「雨を待つ」④ ――朝倉宏景『あめつちのうた』スピンオフ
文字数 1,291文字
電車に乗った。
空席を見つけて座る。イヤホンをスマホのジャックにさした。ネットにアップされているという、昨日の指名直後の才藤のインタビュー動画を検索し、再生してみた。
「タイガースから五位指名ということですが、今の率直な気持ちはいかがですか?」記者から質問が飛んだ。
「はい……、とても光栄な気持ちでいっぱいです。ようやく夢がかなったんやなと思うと、感無量です」才藤の目に、涙が浮かんでいた。
意外やなと、思う。甲子園で優勝したときも、才藤は実に涼しい顔をしていた。キャプテンとして、最後の夏の大会、背負うものはかなり大きかったはずだが、勝って当たり前という表情で、優勝旗を受け取っていたのだ。
「一年目の目標を聞かせていただけますか?」
「まずは、プロのピッチャーの投げるボールに慣れて、しっかり対応できるようになることだと思います」
頰にこぼれ落ちるまではいかないのだが、フラッシュが光ると目頭にたまっている涙が強調される。そのわりに、才藤の受け答えは冷静だった。その直後、記者から意地の悪い質問が投げかけられた。
「ナイト君のボールをずっと身近で体感してきた才藤君としては、プロ級の球にもかなり慣れていると思いますが、いかがでしょう」
一瞬、才藤の顔がこわばる。しかし、すぐに柔和な笑みで言葉を返した。
「そうですね。超高校級の球に毎日ふれていた──その点ではものすごく恵まれていたんやないかと思います」
電車のなかにいることも忘れて、思わず舌打ちしてしまった。となりに座っているサラリーマンが、ちらっとこちらをうかがった。顔を伏せ、咳払いをして、なんとかごまかした。
自分の話題が、自分のまったくあずかり知らないところで、全国に流れてしまう。しかも、記者たちはまるで友達みたいに気安く、俺のことを「ナイト君」と呼ぶ。
記者だけではない。あの夏は、日本中が「ナイト君フィーバー」にわきかえったのだった。
ドラフト一位、しかも重複指名確実の本格派右腕。それが夏前──つい四ヵ月前までの俺の評価だった。下馬評通り激戦の大阪府予選を勝ち抜き、甲子園に出場を果たすと、俺の名前、長谷騎士から「ナイト君フィーバー」「ナイト君旋風 」という見出しが、スポーツ新聞に躍るようになった。
なんだか、自分のことのような気がしなかった。投げているのは俺だし、メディアにこぞってとりあげられているのも間違いなく俺なのだけれど、勝手に「ナイト君」のイメージが一人歩きしていくように感じられた。騎士という名前が、物心ついたころから、気に入らなかったということもあるかもしれない。
何かがおかしい──そう感じるようになったのは、準々決勝の直後だ。それまで、全戦に先発していたのだが、そこではじめて延長戦になり、一人で十回を投げきった。球数は、百五十二球。試合後にアイシングをしても、今までにない違和感が翌朝にまで残った。
そして、準決勝。この日も、延長戦に突入した。十二回で百七十四球を投じた。勝ちはおさめたものの、違和感はあきらかな痛みに変化した。
→⑤に続く
空席を見つけて座る。イヤホンをスマホのジャックにさした。ネットにアップされているという、昨日の指名直後の才藤のインタビュー動画を検索し、再生してみた。
「タイガースから五位指名ということですが、今の率直な気持ちはいかがですか?」記者から質問が飛んだ。
「はい……、とても光栄な気持ちでいっぱいです。ようやく夢がかなったんやなと思うと、感無量です」才藤の目に、涙が浮かんでいた。
意外やなと、思う。甲子園で優勝したときも、才藤は実に涼しい顔をしていた。キャプテンとして、最後の夏の大会、背負うものはかなり大きかったはずだが、勝って当たり前という表情で、優勝旗を受け取っていたのだ。
「一年目の目標を聞かせていただけますか?」
「まずは、プロのピッチャーの投げるボールに慣れて、しっかり対応できるようになることだと思います」
頰にこぼれ落ちるまではいかないのだが、フラッシュが光ると目頭にたまっている涙が強調される。そのわりに、才藤の受け答えは冷静だった。その直後、記者から意地の悪い質問が投げかけられた。
「ナイト君のボールをずっと身近で体感してきた才藤君としては、プロ級の球にもかなり慣れていると思いますが、いかがでしょう」
一瞬、才藤の顔がこわばる。しかし、すぐに柔和な笑みで言葉を返した。
「そうですね。超高校級の球に毎日ふれていた──その点ではものすごく恵まれていたんやないかと思います」
電車のなかにいることも忘れて、思わず舌打ちしてしまった。となりに座っているサラリーマンが、ちらっとこちらをうかがった。顔を伏せ、咳払いをして、なんとかごまかした。
自分の話題が、自分のまったくあずかり知らないところで、全国に流れてしまう。しかも、記者たちはまるで友達みたいに気安く、俺のことを「ナイト君」と呼ぶ。
記者だけではない。あの夏は、日本中が「ナイト君フィーバー」にわきかえったのだった。
ドラフト一位、しかも重複指名確実の本格派右腕。それが夏前──つい四ヵ月前までの俺の評価だった。下馬評通り激戦の大阪府予選を勝ち抜き、甲子園に出場を果たすと、俺の名前、長谷騎士から「ナイト君フィーバー」「ナイト君
なんだか、自分のことのような気がしなかった。投げているのは俺だし、メディアにこぞってとりあげられているのも間違いなく俺なのだけれど、勝手に「ナイト君」のイメージが一人歩きしていくように感じられた。騎士という名前が、物心ついたころから、気に入らなかったということもあるかもしれない。
何かがおかしい──そう感じるようになったのは、準々決勝の直後だ。それまで、全戦に先発していたのだが、そこではじめて延長戦になり、一人で十回を投げきった。球数は、百五十二球。試合後にアイシングをしても、今までにない違和感が翌朝にまで残った。
そして、準決勝。この日も、延長戦に突入した。十二回で百七十四球を投じた。勝ちはおさめたものの、違和感はあきらかな痛みに変化した。
→⑤に続く