(4/4)『水無月家の許嫁』冒頭試し読み
文字数 1,717文字
死が二人を分かつまで。それはどこかで聞いたことがあるような、ないような。
──その、直後のことだった。
「!?」
突然、開け放たれていた縁側から矢のようなものが飛び込んできて、それが私と文也さんの間を横切り、襖に突き刺さってボウッと燃え上がったのだ。
四方の襖や障子が勝手にぴしゃりと閉まり、真っ赤な炎が私たちを包む。熱い……っ。
「六花さん、逃げます」
「え? え?」
こんな状況でも冷静な文也さんが、私の手を取り、立ち上がらせる。
そして懐から扇子のようなものを取り出し、それを片手でバッと開いて、
「──開け」
そう囁いて、強く扇ぐ。
すぐさま炎の勢いが弱まり、閉じていた四方の襖や障子がスパンと開く。
「さすがはボン! ボンの命令が効いたってことは、やっぱ月のモノですかねえ~」
「適当に褒めてないで、お前も働け、皐太郎」
文也さんは私を連れて縁側から降りる。そして庭園を突っ切ってこの場を逃げる。
私は裸足だったし、何が何だかわからないままだったが、振り返ると背後の炎が、まるで生き物のようにうねっていたので、ゴクリと唾を飲み込んだ。
「文也さん、こ、これはいったい……っ」
「実のところ水無月家は今、遺産問題で揉めに揉めておりまして。僕の命を狙う親戚は多いのです」
「ええっ!?」
ち、ちょっと待って。それはまだ聞いてない……っ!
早くも水無月家の危うさを思い知らされたが、私はすでに、文也さんとの婚約を了承してしまったし、彼に手を引かれ、後戻りできない道を走っている。
ねえ、お父さん。私は本当に、この人についていって、いいんだよね?
だったらどうしてお父さんは、あの時、あんなことを言ったの……?
「それと、六花さん」
ハッとした。逃げている途中、文也さんは私に呼びかけ、振り返った。
「あなたにそのつもりはないかもしれませんが、僕はこんな、血の因縁でがんじがらめの婚姻であっても、恋はできると思っています」
「え……?」
「十六歳のお誕生日、おめでとうございます」
変わらない表情で、こんな時に、こんな風に言う男の子。
この男の子に手を引かれ走っているというだけで、未来が、予期せぬ方向へと塗り変わって行くのがわかる。
期待してしまう。その先に、心の底から欲しかったものが待っていると。
「まーたボンのダイレクトアタックや。この人、眠たそうな顔して結構グイグイいくでしょ。六花さん引かんといたげてくださいねえ」
「皐太郎、やかましいぞ」
だけど私は、胸が苦しかった。
夜風の匂いが新鮮で、見上げた空にぽっかり浮かぶ月は、怖いくらい綺麗だ。
あまりに綺麗で、込み上げてくる感情が苦しくて、泣きたくなったが泣けなかった。
六月六日。
十六年前の、今日この日、私はこの世に生まれた。
愛し合った男女から、愛されるために生まれてきたはずだった。
だけど……ねえ、お父さん。
ならどうして、あの時、あんなことを言ったの?
『やはり、お前は水無月の娘。生まれてくるべきではなかったのだ……っ』
それが父の、最期の言葉だった。
文也さんという許嫁を用意しておきながら、父が最後の最後に行き着いた〝答え〟がこれだった。
あの瞬間、私の耳の奥でピシッと〝種〟の割れる音がして……
何かが、確かに芽吹いたのを、私はちゃんと知っている。
ねえ、お父さん。なら、私は……
『私は、何のために、誰のために生まれてきたの?』
知りたい。
生まれてきた意味を知りたい。
お母さんのところにも、お父さんのところにも、それが一欠片もなかったというのなら。
私は彼らとは正反対の道を選び、その答えを、探しに行ってみようと思う。
京都嵐山にある水無月家の本家で待ち受ける、天女の末裔としての運命とはーー?
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友麻碧(ゆうま・みどり)
福岡出身。「かくりよの宿飯」シリーズが大ヒットとなり、コミカライズ、TVアニメ化、舞台化など広く展開。主な著書に「浅草鬼嫁日記」シリーズ、「鳥居の向こうは、知らない世界でした。」シリーズ、「メイデーア転生物語」シリーズなどがある。