[interview]ファンタジーに名探偵は必要か?/片里鴎

文字数 3,608文字

 異世界転生ファンタジーと本格ミステリーの融合という、常識破りの作品『異世界の名探偵』を発表し、ミステリーマニアにその名を刻み込んだ片里鴎さん。精密なトリックを必要とするミステリーと魔法など、人知の及ばない要素がたくさん存在するファンタジーをどうやって破綻なく両立できたのか。片里さんにお話を聞きました。


―― 一読した時に、非常に挑戦的な作品だと思いました。この作品を書こうと思ったきっかけや原点を教えてください。

片里 はっきり言ってしまうと、この作品(原題「ファンタジーにおける名探偵の必要性」)を投稿した場である「小説家になろう」というサイトでは、当時「異世界転生/転移+主人公最強」ジャンルが流行っているというレベルを超えて流行っていた、というのがまず大前提にあります。


 そして一方悲しいかな、ミステリというジャンルは、少なくとも主観では一時と比べるとかなり勢いが弱くなっているように思っていました。


 ただ、ミステリに偏って本をずっと読んできた自分にとっては、いまいちミステリというジャンルが流行していない理由が分かっていなかった、というか今でも分かっていないのが正直なところです。ミステリほど面白いものはないと未だに思っていますので。


 ともかく、そういう心境だった自分はある意味で楽観的で、「『異世界転生/転移+主人公最強』ジャンルのミステリがあれば『小説家になろう』の読者も読んでくれるだろう。そして、読んだらミステリの面白さに気づいて、ミステリが『小説家になろう』内で流行るだろう」と無邪気に思っていました。「ネット連載小説」と「ミステリ」は相性がいいとも感じていたので。


 ただ、待っていてもそういう作品が書かれることがなかったり、書かれていても「ちょっと違うかなあ」と思ってしまったりということが多く、空前のミステリブームが来ることもなかったので、とりあえず自分で書くしかないか、と覚悟を決めて書き出したのがきっかけです。ミステリは読むばかりで書いたことなどなかったので、書き出すのにはかなり勇気が必要でした。

―― ファンタジーとミステリーという一見すると並立するのは難しいと思えるジャンルですが、どこに接点を見出しましたか?

片里 書き出す少し前から、いわゆる「特殊設定ミステリ」が増えてきていたというのもありますし、ランドル・ギャレットの「ダーシー卿」シリーズのように魔術とミステリの融合も前例もありますので、ファンタジーとミステリ自体がそこまで食い合わせが悪いとは思っていませんでした。


 ただ、「ファンタジー+ミステリ+ネット投稿」となると途端に食い合わせが悪くなります。具体的には、ネットに投稿しつつ読者からはその感想をいただくという形になりますので、当然ながら積極的に事件を推理してそれを感想として投稿される方もいらっしゃるわけです。そうなると、ファンタジーがゆえに「何がありえて何がありえないか」が曖昧なために「作者の想定している正解ではないけど否定もできない推理」が結構出てきてしまいます。


 そこで、古典的ですが途中に「読者への挑戦」を入れて、そこで「あれはなし、これはなし、ここは考えなくてOK」と明記するという方法をとりました。力技ではありますが。


 逆に言うと、ファンタジーに限らず、どんなジャンルだろうと途中に「読者への挑戦」を入れればミステリとして成立させることは一応可能なのではないかと思います。例えば、自己啓発ミステリとかもやってやれないことはないのではないと。


 そういう意味では、「読者への挑戦」があればなんとかなる、というのが見出した接点となります。

―― しかし、ファンタジーには「魔法」というものが存在します。トリック破りが容易にできるアイテムです。トリックと魔法の書き分けはどうお考えでしたか。

片里 やはり前述した「何がありえて何がありえないか」「どこまでできてどこからできないか」がはっきりしているかどうかだと思います。


 現実世界を舞台にしたミステリであればそのルールは同じ現実世界に住んでいる我々には暗黙のものですが、魔法についてはそのルールがはっきりしていませんし、物語中で説明するにも限界はあります。いくら細かく理論づけして体系化しても、「じゃあ、こういう場合にはその魔法はどうなるのか」という疑問や突っ込みがゼロになることはないでしょう。


