早大生本読みのオススメ「家族にまつわる小説」10選

文字数 3,064文字

今、どんな作品を読んだらいいの?

そんな疑問にお答えするべく、大学生本読みたちが立ち上がった!

京都大学、慶應義塾大学、東京大学、早稲田大学の名門文芸サークルが、週替りで「今読むべき小説10選」を厳選してオススメします。

古今東西の定番から知られざる名作まで、きっと今読みたい本に出会えます。

 家族の定義って何だろう。

 「血が繋がってる」とか、「一緒に住んでる」とか? そんな定義しかできない曖昧な存在に、私たちは始終縛られている。いい方にも悪い方にも。そんな存在について一回考えてみるのは……え、考えてみるまでもない? 本当にそうだろうか。本を開いて、様々な「家族」を追っているうちに今まで言葉にしてこなかった感情に気づくかもしれない。近いところにあるものこそ、見えにくくなるものだから。

(執筆:和高茉莉/ワセダミステリクラブ)

ワセダミステリ・クラブ(わせだみすてり・くらぶ)/早稲田大学

 1957年に江戸川乱歩先生を顧問に発足した総合文芸サークル。ミステリに限らず、色々な趣味を持つ人が集まっていて楽しい。

①『家族シアター辻村深月

母と娘、父と息子、祖父と孫……などなど、様々な関係性の家族が六編入った短編集だ。一緒に住んでるから、血が繋がってるから、だからといって家族が分かり合えるとは限らない。この本の家族も困ったり、いらいらしたりしながらすれ違ってばかりいる。しかしそこを突き抜けて、すっ飛ばして、結局どうにかしてしまうのが「愛」なのだ。そんな家族のよさ、愛しさがぎゅっと詰まった短編集である。

②『AX伊坂幸太郎

凄腕の殺し屋である兜はそれと同時に、いやそれ以上に恐妻家である。辞めたいと悩みながらも仕事を続ける彼と妻、息子との日常はユーモラスで笑ってしまうし、隅々まで張り巡らされた仕掛けは読んでいて私たちをずっとわくわくさせる。と思ったら、淡々とした文章にひょいと現れる兜の「家族愛」の曇りの無さに見入ってしまったりもする。笑って泣いて手に汗握る、最強のエンターテインメントだ。

③「桜桃太宰治 (『太宰治全集〈9〉』より)

「子供より親が大事、と思いたい。」衝撃的な書き出しである。語り手はずっと自分が妻や子供に思っていることを訥々と語るのだが、それは決して褒められた感情ではない。頑張っている妻に何だその言い草は、と思う。しかしそれは恐らく語り手も思っているのだ。でもだからといって褒められた感情だけでは生きていけない。狭間で揺れ動く感情が小説全体に表れていて、「家族」というものに対して大なり小なり同じような揺れを持つ私たちを、少しだけ救ってくれるような気持ちになる。

④『ファーストラヴ島本理生

家庭というのは本来安心できる場所のはずだ。しかしそこで何度も心を殺され、他人にも傷つけられ、「歪み」を抱えざるを得なかった人間はどう生きていけばいいのか。この本で臨床心理士由紀が取材することになる、父親殺しで逮捕された女子大生環菜もそういった人間だ。「歪み」から彼女を解放し、自分の人生を取り戻させようともがく由紀や弁護士の迦葉らの姿勢は美しい。いつだって人は変われるのだ。そう信じさせてくれる作品である。

⑤『タダイマトビラ村田沙耶香

愛に恵まれない少女恵奈は、血が繋がっているだけの人間と暮らす「仮の家」を早く出ていき、愛する人と作る「本物の家」に帰ることを強く強く願っていた。恵奈が努力し、渇望し、あがく姿を目で追いながら、私たちは自然と「家族って何だろう」と真剣に考えることになるだろう。その問いと恵奈のたどり着く先がぶつかるとき、私たちの常識は大きく揺さぶられる。

⑥「赤い筆箱角田光代 (『三面記事小説』より)

姉の実智は最近中学に入った妹の奈緒から下に見られているように感じる。昔はあんなに仲が良かったのに。奈緒への負の感情は、学校でも家でも上手くいかない惨めさと掛け合わさりものすごいスピードで募っていく。なんで奈緒は全て上手くいくのに私だけ。きっと奈緒が邪魔してるんだ。思春期特有の視野の狭さで突っ走っていく実智の様子は、読者にも覚えがあるからこそ、切実に迫ってくる。

⑦『長いお別れ中島京子

東曜子の夫昇平は、連れて行った病院であるとき認知症と診断された。この作品は夫婦と娘三人、そしてその家族が過ごす十年間を描いている。介護の様子は壮絶だし、昇平の症状もなかなかえげつないのだが、不思議と作品全体の雰囲気は湿っぽくない。起こる出来事自体は重いのにどこかからっとしていて、おかしみすらある。まるで介護は突然突入した「非日常」ではなく、あくまでも「日常」の延長線上なのだと示すようで、なんだかはっとさせられる作品だ。

⑧『ぼくは勉強ができない山田詠美

高校生時田秀美には色々と考え事がある。例えば年上の彼女のことや、自意識についてなどだ。彼が高校生らしいテーマに高校生らしく真正面から悩む姿は微笑ましいが、そんな彼は「可哀想な家の子」という視線を向けられたときだけ怒る。自由奔放で好色な母親と祖父との三人暮らしという、「常識」から見れば一風変わった家庭で育ってはいるものの不幸だと思ったことはないからだ。私たちの社会はまだそんな視線に満ち満ちている。それを跳ね返し、のびのびと青春を謳歌する秀美の姿が私にはとても眩しい。

⑨『春にして君を離れアガサ・クリスティー

ジョーンは外国からの帰り道、天候のせいで足止めを食らうことになった。普段忙しい彼女はいい機会だと夫や娘たちとの思い出をじっくりと思い返してみることにする。話が進むにつれ読者は「違和感」を覚えるはずだが、その正体を完全に他人事と割り切れる人間はいないだろう。多かれ少なかれ自分の中に嫌でも物語の片鱗を見つけるはずだ。「自分はそれとどう向き合っていくのか」読む度にじっくりと考えたくなる。

⑩『ゼロ、ハチ、ゼロ、ナナ。辻村深月

どれだけ愛情があったとしても、それが伝わるとは限らない。上手く伝わらなかった場合それはたやすく憎しみを生む。親と子供という関係は、特に。地元に残り、母親とうまくやっていたはずのチエミが母親を殺害し、失踪してから半年が経った。地元を飛び出した幼馴染のみずほは、彼女の行方を追ううちにチエミや地元、そして自らの母親の記憶とも向き合うことになる。

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