「リハビリ旅行にて」第2回・川辺の足跡
文字数 1,322文字
『だいたい本当の奇妙な話』『ちょっと奇妙な怖い話』など、ちょっと不思議で奇妙な日常の謎や、読んだ後にじわじわと怖くなる話で人気の嶺里俊介さんが、treeで書下ろし新連載をスタート!
題して「不気味に怖い奇妙な話」。
えっ、これって本当の話なの? それとも──? それは読んでのお楽しみ!
第二弾の「リハビリ旅行にて」は毎週火曜、金曜の週2回掲載!(全7回)
リハビリ旅行先で目撃した不思議な足跡とは……⁉
第2回 川辺の足跡
令和5年の秋。山陰地方の温泉地に逗留したときのこと。
泊まったのは、温泉町から3キロほど離れた川沿いのホテルだった。付近になにもないので川沿いを歩くだけ。
ほぼ孤立しているので台風の直撃を受けたらホテルから一歩も出られなくなる。もしそんな状況で殺人事件など起きたらミステリーが一編できあがってしまうなあ――。
そんなことを考えながら川沿いを歩く。
今年5月の入院以来ステッキが手放せなくなっているが、リハビリや静養にはもってこいの場所だ。
橋の上から眺める川の水は澄んでいる。魚はいるだろうかと目を凝らしたが、歳のせいか見て取れない。9月も終わりだが、水は冷たいのだろうか。
ふと川の水に触れてみたくなった。川辺は石と砂である。川縁を歩くこともできそうだ。どこか下へ降りられる場所はないかと探したら、そう遠くない場所に川辺へ続く石段があった。
ちょうどいい。気が逸って自然と歩みが早まる。ステッキを持つ手に力がこもる。
下へ降りる石段は全部で10段くらいだ。なかなか急である。
私は石段に座って少し休むことにした。ステッキを石段に立てかけて、しばし景観を楽しむ。
足許の石段には砂が積もっている。下から2段目に小さな足跡あった。
見るからに小さい。踏み込んだのか、5本の指がくっきりと刻まれている。裸足だ。しかし足跡があった上にも下にも、足跡が見当たらない。
ならば足跡の主はどこから着たのか。どこへ跳んだのか。
いくら踏み込んだとて、路上まで1メートルはゆうにある。また、下の砂場にも子供の足跡も靴跡も残っていない。
――天狗の子どもか。
写真を撮り、さてもう1枚とカメラを構えたら、脇に立てかけておいたステッキが、風もないのに立ち上がり、くるりと弧を描いて柄の部分から下へと落ちて足跡を抉った。
まるで狙ったかのように足跡はかき消されてしまった。
腰のあたりに一陣の風が舞う。見えない子どもが通り過ぎたようだ。
「いや、順番が逆だろう。ステッキを落とす前に風を起こさないと不自然だ」
思わず呟いた。
「一字一字の、一本足下駄の足跡なら風情があったのになあ」
てへぺろ。
どこか近くで、そんな子どもの照れ笑いが聞こえたような気がした。
嶺里俊介(みねさと・しゅんすけ)
1964年、東京都生まれ。学習院大学法学部法学科卒業。NTT(現NTT東日本)入社。退社後、執筆活動に入る。2015年、『星宿る虫』で第19回日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞し、翌16年にデビュー。その他の著書に『走馬灯症候群』『地棲魚』『地霊都市 東京第24特別区』『霊能者たち』『昭和怪談』などがある。