失敗した経済 ~歴史は胃袋が動かしてるんだ!~

文字数 2,656文字

いかにカリスマ的なリーダーでも、理念や理想がすばらしい国家でも、人々に十分な「オマンマ」を食わせられなければすぐに倒されました。


古代ローマでは大都市に小麦を供給することが元老院や皇帝のもっとも大切な責務でした。中国の歴代王朝も食えなくなった農民が起こす反乱がきっかけで崩壊しています。


理念よりも経済のほうが、現実の政治や政策を動かす力がはるかに大きなものがあります。


「神に代わって俗界の統治を担う神聖な王族」という統治原理も、腹が減った民衆の前では簡単に吹き飛んでしまいます。

「君こそ英雄労働者だ!」「どうも。で、給料上がるの?」平等を目指したソ連の末路

戦前の共和主義の衰退とファシズムの台頭も、格差をなくし平等な社会を目指したソビエト連邦の崩壊も、経済政策の失敗が原因でした。


経済格差が広がって貧困層がますます増加する一方で、富裕層はますます儲け、国家は懸念しつつもそれを止めることすらできない。


このような手詰まり感から現在、社会主義やマルクス主義を再評価する動きが見られます。晩年のマルクスが環境保護に関心を持っていたという点も、現在の地球温暖化や海洋汚染の問題と当てはまり注目されています。


しかしソビエト連邦を中心とした社会主義諸国はほとんどが崩壊し、「20世紀の壮大な人類実験」は失敗したと考えられています。なぜソ連は失敗をしたのか。それは「西側諸国に比べて」生産性や技術革新が劣り、経済競争に敗れたためです。


戦後、アメリカを中心とする西側諸国では、大戦によって伝統社会や秩序が瓦解し、財閥や大地主などの特権階級が没落し資産の平準化が進みました。ヨーロッパではマーシャルプランの援助を受け、また朝鮮戦争のような動乱の特需により、工業生産体制が急速に回復していきました。


大衆所得は向上し、家電や自家用車などの耐久消費財の需要も増し、大量生産・大量消費時代に突入。需要に対する供給能力の向上がさらなる成長につながるという好循環を生み、順調に経済成長を遂げていきました。


一方、ソ連をはじめとした社会主義諸国は、ソ連の五か年計画のような重工業を中心とした工業化政策を推進しました。


しかし、例えば一口に鉄鋼生産の現場といっても、さまざまな要因・要素が絡み状況がそれぞれ異なります。マネージャーの能力、労働者の熟練度、工場の老朽化具合、原材料の入手のしやすさ等々。現場に画一的で柔軟性に欠ける計画の遂行が求められ、いくら努力や工夫をしてノルマを達成しても報酬は変わらず、モチベーションが上がらない。


当局はノルマを達成したり工夫をして現場を改善したりした労働者を「英雄労働者」として表彰するなどで労働意欲を高めようとしましたが、あまり効果は出ませんでした。


西側諸国は1960年代以降、失業者や寡婦、高齢者などへの社会保障や福祉政策を充実させたこともあり、社会主義諸国の言う「資本家による搾取によって苦しむ西側の人々」といった批判は有名無実なものとなりました。


結局社会主義諸国は、西側経済と大きく水をあけられたことにより、人々の不満が高まり、社会改革をしようとしたところで国家体制そのものを否定することになり、崩壊するに至ったわけです。


結局、理念よりも「オマンマ」の力が勝ったわけで、「皆貧しくとも清き心で正しく生きよう」と言っても全員そのような高尚な理念を持って生きられるかというと、やっぱり難しいです。


結局「正直者が馬鹿をみる」ことになってしまう。では反対に、企業や国民に競わせるとより良い社会が成功するかというと、それもまた微妙です。


現代で言うところのネオリベ的な政策を推し進めた20世紀前半のアルゼンチンの例を見たいと思います。

「儲かることだけやればいい!」もダメ~!失敗したアルゼンチンの自由貿易政策

南米のアルゼンチンと言えば、何度もデフォルト(債務不履行)を宣言した経済不振が続く国というイメージがあります。しかし20世紀初頭では、アメリカやドイツ、フランスといった欧米の経済大国と肩を並べるほど豊かな国でした。


当時のアルゼンチン経済を支えた経済政策が、自由貿易政策です。アルゼンチンは内陸部にはパンパと呼ばれる広大な草原地帯が広がり、牛の牧畜や小麦・トウモロコシの生産に適していました。


アルゼンチンはこの自然条件を活かし、得意な農業と牧畜を行って輸出し収入を得て、機械や工業品やヨーロッパなどから購入するという国家方針を進めました。


日本やドイツといった新興工業国は、国家が工業を保護・育成しましたが、アルゼンチンでは工業は効率が悪いとして保護されませんでした。そのため、技術力と資金力に優位性があるヨーロッパ資本がアルゼンチン市場を支配しました。


このようなアルゼンチンの経済政策は、国家関係が良好で自由貿易が円滑に行われる条件下だとうまく働きました。


しかし1930年代に世界不況に陥り、各国が自国の経済と産業の保護を優先しブロック経済策を採ると、アルゼンチンは農産物を輸出する先がどこにもなくなり、工業力も育っていなかったため、急速に国力を低下させてしまいました。

歴史に英雄は要らないのかも?『世界経済の歴史: グローバル経済史入門』

世界史を学ぶ中で経済は重要なファクターであり、経済史を学ぶと世界史の流れも見えてきます。そういう点で、本著『世界経済の歴史 ―グローバル経済史入門―』(中西聡・金井雄一・福澤直樹編 名古屋大学出版会)は経済史の入門書として非常に優れています


古代文明から始まり、帝国のはじまり、商業の発展、資本主義の誕生、経済のグローバル化、社会主義経済の誕生と行き詰まり、そして21世紀型の経済へ、と世界史を追いながら網羅的に経済の軌跡を追うことができます。


王朝の興亡や国王の移り変わり、戦争や内乱といった生々しい人間の営みを学ぶことは歴史の醍醐味ですが、経済史は人間の欲望や意志が言語化されていないぶん、ある意味、もっとも人間らしさが垣間見える分野であるように思えます。

世界経済の歴史 ―グローバル経済史入門―中西聡・金井雄一・福澤直樹編(名古屋大学出版会)

尾登雄平(おと・ゆうへい)

1984年福岡県生まれ。世界史ブロガー、ライター。

世界史専門ブログ「歴ログ」にて、古代から現代までのあらゆるジャンルと国のおもしろい歴史を収集。

著書『あなたの教養レベルを上げる驚きの世界史』(KADOKAWA)

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