アイドル小説であって、アイドル小説ではない。
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2010年代突入以降のいわゆる「アイドル戦国時代」は、文芸シーンにおいて「アイドル小説戦国時代」を引き起こした。キリがないので良作を3作だけ挙げるならば、朝井リョウの『武道館』、渡辺優の『地下にうごめく星』、小林早代子の『くたばれ地下アイドル』。
……やはり特別枠で現役アイドル、「NEWS」の加藤シゲアキの『閃光スクランブル』と、「乃木坂46」の高山一実の『トラペジウム』も加えたい。5作はいずれもエンタメ回路全開ながら、「アイドルとは、そもそも何か?」といったテーマが色濃く描き出されている。
たぶんアイドル小説におけるアイドルは、アイドルであってアイドルではない。
現代社会を象徴する、何かだ。

第61回メフィスト賞を受賞した真下みことのデビュー作『#柚莉愛とかくれんぼ』は、アイドルとはSNS時代に発生した「肥大化し分裂した自意識」を象徴する存在である、と筆を進める。しかも、ミステリーのダイナミズムを存分に活用しながら。
2人の人物を語り手に据え、その内面に溢れる言葉を掬いあげながら物語は進む。
1人目は、アイドルグループ「となりの☆SiSTERS」のセンター、高校2年生の青山柚莉愛(「私」)。
久美、萌と3人で活動してきたがいまいちブレイクできず。知名度拡大のためにとプロデューサーから提案されたのは、動画生配信でのとある自作自演企画だった。
2人目は、「@TOKUMEI」というツイッターのアカウントを持つ、アイドルヲタクの「僕」だ。
「僕」はヲタならではの正義感を発動させ、柚莉愛の自作自演動画に鉄槌を下そうと試みる。
弱小アイドルのぼやを、大炎上に至らしめるまでの詳細なプロセスが本作の白眉だ。いつの間にか「僕」に感情移入し、柚莉愛が傷つくたびに笑みを浮かべている自分に気づきゾッとする。
ところが、ミステリーのサプライズが発動した頃から、空気が変わる。
大炎上の火つけ役となった「僕」さえも「どうしてこうなったんだ?」と呆然とせざるを得ない展開が現れ、「待って待って!」と叫んでいるにもかかわらず、事態は最悪の一途を辿る。
誰もが火を付けることはできるけれど、誰も火加減を調整することはできない。アイドルをサンプルに、被害者と加害者の両者を視点人物に据えたからこそ、その恐ろしさが表現可能となった。
個人的には「運営はクソ」「事務所は仕事しろ」というヲタ定番のディスりを、これ以上ないリアリティで描き出している点に、おおいに心動かされました。

Writer:吉田大助
ライター・書評家・インタビュアー。構成を務めた本に、指原莉乃『逆転力』などがある。

