第50回

文字数 2,685文字

あったかくなってきた! 春のうららかな陽光にもマケズ、ひきこもりを続けるぞ。


どんな季節も自室に籠城、

インターネットが私たちの庭なんです。


脳内とネットでは饒舌な「ひきこもり」の代弁者・カレー沢薫がお届けする、

困難な時代のサバイブ術!

最近「結局全部『面倒くさい』が原因じゃねえの、知らんけど」と、それ自体から面倒くささがにじみ出ている説を唱えたところ、想像以上に「わかる」という感想が多く、これは面倒なことになった、と思った。


つまり思ったよりも「面倒」という感情が現代人の心を蝕んでいるということである。

そういえば少し前に女性誌から、「人生に飽きている女」というテーマでコラムを書いてくれという依頼を受けた。

その雑誌によると最近は30代、何だったらもう20代で人生に「飽き」を感じている女が増えてきているのだという。


ちなみにその雑誌は「週刊掃き溜め」とかではなく、割とデキる女が読んでいそうな女性誌だったような気がする。

そんな雑誌を手に取るような女ですら飽きてしまっているなら、「週刊掃き溜め」を定期購読契約しながら全く読まず、かといって解約するのも面倒くさくて積んでいる女が飽きていないはずがない。

言うまでもないが、捨てるのも面倒なのだ。


「飽き」と「面倒」は当然関係がある。

風呂だって初めて入るときはエキサイティングだったかもしれないし、3年に1回しか入れないとかだったらワクワクしたかもしれないが、基本毎日入らなければいけないため、飽きて面倒になり、逆に自ら3年に1回しか入らなくなったりするのだ。


そんな年齢で、「人生に飽きた」なんて達観したことを言うのは100年早いと100歳未満の人間が言っているのが聞こえるし、消費者金融から日替わりで鬼電が来て飽きる暇がない人からすれば、贅沢にすら感じるかもしれない。


だが現代人が感じている「飽き」というのは、「飽食」からきているわけではない。


今の社会人は最低限の生活は出来ていても、趣味などに没頭できる時間や経済的余裕がある人間はごく一部である。

また「出世」に対する意欲もなくなってきている。

これは、最近の若者は覇気がないという話ではなく「肩書きが変わっただけで給料は上がらず責任は増し、なんだったら残業代がつかなくなり減るまである」という「出世」に旨味が全く感じられなりつつあるせいでもある。

ちなみに「若者のセックス離れ」も単に性欲が薄くなったわけではなく、セックスに到達するまでのコストを払える若者が減ったせいなのかもしれない。

また、現代では一度つまずくと立て直しが難しい。よってある程度年を取ると「何か新しいことに挑戦」というのも難しくなってくる。

さらに、結婚、出産、子育てといった大人になってからのビッグイベントはマストではなくなりつつある。

そうなると、そこそこ慣れた仕事で生活を維持しつつ、youtubeとか無料携帯ゲームとか、コストのかからない娯楽で時間を潰すという日々になったりする。

そしてメディアではしきりに「人生100年時代」とか言っているのだ。


これが100年続くのか、と思うと「こんなにいらんわ」と半分ぐらい炊飯器に戻したくなる。


このように、味もないのになかなか捨てられもしないガムのような人生に、飽きて面倒になっている、つまり生きる意欲を失っている人が増えてきているのだ。


最近ストロング系チューハイが流行っているのも、「何も考えなくてよくなるから」というのもあるが「これを飲むと時間が経つのが早い」という、「人生の時短効果」があるせいかもしれない。

さらに、飲み過ぎるとリアルに人生を時短できるので一石二鳥だ。


だが面倒くさがる人間が増える一方で、少し前から「丁寧な暮らし」という言葉をよく聞くようになった。

憧れる人間が多い一方で「しゃらくせえ」と感じる人間も多い言葉であり、今試しに「丁寧な暮らし」と検索してみようとしたら「丁寧な暮らし うざい」「丁寧なくらし うさんくさい」「丁寧な暮らし 痛い」とサジェストされて笑いが止まらない。


しかし「丁寧な暮らし」は、面倒臭さからくる「雑な生活」とは真逆である。

生きる意欲の低下に抵抗するヒントになるかもしれない。


だが、丁寧な暮らしに挑戦というのは考えるだけでも面倒である。土鍋で米を焚くぐらいなら生米を食うことを選ぶ。


そもそも「丁寧な暮らし」とはなんなのか、気乗りしないことをさらに時間のかかる方法でやっていたら病むにきまっている。

もしかしたら、丁寧な暮らしで病んだところにクリスタルの音叉を買わせる商法なのかもしれない。だとしたら「うさんくさい」というサジェストも頷ける。


ここで、あるトークショーで聞いた「オナニーに手間をかけている人間は丁寧な生活って感じがする」という言葉を思い出した。


オナニーといえば、嫌いな人はそんなにいない、かなりポピュラーな人間のジョイである。

しかしそんな人間共通の趣味ですら、片手間で終わらす人間と、オカズを吟味しVRなどの舞台装置を用意し、一大イベントとして楽しむ人間に分かれるのだ。

どう考えても後者の方に生きる意欲を感じる。


そういわれれば、最近好きなことに対しても雑になりつつある自分がいる。

好きなことを「もう飽きたけど他にやることないし」と、惰性でやっていたら楽しくないし、好きでないことはもっと面倒になるに決まっている。


丁寧な暮らしとは、好きなことをいま一度丁寧に、何だったらひと手間加えてやってみることから始まるのかもしれない。


そんなわけで最近、画面連打でやっていたソシャゲのガチャを一枚一枚丁寧に見ていくことにした。


結果としては、丁寧にやっても爆死は爆死である。

まだ丁寧さが足りなかったのかもしれない。今度はイブニングドレスで回してみようかと思う。

カレー沢薫

漫画家・コラムニスト。長州出身の維新派。漫画作品に『クレムリン』『アンモラルカスタマイズZ』『ニコニコはんしょくアクマ』『やわらかい。課長 起田総司』『ヤリへん』『猫工船』『きみにかわれるまえに』。エッセイに『負ける技術』『もっと負ける技術』『負ける言葉365』『猥談ひとり旅』『非リア王』など。現在「モーニング」で『ひとりでしにたい』連載中&第1巻発売中。最新刊『きみにかわれるまえに』(日本文芸社)も発売中

★次回更新は4月16日(金)です。
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