『哲学人生問答』/岸見一郎

文字数 3,174文字

「嫌いな人との付き合いが避けられません」「自分だけが労力を提供するのは損です」「自分が好きではなく、自信もありません」など。ベストセラー『嫌われる勇気』の著者として知られる哲学者・岸見一郎さんが、高校生から出された人生について切実な41の質問に答えつつ、よく生き、幸福になるための白熱授業を行いました。今を生きるすべての人に響く導きの書が、このたび文庫になりました。

岸見一郎さんの『哲学人生問答』、目次&試し読みです。

目次


はじめに 10


第1部 「よく生きる」ということ


「ただ生きる」のではなく「よく生きる」 016


「成功」と「幸福」は別もの  017


幸福は質的なもの、成功は量的なもの  023


幸福はオリジナルなもの、成功は一般的なもの 025


どうしたら幸福になれるか  027

❶人からどう思われるかを気にしない  028

❷自分の人生を生きる  044

❸ありのままの自分を受け入れる  060


結果を出す勇気を持つ  070


対人関係以外の悩みはない  081


幸福も対人関係の中でしか得られない  093


「自分には価値がない」と思う時のメカニズム  094


短所を長所に置き換える  095

❶「集中力の欠如」=「散漫力がある」 097

❷「飽きっぽい」=「決断力がある」 098

❸「暗い」=「優しい」 101


貢献感を持つ 102


「他者貢献」と「生産性」は関係ない 108


第2部 自立するための三つの条件


決めなければならないことを自分で決められる  136


他者から立たされてはいけない  142


自分の価値を自分で決められる  147


敵がいるのは自由に生きている証  148


他者の評価は正しいとは限らない  149


自己中心性から脱却する  166


共同体の一員だが中心にはいないと自覚する  169


導きの星   177


はじめに


 こんにちは。岸見一郎です。

 昔、昔といってもいいくらい前に、私もこの洛南高校で勉強しました。卒業してから、実はほとんど学校を訪ねたことがありません。たぶん、片手で数えられるくらいです。


 なぜそんなことになったかというと、今も時々、明日登校しなければならないという夢を見るからです。卒業したのだからもはや制服を着る必要はないのに、なぜか夢の中で制服を探しているのです。当時の制服は、今の皆さんのとは違って詰襟の学生服で、帽子も被らないといけませんでした。その上、髪の毛も短くしないといけませんでした。結局、制服が見つからないので学校に行けないと思うところで、いつも目が覚めます。


 高校時代の憂鬱な気分を思い出させるこんな夢を見ると、学校に行こうという気持ちが失せてしまいます。本当は逆で、学校に行かないという気持ちになるために、このような夢を見るのですが。気分や感情をある目的のために作り出すという見方については、このあとの授業で詳しく話します。


 なぜ卒業してから、こんな夢を見てまで学校に行こうとしなかったかといえば、在学中の自分を思い出すとひどく恥ずかしかったからなのです。


 ある日、同級生の一人が、一体なぜこんなに生活指導が厳しいのか、先生にたずねました。先生の答えはこうでした。

「君たちはインドのお坊さんと同じだ。修行をしなければならない身だ。頭を丸めろとまではいわない。でも、せめて在学中は髪の毛を短くして学生服を着なさい」

「なぜ、髪の毛を伸ばしてはいけないのですか」

「髪を伸ばしていたら、勉強に集中できないから」


 そのやり取りを聞いて、「なるほど」と納得してしまった自分が恥ずかしいのです。なぜ恥ずかしいと思ったか、わかるでしょう。今は洛南高校は共学ですから、こんな理屈は通用しません。女子生徒に髪の毛を短くしなさいなどとはいえないでしょうし、髪の毛を伸ばすくらいで勉強に集中できないというのであれば、そもそも女子生徒がいれば男子生徒は勉強に集中できないことになってしまいます。


 私の高校時代の話から始めたのにはわけがあります。

 今日は、皆さんに哲学の話をしようと思ってきたのですが、どんなことも、本当にそうなのかを自分で考えるのが哲学だからです。


 哲学は日本の高校の授業科目にはありませんし、哲学という言葉を聞いてもどんな学問かわかりません。哲学という言葉は、もともとはギリシア語ではピロソピア(philosophia)、「知(sophia)を愛する(philo)」という意味です。


 皆さんに引きつけていえば、哲学というのは親や教師、大人がいうことが本当なのかと疑うこと、さらには、疑うことから始めて、いろいろなことを知ろうとすることです。知を愛する人は、既成の価値観を無批判に受け入れず、社会や文化の価値観を徹底的に疑わなければなりません。


 哲学の中心的なテーマは、この人生をどう生きるのか、幸福とは何かです。皆さんには、なぜ勉強するのか、なぜ大学に行くのかをしっかりと考えてほしいのです。


 ギリシアの哲学者であるソクラテスは死刑になりました。その理由の一つは、青年に害悪を与えたということでした。


 ソクラテスが生きていた紀元前五世紀のアテナイ(現在のアテネ)では、若者たちは国家有数の人物になるためにソフィスト(弁論術などを教えた職業教師)について学びました。親は子どもたちの立身出世のためにお金を惜しみませんでした。


 いつの時代も親は子どもの教育に力を入れます。問題は、親は子どもが余計なことをたずねることを好まないということです。なぜ勉強しないといけないかなどと疑問に思ってはいけないのです。


 親を尊敬していたアテナイの若者は、そのようなことをたずねても親が答えられず、何も知らないことに気づいてしまいました。それで、親をそれまでのようには尊敬しなくなりました。一体、誰に影響されてこんな子どもになったのかと親が調べたらソクラテスだったのです。親たちにとって余計なことを教えるソクラテスは青年に悪影響を及ぼす危険人物に見えたのでしょう。


 私はよく親に向けて話をする機会があるのですが、なぜ勉強するかというような話を、受験を前にした子どもたちにしないでほしいといわれることがあります。心がぶれてはいけないからというのです。でも、そんなことで心がぶれるようではだめです。むしろ、その問いに今こそ向き合わなければなりません。


 今日は対人関係の話もしようと思っています。人と関わったら摩擦が起きないはずはありません。だから、傷つくことを恐れて、人と関わらないでおこうとする人もいます。でも、生きる喜びも対人関係の中でしか得ることはできません。将来、仕事に就いてからもどうしたらよい関係を築けるかを知っておく必要があります。仕事に必要な知識は学べても、対人関係について学ぶ機会は多くはありません。


 ソクラテスは毎日、アテナイで青年と対話をして過ごしていました。ソクラテスが教壇に立って授業をする姿を想像することはできません。今日は私の話は短くし、できるだけたくさんの質問を皆さんから出してもらって、一緒に考えていきたいと思います。


岸見一郎


※この続きは『哲学人生問答』(講談社文庫)でお読みください!

本文構成:品川裕香

岸見 一郎(キシミ・イチロウ)

1956年京都府生まれ。哲学者。京都大学大学院文学研究科博士課程満期退学(西洋哲学専攻)。哲学と並行してアドラー心理学を研究。哲学と心理学の両面から、幸福な人生への独自のアプローチを提唱し、幅広い支持を得ている。著書『不安の哲学』『怒る勇気』『叱らない、ほめない、命じない。』『絶望から希望へ』、共著『嫌われる勇気』『幸せになる勇気』(ともに古賀史健氏との共著)、訳書『個人心理学講義』『人生の意味の心理学』(ともにアドラー)『ティマイオス/クリティアス』(プラトン)ほか多数。

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