第26回

文字数 2,751文字

「密は避けよ」「旅には出よ」と政府の旗揚げゲームめいた指示に踊る2020年・秋。

連休には各地が観光客で賑わうニュース映像が踊り、空気は変わってきたのかもしれません。


観光もいいけど、でもボクらはやっぱりひきこもり。

そうは思いませんか?


脳内とネットでは饒舌な「ひきこもり」の代弁者・カレー沢薫がお届けする、困難な時代のサバイブ術!

すでに5億回ほど言っているが、ひきこもりとして生活する最大の難関は経済問題である。


自分の伸び過ぎたツノが脳に突き刺さって死んだり、己の体臭がキツすぎて死んだりと、生物の馬鹿な死因は数あれど「金がないと死ぬ」という間抜けは人間ぐらいのものだろう。


しかも生物の構造上そうなっているわけではなく、自らそういうシステムを作ってしまったのである。


たまに、金を稼ぐ個体に寄生して生きるという、人間より一段階進化したヒモ状の生物もいるが、基本的に人間は自らの労働で金を得て生きているタイプが多い。


そしてみんな薄々勘付いていると思うが、毎年この金を稼ぐための「労働」が原因で多くの人間が命を落としている。

病気だろうが自殺だろうが事故だろうが寿命だろうが、基本的に原因は「労働」である。

労働がなければ、本来人間は200年ぐらいは生きられるはずなのだ。


「そんなに生きたくない、100年でも長い」と思っている人も多いと思うが、そもそも「そんなに生きたくない」と思わせている原因が「労働」なのだ。

70過ぎても働かなければ生きていけないと言われたら、早く死にたいと思うに決まっている。


おそらく人間は、生物の中で最も知能が高いと思っていると思う。

確かにそれは間違いではないかもしれない。しかし同じ人間でも知能が高すぎる人間というのは、周りと話が合わないため相対的に「馬鹿」と思われているケースもあり、良くても「どこのコミュニティにも一人はいらっしゃるあまり関わりたくない方」と思われている場合が多い。


それと同じように、他の生物から見たら人間は「こんなバカな生き物見たことねえ」という感じだろうし、何故わざわざ足首を破壊するようなかかとの靴を履くのか、顔に石油化合物を塗りたくるのか、食料があるのに「ダイエット」という鳴き声を発して食わず、あまつさえ目の前のオスに当たり散らしているのか、そしてオスは何故そのメスとつきあっているのか、という恐怖レベルの不可解な生き物だと思う。


もちろん他の生物には「関わりたくない」と思われているだろうが、何故か人間の方から積極的に関わっていく。

「社会性がないのに社交的な人」といると、コミュニティは荒れやすく、地球がこのような惨状になっているのも「やむなし」である。


ともかく人間は、「労働」という、してもしななくても死ぬという「死に確」システムを作ってしまった。

なんでこんな希死願望の強い生き物がまだ生き残っていて、恐竜とかが絶滅してしまったのか不思議なぐらいだ。


しかし最近は人間も、労働しない、もしくは出来るだけ労働せずに生きようという考え方をする個体が増えてきた。

何故かこういう個体は、人間の中では「ダメなヤツ」扱いされることが多いのだが、生物的には正しい。


しかし、人間以外で「金」がないと生きていけない生物など存在しないが、「コミュ力」に関しては、必要とする生物がそれなりにいる。


群れで生活する生き物はそこから外れると命を落としかねないし、上下関係もある。

たとえトップに立っても引きずり降ろされることもあるし、加齢による世代交代なども起こる。


このように、人間より遥かに優れたお動物様ですら、コミュ力の呪縛からは逃れられなかったりするのだ。

ましてや人間が逃れられるはずもなく、ひきこもりにとっても経済の次に障害となるのがこのコミュニケーション問題であり、場合によっては金よりも深刻な問題になる場合もある。


そもそもコミュ力がないせいで、社会に居づらくなった者がひきこもりになるというパターンも少なくない。


つまりひきこもりになる時点で、コミュ力は平均以下と言ってもいい。


コミュ力が低く、当然コミュニティのボスになることはできず、かといって取り巻きになろうにも、他の取り巻きと「すごいっすねー!」のタイミングが微妙にずれているため「お前全然すごいと思ってねーだろ」ということがボス猿にバレるし、取り巻きにも「こいつがいると何かグルーブ下がるんだよなー」と思われてしまうのである。


よって社会では非常に地位が低くなりがちで、なおかつストレスを感じやすいため、他の個体がいない家の中にひきこもり、そこの単独ボスとして君臨し精神を守るというのは理になかった生き方である。


しかし、ひきこもることにより、ただでさえ低いコミュ力がさらに下がるという弊害があり、どうしても社会と関わらなければいけなくなった時、「社会に関わるぐらいなら死んだ方がマシ」となってそのまま死んでしまう、これが孤独死だ。


孤独死というのは外の世界に助けを求めれば助かるケースも多いのだが、その時にはすでに社会とは断絶しており、コミュ力が下にカンストしているので、どこに助けを求めていいかわからないし、助けの求め方もわからないし、何より他人と関わる気力がない。


助けを求めるには自分の窮状をわかってもらわなければいけないのだが、この「相手が理解できるように説明する」というのは、なかなか高度なコミュニケーション能力が必要なため、何十年もひきこもった人間にはまず無理だったりする。


よって「異臭を放つ」など、言葉を用いない信号により周囲にピンチを示すことになってしまうのだが、もちろんその時には手遅れである。


元々コミュ力が低いのだから、もしピンチになった時は対面や電話などで助けを求めようとするのは止めた方がよい。

「でも人間と話したくないな」などと思っているうちに死ぬ。


ひきこもる前に、助けを求める狼煙の用意、もしくはモールス信号をマスターしておこう。

★次回更新は10月30日(金)です。

カレー沢薫

漫画家・コラムニスト。長州出身の維新派。漫画作品に『クレムリン』『アンモラルカスタマイズZ』『ニコニコはんしょくアクマ』『やわらかい。課長 起田総司』『ヤリへん』『猫工船』『きみにかわれるまえに』。エッセイに『負ける技術』『もっと負ける技術』『負ける言葉365』『猥談ひとり旅』『非リア王』など。現在「モーニング」で『ひとりでしにたい』連載中&第1巻発売中。最新刊『きみにかわれるまえに』(日本文芸社)も発売中。

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