第19話 柏木と杏奈の音声データを公開するのに反対する相良だが

文字数 3,464文字

スタッフ 佐々木(ささき)杏奈さんと柏木保さんの交際はお認めになりますか?
マネ   その女性に関しては柏木の専属マネージャーです。
スタッフ 佐々木杏奈さんとの同棲はお認めになりますか?
マネ   その女性は元の交際相手からDVを受けており、スタッフを守る意味も含めて柏木が空いている部屋を寮として提供していると、以前から報告を受けております。
スタッフ 佐々木杏奈さんの顔の痣は、柏木さんではなく元彼の暴力によるものだということですか?
マネ   柏木からそう報告を受けております。
スタッフ 佐々木杏奈さんが、そう言ったのですか?
マネ   柏木にその女性が打ち明けたそうです。
スタッフ 話をまとめると、つまり、柏木さんとの交際も同棲もDVを受けたというのも、すべて佐々木杏奈さんの作り話ということですか?
マネ   いずれも柏木にとって身に覚えのない話ばかりなので、そういうことになりますね。
スタッフ では、事実と異なる告白をした佐々木杏奈さんと偽りの記事を掲載した「スラッシュ」にたいして法的処置をお考えですか?
マネ   柏木の名誉が傷つけられたのですから、当然、そういう流れになるでしょうね。

『とまあ、柏木保さんの担当マネージャーは一貫して記事の内容を否定していましたが、このあと、番組スタッフに持ち込まれた新事実を突きつけられて局面が一変します』
 テレビがCMに切り替わった。「法的処置だと? 柏木のマネージャー、やけに強気じゃないか? 立浪ちゃん、やっぱりあの音声のやり取りも記事にしたほうがよかったんじゃないのか? そしたら、こんな強気なこと言えないだろうよ。まあ、第二弾、第三弾と小出しにして貰ったほうがウチとしてはウハウハだけどな」
 福島の頬肉が弛緩(しかん)した。
 福島には、杏奈がDV告白は噓(うそ)だったと立浪と相良を裏切る代わりに、柏木が交換条件に出した十月クールの連ドラの準ヒロインの約束を守るようにと念を押す車内での会話を盗聴した音声の存在を話していた。 
「だめですよ。あの音声を表に出さないという条件で、佐々木杏奈に協力して貰っているんですから。あの音声が公開されてしまえば、彼女もダメージを受けて女優への道を絶たれてしまいます。それに、視聴者や読者は柏木サイドより彼女の告白を信用しますよ」
 すかさず、相良が反対した。
 無理もない。
 盗聴した音声を公開すれば、杏奈だけでなく相良の情報屋のセイラという女も裏切ることになるのだ。
「なにを甘っちょろいことを言ってるんだ。欲に眼が眩(くら)んで裏切った女だぞ。また、自分が不利になったら柏木に寝返るかもしれないだろう?」
 福島が呆れたように言った。
「別に、佐々木杏奈の人間性を信用しているわけではありません。彼女の欲は女優として売れることです。写真週刊誌で柏木からDVを受けていたことを告白までしているのに、あれは噓でしたなんて言ったら芸能界どころか、一般社会でも生きて行けなくなりますよ。顔出しまでしているんですからね」
 相良の口調は冷静だったが、絶対に譲れないという強い意志を感じた。
「それが甘いと言ってるんだよ。柏木サイドが水面下で佐々木杏奈に多額の示談金を提示したら、絶対に寝返らないと言い切れるか? 芸能界から追い出されても世間に白い目で見られても、そんなことが吹き飛ぶような多額の示談金だ。柏木サイドにとっては、裁判に持ち込み勝訴するよりも、佐々木杏奈を再度翻意(ほんい)させることのほうが容易だ。写真誌の編集者に唆(そそのか)されて、噓の告白をしてしまいました。この一言を言わせるためなら三千万……いや、五千万の金を払っても損はないだろう。柏木の濡れ衣を晴らせるわけだし、これまで通りの活躍ができるから、五千万なんて金はすぐに取り戻せる。なにより、事務所も柏木もこのままだと数億は下らない違約金を払わなければならない。それに比べれば、安い出費だ。だが、佐々木杏奈にとっての五千万は理性を失うに十分な大金だ。そうなる前に、柏木サイドと佐々木杏奈が言い逃れできない音声の存在を記事にすると言ってるのさ」
 福島も、一切退(ひ)く気はなさそうだった。
「それじゃあ、立浪さんと僕が情報提供者を騙(だま)したことになるじゃないですか?」
 相良も執拗(しつよう)に食い下がった。
「裏切らない情報提供者なら、その言いぶんも通用する。だが、裏切る可能性の高い情報提供者の場合、先に裏切ってでも先手を打っておく必要がある。とにかく、採用された時点でネタは編集部が買い取っているわけだから、どう扱おうとウチの勝手だ」
 福島の言葉に、相良が唇を嚙んだ。
「おやおやおや、『スラッシュ』編集部っていうところは怖いね~。販売部数を伸ばすためなら、人の人生なんてどうなってもいいってね」
 文芸部の鈴村(すずむら)が、楊枝(ようじ)をくわえながら現れた。
「なんだ、文芸部はやることないのか?」
 福島が迷惑そうに言った。
「崇高な貴誌で小説連載している北村(きたむら)先生との打ち合わせついでに寄っただけですから、すぐに退散しますよ。君も、こんなところに長くいると誰かさんみたいに人間性を失うから考えたほうがいいぞ」
 鈴村が福島に皮肉交じりに言うと、相良の肩に手を置き立浪に視線を向けた。

