を切ると、「アマン」に向かった。

(第60話につづく)

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