第58話 大河内から金を奪おうとする花巻は用意周到だった

文字数 3,404文字

『立浪ちゃん、元気してる?』
 電話に出るなり、受話口から花巻の陽気な声が流れてきた。
「なにかありましたか?」
『やだな~。なにかなかったら電話もしちゃだめなの?』
 花巻が拗(す)ねたように言った。
「そういう意味ではありません。いま、動画の編集作業をしているんです」
『あ、めんごめんご! 邪魔しちゃったね。ところで、なんの動画?』
無邪気な感じで、花巻が訊(たず)ねてきた。
「芸能人の不倫現場です」
 立浪は咄嗟(とっさ)に噓(うそ)を口にした。
『不倫現場? 面白そうだね~。ところでさぁ、鈴村ちゃんと連絡取れないんだけど、どこにいるか知ってる?』
「鈴村ですか? 二時間くらい前まで、一緒でしたが」
『あ、そうなんだ~。どうしちゃったんだろう? もしかして、大河内に拉致(らち)されちゃったんじゃないの?』
「それはないでしょう。大河内には鈴村を拉致する理由がありませんから」
 立浪は即座に否定した。
『理由はあるでしょう~? 牧野健の薬物動画とかさ~』
「大河内は、その件については安心してます。私が完全に軍門に下っていると思ってますからね」
『またまたまたまた~。立浪ちゃんも人が悪いんだからぁ。シャブ動画を流そうとしているんじゃないのぉ? 大河内がそれを知ったら、鈴村ちゃんが拉致られても不思議じゃないよね~?』
花巻が、いつものおちゃらけた口調で言った。
「牧野健の動画なんて、流そうとしてませんよ」
 立浪はシラを切った。
 花巻はなにかを嗅(か)ぎ付け、鎌をかけてきている。
 さすがは人の弱みを生業(なりわい)にしているだけあり、物凄(ものすご)い嗅覚だった。
『そっかぁ。よかった~。安心したよぉ。鈴村ちゃんが拉致されたら、僕ちん困っちゃうんだよね~』
「私も困ります。腐れ縁ですが、一応、友人ですからね」
 牧野の動画から話を逸らすことができて、立浪は安堵(あんど)しながら言った。
『そういう意味じゃないんだよね。僕ちんの場合、鈴村ちゃんの身になにかあったら家を売り払って回収しなきゃならないから、大変になるんだよ~』
「家を売り払うって、どういう意味ですか?」
 立浪は、すかさず疑問を口にした。
『あれ? 知らなかった? 鈴村ちゃんの自宅、僕が第一抵当権を打ってるんだよ』
「鈴村の自宅に、第一抵当権!? どういう意味ですか!?
 立浪は素頓狂(すっとんきょう)な声で訊ねた。
『マイホームの頭金が足りないってことで、五年前に鈴村ちゃんに一千万を貸したのさ。抵当権を打ったのは、そのときだよ。牧野健は、シャブを打ってるけどね~』
 花巻が笑えない冗談を口にした。
「そうだったんですか。まったく知りませんでした。でも、鈴村の身にはなにも起こらないので大丈夫ですよ」
 鈴村が花巻から住宅ローンの頭金を借りていたことには驚いたが、もし立浪が相談されたとしても一千万を貸すことはできなかっただろう。 
『どうしてそう言い切れるの? シャブ動画が世に出回ったら、大河内は立浪ちゃんに報復を考えるだろ? そしたら立浪ちゃんの周囲は、みんなターゲットになるじゃない? 現にさぁ、立浪ちゃんの子飼いの記者の娘ちゃんが脅(おど)されたんでしょ?』
 花巻が牧野の動画に話を引き戻した。
「まず手始めに牧野の動画を拡散するというのは、花巻さんも納得済みですよね? いまになって、どうしてそんなに気にするんですか?」
 立浪は率直な疑問をぶつけた。
『もちのろん! 納得済みだよ! ただし、抜け駆けはノンノンノン! ダメダメダーメ! 僕には、大河内からビッグマネーを引っ張る予定があるからね~』
 やはり花巻は、金のことを気にしていた。
 たしかに立浪が牧野の動画と達臣の動画を立て続けに暴露してしまえば、大河内は「帝都プロ」を失い刑務所に囚われの身となるだろうから、花巻が金を手にすることはできない。
 花巻なら、ほかのカモからいくらでも金を強請り取れる。
 花巻には悪いが、仇討ちの機会を譲るわけにはいかなかった。
「その件についてはご安心を。牧野の動画を公開しても、鈴村に危害を加える暇を与えませんから」