『はい。では、番組スタッフと柏木保さんのマネージャーとのやり取りの続きに入りますが、ここからはVTRでお届けします。では、どうぞ』
 坂下の振りで、スタジオからVTRに切り替わった。
『そうですか。どうしても柏木さんに身に覚えがなく佐々木杏奈さんの作り話だとおっしゃるので、マネージャーさんに聴いて頂きたいものがあります』
デスクチェアに座った三十代くらいの男性スタッフが、ハンズフリーにしたスマートフォンに語りかけていた。
『なんでしょうか?』
 マネージャーの怪訝な声が、スマートフォンのスピーカーから流れてきた。
『聴いて頂ければ、すぐにわかりますよ』
 番組スタッフが、素っ気なく返した。

「このスタッフ、なにをやるつもりだ?」
 福島が、テレビに向かって独(ひと)り言(ご)ちた。
「なんだかわからないけど、あのスタッフはやけに余裕のよっちゃんだね~」
 近田がワクワクした顔で、死語のワードを口にした。
 福島が、テレビに向かって独(ひと)り言(ご)ちた。
「なんだかわからないけど、あのスタッフはやけに余裕のよっちゃんだね~」
 近田がワクワクした顔で、死語のワードを口にした。
 
『では、流します』
 番組スタッフが、スマートフォンに接続したICレコーダーのスイッチを押した。
『案外、ちょろかったな。敏腕とか言っても、写真週刊誌の記者なんてあんなもんだ』
『守ってくれるんでしょうね?』
『お前がこんな馬鹿な真似(まね)をしなければな』
『しないわ。来クールのドラマの準ヒロインにキャスティングするって約束を守ってくれればね。約束を破ったり、また、暴力を振るったりしたら××って人に暴露するから』

 柏木と杏奈の会話が流れてくると、相良が弾かれたように立浪を見た。
「おいっ、これは、柏木保と佐々木杏奈の音声じゃないか!?
 福島が、大声を張り上げた。

『ちょ……ちょっと、これはなんですか!? 止めてください!』
 動転したマネージャーの声――後の祭り。

『簡単に言うなよ。お前みたいな三流のエキストラ女優をプライムタイムの連ドラの準ヒロインにするなんて、成績が悪い子供を東大に入れるようなものだからな』
『なんでもいいから、約束は守ってよね。破ったら本当に……』
『わかったって言ってるだろうが! くそアマが!』

『やめてください! 止めてください! あなた方、公共の電波でこんなことが許されると思っているんですか!』
 マネージャーの〈正論〉が、虚(むな)しく響き渡った。

『いまのあなたを、みんなに見せてやりたいわ。なにが日本一のフェミニスト俳優よ』
『調子に乗るのもいい加減にしろっ。暴露(ばくろ)されてもいいから、顔面グチャグチャにしてやろうか!? お?』

『以上です。このICレコーダーの音声は匿名(とくめい)でテレビ局に送られてきたもので、一部分だけ手を加えていますが、柏木保さんに間違いないですよね?』
 勝ち誇ったように、番組スタッフが言った。
(第20話につづく)

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