劇場で大統領の首に銃弾を撃ち込む。 ブルータスを気取った俳優のテロ。

文字数 1,447文字

「われは知る テロリストの かなしき心を」(石川啄木)。テロは民主主義にとっての脅威である。しかし、暗殺が歴史のうねりを加速させた例は数多い。そんな暗殺事件から世界の歴史を俯瞰する。(年齢は事件当時)

南部連邦支持の俳優が企んだ“政府転覆計画”

エイブラハム・リンカーン暗殺事件 1865年

ワシントンD.C.にあるフォード劇場で観劇中だったエイブラハム・リンカーン(56)を銃撃したのは、ジョン・ウィルクス・ブース(26)という俳優だった。


ブースは、乗ってきた馬を劇場の従業員に預けると、まっすぐにリンカーンのいるバルコニー席に向かう。職業柄、フォード劇場の構造に詳しかったのだ。


リンカーンの後ろに立ったブースは「独裁者はこうなるのだ!」と叫びながら(一説にはこれで南部の報復は果たされた!」と叫んだとも言われる)、約1.2mの至近距離から、リンカーンの後頭部をめがけて拳銃を発射した。弾丸は後頭部左耳後5cmのところに命中。リンカーンはその翌日の4月15日の朝、死亡した。


ブースは、取り押さえようとした人にナイフを振るって傷つけたうえ、バルコニー席から舞台に飛び降りる。その際、足の骨を折ったが、馬に乗って現場からの逃走に成功した。


その後は、支持者に匿われながら逃亡生活を続けたが、4月25日夜半、共犯者の一人と農家の倉庫に隠れているところを26名の騎兵隊に包囲される。


共犯者は呼びかけに応じて投降したが、ブースは投降を拒否。騎兵隊によって、倉庫に火が放たれ、その炎に浮かび上がった影を、騎兵隊が背後から狙撃した。銃弾は首を貫通しブースは倒れた。


ブースは兵士の応急手当を断り、「母に、私は国のために死んだと伝えてくれ」と言い残したあと、動かない自分の両手に向かって何度も「役立たず!」と罵りながら、息を引き取った。頸椎が撃ち砕かれたため、首から下が麻痺していたものと思われる。


犯人のブースは南部連邦の支持者であった。当初は、リンカーンを誘拐して人質とし南軍の捕虜と交換するつもりであったが、この時、南軍の敗北はすでに決定的となっており、そのため、暗殺計画に切り替えたという。


ブースの狙いは大統領の命だけではなかった。彼は同志二人にも、副大統領と国務長官をそれぞれ殺害するように命じていたのだ。結局二人の殺害は失敗に終わったが、ブースは、為政者の暗殺によって合衆国政府を混乱させ、南部連邦を再起させようと考えていたようだ。


また、ブースはリンカーンが共和制を廃止し、君主制の国を実現しようとしているのではないかと危惧しており、シェイクスピア俳優らしく、自分をシーザーを暗殺したブルータスになぞらえていたという。


一説に、ブースの背後には、南部連邦大統領、ジェファーソン・デービスがいたとも言われる。また、命を狙われていた副大統領、アンドリュー・ジョンソンこそが実は黒幕だったという説もある。


いずれも、憶測から生まれた陰謀論に過ぎない。だが、当初「見つかっていない」とされていたブースの日記が、その後「発見されて」共犯者たちの裁判で提出された。しかし、その日記は、なぜか暗殺前の核心部分と思われる24ページ分が破り取られていた。


リンカーンは、最初に暗殺されたアメリカ大統領となった。その後、3人の大統領がいずれも銃撃によって殺害されている。

関連書籍

『マンハント リンカーン暗殺犯を追った12日間』 ジェイムズ・L・スワンソン/著 富永和子/訳(早川書房)

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