『ということは~、僕ちんも大河内からビッグマネーを脅し取る暇がないってことでしょう?』
 図星――立浪は、すぐに言葉を返すことができなかった。
「それについては考えがあるので……」
『立浪ちゃん、いつまで三文芝居を続けるつもり?』
 立浪を遮り、花巻が言った。
「え……」
 立浪は絶句した。
『僕にはぜーんぶ、お見通しなんだよ。立浪ちゃん、シャブ動画を僕に内緒でUPするつもりでしょ?』
「いえ、そんなつもりはありません」
 立浪は、間を置かずに否定した。
 いま、花巻に邪魔されるわけにはいかない。
『噓を吐(つ)くのは勝手だけど、これだけは警告しておくよ。もし、立浪ちゃんが僕に内緒でシャブ動画を拡散したら、鈴村ちゃんの家を差し押さえて競売(けいばい)にかけるからね~』
「競売!? ちょっと待ってください! 自宅を売りに出されたら、鈴村の家族が路頭に迷ってしまいますよ!」
思わず立浪は大声を出した。
『なになに? そんなに慌てちゃってどうしたのさ? 僕に内緒でシャブ動画はUPしないんだから、困ることはないでしょう?』
 花巻が、立浪を試すように言った。
『あれあれあれぇ~。どうして黙っちゃってるのぉ? 高倉健(たかくらけん)でも気取ってるわけぇ?』
「花巻さん。お話したいことがあります」
 立浪はシナリオを書き換えることにした。
 大河内を潰(つぶ)すために、鈴村の家族を路頭に迷わせるわけにはいかない。
『なによ、かしこまっちゃってぇ』
「大河内への新たな爆弾を入手しました。その爆弾を落とせば、大河内は間違いなく刑務所行きです」
『へぇ~。いつの間にそんなお宝を手に入れたのさ? 立浪ちゃんも、隅に置けないね~』
 いつものような飄々(ひょうひょう)とした花巻からは、真意が読めなかった。
「最初のシナリオでは、牧野健の動画を拡散した後に花巻さんの爆弾を投下して大河内の息の根を止めるつもりでした。でも、花巻さんの目的は大河内から金を引っ張ることなので、爆弾は使えません。だから、別の爆弾を用意しました」
『新しい爆弾を、いつ落とすつもりさ? 下手(へた)なことをやられたら、僕は一円も手にできなくなるんだよ~』
 ふざけた口調は変わらないが、電話越しに花巻の緊張が伝わってきた。
「わかってます。そこでご相談ですが、明日、牧野健の動画を拡散します。花巻さんはご自分の爆弾をちらつかせて大河内から金を引っ張ってください。私は花巻さんが金を手にしたら止(とど)めを刺しますから」
 本当は花巻を挟まずに一気に大河内を仕留めたかったが、鈴村の家が人質に取られている以上仕方がない。
『前なら立浪ちゃんの話に乗ったけど、いまは無理無理。僕が電話しなきゃ、無断で動画を拡散するつもりだったんだからさ。もう、立浪ちゃんのことは信用できないよ。だから、僕のシナリオに従って貰(もら)うよ。従えないなら、鈴村ちゃんの自宅を差し押さえるしかないから』
「わかりました……わかりましたから、花巻さんのシナリオを教えてください」
 花巻は偶然を装って電話をかけてきたが、最初から鈴村家の抵当権を使って立浪の動きを封じ込めるのが目的だったのだ。
 改めて、花巻は恐ろしい男だと思った。
『シャブ動画を拡散するのはいいけどさぁ、新しい爆弾ってやつは使わないでくれる?』
「どうしてですか!? 花巻さんが大河内から金を引っ張るまでは使いません。それなら、問題ないでしょう?」
『問題は大ありさ~。立浪ちゃんの爆弾を使えば大河内は刑務所に入る。でも、一生じゃないでしょう? 大河内が死刑じゃないかぎり三年もすれば、ううん、一、二年で出てくることもある。そしたら、どうなると思う? 手負いの狼が血眼になって僕ちんと立浪ちゃんを殺しにくる。失うものがなくなった大河内はさ~、金と権力を手にしている大河内よりも怖いんだからね~。以上の理由で、立浪ちゃんの爆弾を落としちゃダメダメダメ!』
 受話口から漏れる花巻の甲高(かんだか)い声が、立浪の鼓膜に突き刺さった。

(第59話につづく)

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