第8回 SATーlight 警視庁特殊班/矢月秀作
文字数 2,504文字
SITやSAT(警視庁特殊部隊)よりも小回りが利く「SATーlight(警視庁特殊班)」の面々の活躍を描く警察アクション・ミステリーです!
毎週水曜日17時に更新しますので、お楽しみに!
《警視庁特殊班=SAT-lightメンバー》
真田一徹 40歳で班のチーフ。元SATの隊員で、事故で部下を死なせてSATを辞めたところを警視庁副総監にスカウトされた。
浅倉圭吾 28歳の巡査部長。常に冷静で、判断も的確で速い。元機動捜査隊所属(以下2名も)
八木沢芽衣 25歳の巡査部長。格闘技に心得があり、巨漢にも怯まない。
平間秋介 27歳の巡査。鍛え上げられた肉体で、凶悪犯に立ち向かう。
「フラップの代表が金田である以上、みのりとはどこかでつながっていると思うのですが」
芽衣が続けた。
「隠れて、裏で糸を引いてるのかな」
平間が思ったことを口にする。
「その可能性も捨てきれない」
浅倉が平間を見た。
「よし、平間はそのままフラップのライブに潜入。浅倉は金田の捜索。八木沢はみのりが以前勤めていた飲み屋関係の客や従業員にあたってくれるか」
「わかりました」
3人は同時に返事をし、首肯した。
6
翌日の午後、芽衣は代々木に来ていた。
みのりは代々木と新宿の間にある小さなスナックで働いていた。<ハル>という店だが、その店に関しての資料が生活安全課にあった。
経営者は江木葉子という女性で、15年前、売春防止法違反で逮捕されたことがあった。
当時、葉子が働いていた店のホステスに売春させた容疑だった。が、嫌疑不十分で不起訴となった。
葉子はその逮捕をきっかけに勤めていた店を辞め、ハルを開いた。
生活安全課は、無罪となったものの江木葉子はマークしていた。
葉子の店は、2、3人のホステスに常連客といった小ぢんまりしたもので、それ以上もそれ以下もなかった。
葉子の行動に怪しいところはない。そろそろ監視を解くかどうか検討していた時に、広崎みのりがホステスとして働き始めた。
そこからは、みのりの業界の知り合いが店に顔を出すようになり、多少にぎわったという。
しかし、葉子が店を通じて売春を斡旋している様子はなく、生活安全課は監視を解いた。
ハルは、コロナ禍で自粛を求められると同時に閉店した。
葉子は北参道近くにマンションを買っていた。今はかつてのなじみの店に顔を出すこともなく、隠居生活をしているようだった。
芽衣は葉子のマンションへ来た。古い建物だが、趣のある低層マンションだった。
エレベーターで3階に上がり、広めの廊下を奥へ進む。一番奥の角部屋の前で立ち止まる。表札はない。
インターホンを押した。やや間があって、女性の声がスピーカーから聞こえてきた。
──どちらさま?
しゃがれた声だ。
「警視庁の八木沢と申します。少しお伺いしたいことがありまして」
──私は店を辞めたんだよ。
つっけんどんに返してくる。
「あ、いえ、江木さんのことではなく、広崎みのりさんについて、少々お話を伺いたくて」
芽衣が言うと、少しインターホンの向こうが沈黙をした。
待っていると、女性が返してきた。
──ちょっと待ってね。
インターホンが切れてまもなく、ドアのロックが外れ、開いた。
小柄な老女が顔を出した。声の印象から、パジャマのような格好で出てくると予想していたが、小ぎれいなニットを着て長いスカートを履き、ショールを巻いていた。
顔つきも言葉遣いとは違い、穏やかで優しげな雰囲気があった。
「どうぞ」
芽衣を招き入れる。
芽衣は会釈をし、玄関に入った。
「江木葉子さんですね」
「そうよ」
「改めまして、私、警視庁特殊班の八木沢と申します」
身分証を提示する。
「警視庁特殊班? 聞いたことないわね」
「新設部署なんです。あちこちの部署のサポートをしている部署だと理解していただければ」
「まあ、いいわ。上がって」
葉子はショールを握り、奥へ進んだ。芽衣も上がって、老女に続く。
左右に部屋がある廊下を進み、奥のリビングに入る。
物の少ない部屋だった。
「どうぞ、そちらへ」
ソファーを手で指す。芽衣は浅く腰かけた。
「紅茶はいかが?」
「おかまいなく」
「1人で飲んでてもつまらないからさ。付き合ってよ」
そう言うと、ケトルでお湯を沸かし始めた。
芽衣は待つ間、部屋を見回した。
リビングにはソファーとテーブルが置かれていた。サイドボードには高そうな器や調度品が並ぶ。しかし、物は少ない。
大きな窓の向こうにあるベランダには、家庭菜園のプランターが並んでいた。
「何を育ててらっしゃるんですか?」
「ミニトマトやミニナス。あとはハーブね」
話しながら、紅茶の葉をガラスの急須に入れ、お湯を注ぐ。ベルガモットの香りがほんのりと部屋に広がる。
慣れた手つきで茶こしで葉を受け、紅茶を注ぎ、トレーに載せて戻ってきた。
ソーサーと共にカップを差し出す。
「どうぞ」
「いただきます」
芽衣はソーサーを取り、カップに指をかけた。一口含む。
「ん……アールグレイですね」
「紅茶はお好き?」
「はい、時々飲みます。家ではダージリンを飲んでいます」
「ダージリンもおいしいわね」
「お酒は置いていないんですね」
サイドボードを見る。
「もう散々飲んだから、いらないのよ、酒は」
葉子は微笑み、一口飲んでソーサーごとテーブルに置いた。
矢月 秀作(やづき・しゅうさく)
1964年、兵庫県生まれ。文芸誌の編集を経て、1994年に『冗舌な死者』で作家デビュー。ハードアクションを中心にさまざまな作品を手掛ける。シリーズ作品でも知られ「もぐら」シリーズ、「D1」シリーズ、「リンクス」シリーズなどを発表しいてる。2014年には『ACT 警視庁特別潜入捜査班』を刊行。本作へと続く作品として話題となった。その他の著書に『カミカゼ ―警視庁公安0課―』『スティングス 特例捜査班』『光芒』『フィードバック』『刑事学校』『ESP』などがある。