記憶と想像/飯田一史

文字数 2,029文字

2020年を覆ったコロナ禍では、子どもたちもあたりまえの日常を送ることができませんでした。

そんな子どもたちのために、treeでは7月1日~8月31日の毎日、それぞれ異なる書き手による掌編連載「Story for you」を掲載しました。

このたび、「Story for you」が書籍化されるにあたり、各方面で活躍されている書き手の方に「Story for you」62本の作品の中からお気に入りの2本を挙げて語っていただきました。


最初は、現代文化を専門として活躍されている、飯田一史さんです。


★書籍版『Story for you』は2021年3月25日発売!

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飯田一史(いいだ・いちし)


出版社にてカルチャー誌や小説の編集者を経験したのち、独立。マンガ、ネット動画などのサブカルチャーと、ラノベ、ウェブ小説などの文芸をドメインに取材・執筆を手がける。文化の経済・経営的側面に関心がある。単著に『マンガ雑誌は死んだ。で、どうするの? マンガアプリ以降のマンガビジネス大転換時代』『ウェブ小説の衝撃』など。構成を担当した本に石黒浩『アンドロイドは人間になれるか』、藤田和日郎『読者ハ読ムナ』、福原慶匡『アニメプロデューサーになろう!』ほか。

 2020年のことは生涯忘れないだろう。

 それでも時間の流れとともに、細部は忘れていくのだと思う。


『Story foy you』を読んでとくに印象深かったのは矢崎存美「物語は踊る」と令丈ヒロ子「あしたはあしたで、若おかみ」だ。

 このショート・ショート集には新型コロナウイルスのことを直接的に扱った作品もあれば、そうではないものもある。個人的にはコロナ禍の生活について書いた作品のほうが胸に響いた。2020年春に発令された一度目の緊急事態宣言のときの記憶の細部を思い出させてくれるからだ。


「物語は踊る」では、学校が休校になった陽菜と、営業を自粛して浮かない顔をしながらやはり家にいる父母の姿が描かれる。

 私の息子(当時4歳)も緊急事態宣言下で保育園が休園になり、私も妻もずっと家にいて交替で面倒を見ていた。半日も働くことはできず、それでも回ってしまうくらいに仕事が減った。先が見えず、しんどかった。焦りを感じながらも救いになったのは、子どもが『マインクラフト』で建物や洞窟を作ったりして「見て見てー、すごいでしょ?」と笑いかけてくるときだった。

 だから、陽菜が創作した物語を見て笑顔になった母親の気持ちと、自分の姿を重ねて読んでしまう。


『若おかみは小学生!』のアフターストーリーである「あしたはあしたで、若おかみ」は、読むと涙が出る。旅館で働くおっこは、てんてこまいなリモート宴会の準備が終わったあとに美陽やウリ坊に話しかける。けれどもふたりの幽霊はもういない。ふたりとは、別れたあとだからだ。でも思い出すと、ほっとする。

 コロナの影響もあって、私は妻子とともに東京都墨田区から千葉県千葉市緑区に20年9月に引っ越した。息子は望まずして転園することになった。登園最終日に保育園に迎えに行くと、息子も同じ組の子たちもあっけらかんと楽しそうに「またねー!」と言い合っていた。すぐまた会えると思っていたのか、たいしたことでないと思っていたのかは、わからない。その姿を見ている私を含む大人たちのほうが、感傷的になってしまった。保育園の先生は「いつでも遊びに来てね」と言ってくれたが、おそらく息子と同じクラスの子たちが卒園するまでにコロナは収まってはいないだろう。行事のタイミングで顔を出すことすら現実的には難しい。息子は保育園で3年いっしょに過ごした友達の多くとは、もう会えない。

「あしたはあしたで、若おかみ」のなかのおっこの明るさは、息子の登園最終日の子どもたちの表情に、私のなかでは重なる――しかしそれでも別れは別れとして、たしかに存在している。そのなんともいえない二重性が、強く心を揺さぶる。

 この作品には「新しい生活」のなかで元気に生きているおっこの姿がある。と同時に、彼女が決してコロナ禍以前の世界を、友達とのつながりを忘れていないことも描かれている。会えなくても、忘れないでいることはできる。思い出すことが、日々の支えになる。

 息子にとってもそうであってくれたら、と願う。


 私にとってはこの2作が特にそうだったが、ほかの作品も、読み手それぞれが過ごした2020年の記憶を、あるいはそれより以前の日々を思い起こさせてくれるものになっているはずだ。

『繕い屋 月のチーズとお菓子の家』矢崎存美(講談社タイガ)
『異能力フレンズ』令丈ヒロ子(講談社青い鳥文庫)

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