第24回 SATーlight 警視庁特殊班/矢月秀作
文字数 2,474文字
SITやSAT(警視庁特殊部隊)よりも小回りが利く「SATーlight(警視庁特殊班)」の面々の活躍を描く警察アクション・ミステリー。
地下アイドルの闇に迫るSATメンバーたち!
飲み屋「りん」に通い、潜入捜査を続ける浅倉は──?
毎週水曜日17時に更新しますので、お楽しみに!
田舎暮らしに憧れる人たちが最も嫌がるのが、こうした近所の目だ。何かにつけ監視されているような気がするそうだった。
が、その土地に生きてきた人たちからすれば、それは自分たちの住処を守るための大事な情報交換でもある。
そして、ただの噂話に聞こえている中に、肝の情報も紛れ込む。
しばらく黙っていていると、太った女性が唐突に話し始めた。
「そういえばさあ、こないだロープウェイのあたりでマキちゃん見かけたんだけど」
「金田さん、いらしてるのかしら」
上品な老女が言う。
浅倉はただ話を聞いているふりをしつつ、耳をそばだてた。
「比呂子さんに訊いてみたんだけど、湖畔荘には来てないんだって」
「じゃあ、大草山の別荘だな」
髪のない男性が言った。
「あそこ、売っちゃったんじゃないの?」
太った女性が男を見る。
「いやいや、売ってないんだと。うなぎ屋の隣の望月さんのところに頼んでいたらしいんだが、売却先が決まる前に、やっぱり売りに出さないと言ってきたんだってよ」
「ちょっと、金田さんの別荘って、すごく大きいところでしょ。独りで住んでるのかしらねえ」
ユウカが話に入ってくる。
「そうだな。スタジオもあるからね、あそこには」
髪のない男性がぺらぺらと話す。
「シゲさん、行ったことあるんだっけ?」
太った女性が男性を見やった。
「ああ、ずいぶん昔のことだけどね。部屋は何部屋あるかわからないくらいで、録音できるスタジオがあって、ダンスレッスンできる広間もあって、広いバルコニーには湖が一望できるジャグジーもあって。いつも湖畔荘に泊まって、わしらとここで静かに飲んでるから似たような人なのかと思っていたけど、あの時はびっくりしたよ」
男性は笑って、水割りを飲んだ。
「けど、こっちに来てるなら、ここに顔ぐらい出してくれてもいいのにねえ。水くさい」
太った女性が頬を膨らませる。
「事情があるんでしょうよ。また、落ち着いたら顔を出してくれますよ」
小柄な老女が言う。
「あの……」
浅倉は恐る恐る話に入った。
「その金田さんという人、ひょっとして、広崎みのりさんをプロデュースしていた金田牧郎さんですか?」
「あら、コンちゃん、知ってるの?」
ユウカが浅倉を見た。
「いや、直接の知り合いではないんですけど、叔父がよく話をしていたんです。金田さんって、当時のヒットメーカーみたいな人で、その人がプロデュースした広崎みのりさんがなぜ売れなかったのかがわからないって。曲もものすごくいいですし。なんかいつも、叔父は酔っぱらってはそう言って、怒ってました」
「そうよねえ。私たちもそれは不思議だったけど」
小柄な女性が言う。
「時代じゃないかしらね」
サクラがグラスを持って、カウンターから出てきた。
テーブル前の丸椅子に座って、空いたグラスを集め、水割りを作り始める。
「みのりちゃんがデビューした頃は、当時の大人びたおしゃれなポップスが下火になっていたところだった。そこからはバンドブームが始まって、みのりちゃんみたいな歌い手さんが出る機会が少なくなった。売れる売れないって、本当にタイミングよね」
サクラが話す。
「お詳しいんですね」
浅倉が言う。
サクラはにっこりと笑った。
「ここには業界の人も大勢来ていたから、その人たちの話の受け売り」
「あたし、行ってこようかしら、金田さんのところに。年寄りの独り暮らしって、何かと大変じゃない?」
ユウカが冗談交じりに言う。
「野暮はおよしよ。ケイコちゃんも言っていたように、落ち着いたら顔を出してくれるから」
ケイコというのは、上品な老女の名前だった。
「それまで、みんなでここで待っていてあげましょうよ」
サクラはそう促し、浅倉にさりげなく目を向けた。
その目は、浅倉を制するようでもある。
腹の中を見透かされているような気がして、浅倉は思わず目を背けた。
「じゃあ、金田さんに届くように歌おうか!」
ユウカが広崎みのりのシティライトエッジを入れる。常連さんたちは盛り上がった。
午後十一時を回ったころ、常連さんたちは店から出て行った。その時、サクラは、飲みすぎてフラフラだったユウカも常連さんと一緒に帰らせた。
店に残っているのは、サクラと浅倉の二人になった。
ドア口まで常連さんたちを見送った浅倉は、一度店内に戻った。
「じゃあ、僕もそろそろ──」
会計を済ませて帰ろうとする。
「一杯付き合ってくださいな」
サクラが言う。
「……では、一杯だけ」
浅倉はカウンターの椅子に座った。
サクラはウイスキーの水割りを二つ作って、一つを浅倉の前に差し出した。
「お疲れ様です」
グラスを合わせ、一口含む。
サクラも一口飲んで、グラスを両手で包んだ。
「コンちゃん」
顔を上げて、浅倉を見やる。
「はい」
浅倉は笑顔を向けた。
「金田さんは別荘にはいないわよ」
サクラは微笑んだまま言った。
浅倉は思わず息を詰めた。
「わかりましたか……」
矢月 秀作(やづき・しゅうさく)
1964年、兵庫県生まれ。文芸誌の編集を経て、1994年に『冗舌な死者』で作家デビュー。ハードアクションを中心にさまざまな作品を手掛ける。シリーズ作品でも知られ「もぐら」シリーズ、「D1」シリーズ、「リンクス」シリーズなどを発表しいてる。2014年には『ACT 警視庁特別潜入捜査班』を刊行。本作へと続く作品として話題となった。その他の著書に『カミカゼ ―警視庁公安0課―』『スティングス 特例捜査班』『光芒』『フィードバック』『刑事学校』『ESP』などがある。