第88回

文字数 2,379文字

今年もお世話になりました。来年もひきこもっていきましょう。


脳内とネットでは饒舌な「ひきこもり」の代弁者・カレー沢薫がお届けする、

困難な時代のサバイブ術!

先日実家の風呂で倒れて救急車で運ばれた父だが、その後意識を取り戻し現在はリハビリ中らしい。

来年別の病院に入り、そのあとはリハビリのできる施設に入るかもしれないということだ。

どちらにしても自宅に帰る目処は経っていない。


父は私にそっくり、というか私が父に似ており、私は自分のことを「父(ライト版)」もしくは「劣化父」と呼んでいる。


ひきこもりとしての年季も父の方が断然長く、私が物心ついた時から父はずっと家にいた。

一応自営業なのだが、「本当はお父さんを自分の扶養に入れたほうがいいんだけどお父さんが嫌がるから」という、父親の威厳溢れるエピソードを母から聞いたことがあるので、今思えばほぼ無職だったのではないかと思う。


ほぼ無職は私と同じだが、私はいざとなったら夫の扶養に入る気満々なので、この時点で無職としての矜持が違う。


また私の場合は一応半分は自分の持ち家であり、同居人は夫一人である。

つまり夫という割とヌルい関係性の人間を一人諦めさせれば良いだけだし、「半分は俺の家だぞ!」と所有権を主張することができる。


それに対し、父が数十年籠城をキメ込んだのは母の母、つまり父からすれば義理の母が建てた家である、さらにその義母とも同居の状態でだ。エクストリームひきこもり過ぎる。


つまり我が家はサザエさんと同じで、父はマスオさんに当たる。


ただ我が家の構成は、サザエとフネが外で働き、マスオは特に家事をするでもなく家にいて、波平は仏壇、そしてタラちゃんポジションの兄と、何者でもない本来存在しないはずの名状し難いナニカな俺、と磯野家とは若干の相違がある。


ただいくら父とて、自ら妻の実家の乗っ取りを画策したわけではない。

こうなった理由は仏壇にいる波平だ。


母は大学時代か何かに父と知り合い結婚、当初は東京あたりに暮らしていたと思われる。


なんでそんなにあやふやかというと、「他人に興味がない」のがコミュ症最大の特徴であり、実の親でもその人生に全く関心がないため「聞いてないから知らない」ことばかりなのだ。


母は一人っ子ゆえに結婚する時にも一悶着あったようだが、「こんなブスをもらう男は俺しかいない」という父の懇願に、娘の顔を見て「そうかも」と思った波平により、結婚の許しが出た、かどうかは知らないが、とにかく結婚した。


ちなみに当時二人とも「教師」だったそうだ。

つまり、一歩間違えれば、私は東京で両親とも教師という家庭で育ったかもしれないのだ。

その環境が吉か凶かは判断がつかないが、凶だった場合、両親と金属バットで殴ったり殴られたりする親密な関係になっていたと思うので、田舎のほぼひきこもりの父がいる半ゴミ屋敷で育って本当によかった。


しかし結婚して程なくして、波平が突然事故死してしまったのだ。

それにより、私から見て母方のババアが突然一人暮らしになってしまったため、それは良くないと父を連れてババアとの同居を決めた次第である。


結婚してすぐ、義実家で義母と同居など普通に考えれば嫌に決まっている。

しかしそれを承諾してくれたことに、母とババアは非常に感謝しているようだ。


だがそのせいで、ババアは自分の建てた家をほぼ父に占領されてもイマイチ文句が言いづらくなってしまったので、やはりでかい借りなど作るものではない。


私が物心ついた時、両親と我々兄妹は2階に住んでおり、祖母は1階を拠点としていた。

しかし、父の私物で2階が占領され完全に父1人のテリトリーと化してしまったため、母と兄と私は1階へ亡命した。

ここで、父が一人2階にひきこもってくれればそれでよかったのだが、父の野心はそんなものではなく、1階に逃げた我々を追撃、なぜか自らも拠点を1階に移し、そこからまた領土を広げ、最終的に我々に残された部屋は一部屋ぐらいになってしまっていた。


そしてすごいのは、そんな異常事態に対し他の家族がほぼ無抵抗だった点である。

もし家が父のものであれば、伝家の宝刀「誰のおかげで暮らしていけてると思ってるんだ」が抜けるが、家はババアのもの、収入もおそらく母とババア、そんな丸腰で家をほぼ制圧したのだ。

もちろん武力に訴えたわけではない、ただ父はこちらの「抵抗する気力」という武力を奪っただけである。

抵抗というのは「抵抗すればなんとかなるかも」という希望があるからである。

つまり父は、「こいつには何言っても無駄」というオーラだけで家族4人を圧倒し、

自宅の無血開城に成功したのである。


そんな父であるから、何十年もかけて築いた自分の城を離れ病院で暮らすのは苦痛と思うが、母談によるとそこまで家に帰りたがっている風でもないそうだ。


本気でそう思っているのかもしれないが、今の自分では自宅では暮らせないとわかって、気を遣っているのかもしれない。


このように、ひきこもりも健康で自分のことが自分でできる内しかできないのだ。

父はついに引退となってしまったかもしれないが、その血と意思を濃く引き継いだ私がいる。


だが、まだ1人諦めさせるだけで手一杯だし、2階すらまだ制圧できていない。

偉大な親を持つというのは大変なことだ。

カレー沢薫

漫画家・コラムニスト。長州出身の維新派。漫画作品に『クレムリン』『アンモラルカスタマイズZ』『ニコニコはんしょくアクマ』『やわらかい。課長 起田総司』『ヤリへん』『猫工船』『きみにかわれるまえに』。エッセイに『負ける技術』『もっと負ける技術』『負ける言葉365』『猥談ひとり旅』『非リア王』など。現在「モーニング」で『ひとりでしにたい』連載中&第1巻発売中。最新刊『きみにかわれるまえに』(日本文芸社)も発売中

★次回更新は1月7日(金)です。良いお年を!

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