 ただ、現実世界のルールなら暗黙のうちに分かっている、というのも実際は幻想だとは思います。例えばアリバイという概念は「人は同じ時刻に全く別の二つの場所には存在できない」前提ありきですが、本当にそうなのかどうか自分はよく分かっていません。経験則からそうなのだろうと思っているだけです。時間や空間の正体なんて分かっていませんし、それを専門に研究しているわけでもないし。


 だから、読者と作者が「何となくこうだろう」と考えているルールを基にしているもの、という意味は、実はトリックと魔法には大した違いはないのかもしれません。


―― 「ミステリー」というジャンルに対する思い入れを感じますが、本格ミステリとの出会いを教えてください。

片里 本格ミステリとは何か、みたいな定義論が怖いのでミステリ全般について思い返しますと、当然子どもの頃にシャーロックホームズは読んでいました。それに加えて、母親が読んでいた赤川次郎作品、特に『三毛猫ホームズ』シリーズなどを母親が不在の隙に読んでいたということもありました。そこから図書館でミステリのジャンルの本だけを片端から借りて読むようになって……という流れです。だから物心ついた頃には既にミステリが好きでそのジャンルばかり読んでいたので、この時点では「出会い」というのはありませんでした。


 既にミステリが好きだった自分が改めてミステリと出会った、つまり強烈に意識したのは、やはりメフィスト賞です。受賞作を片端から読みましたし、しばしば「第0回メフィスト賞受賞者」とも言われる京極夏彦作品は学校の図書館で借りて読んだ後で改めて購入したりもしました。


 そこからはメフィスト賞受賞作や、受賞作家の作品を読んでばかりで、ミステリの古典名作の多く(超有名作以外)は大学生になるまで読めていませんでした。『黄色い部屋の謎』(ガストン・ルルー)、『ユダの窓』(カーター・ディクスン)、国内作品で言えば『虚無への供物』(中井英夫)、『ドグラ・マグラ』(夢野久作)など、どれも大学生になってからです。


 それくらい、思春期はメフィスト賞に心奪われていた状態でしたし、未だにあの賞は自分の中では特別なものです。

―― 今後、書いてみたい作品はありますか? 「本格ミステリ」でもいいですし、それ以外のジャンルでも構いません。

片里 はい。アイデアはたくさんあります。アイデアだけですが。


 特殊設定ミステリが多いです。「人を殺したら人間ではなくヒトゴロシという別存在になってしまう世界での殺人事件」(つい最近、『楽園とは探偵の不在なり』(斜線堂有紀)という少し似た設定のミステリが刊行されましたが)、「殺し屋たちの労働組合に所属する調査員二人組の事件簿」、あとは同じ異世界もので「異世界でチート能力を持った転移者、転生者を取り締まる側の刑事もの」などでしょうか。


 忙しさ(と読書)にかまけてアイデアの段階で止まってしまっているのですが、いずれちゃんと書ければ、と思っています。


 それから、縛りがある中で書くのが結構好きなので、どなたかに何かしらの条件で縛られた上でミステリを書く、という機会があればいいなという希望もあります。

―― コミック化も始まりました。ご感想は?

片里 まずお話をいただいた時にびっくりしました。この作品はコミカライズ向けではないのではと自分で勝手に思い込んでいたので。そして単純にとてつもなくうれしかったです。


 小説とコミックでは完全に別のものだと考えていますので、一読者として楽しみにしています。


 小説ではジャンル的にどうしても状況説明や事件の詳細についての描写が多くなりますが、コミックですとそれをある程度絵でぱっと説明して、その分キャラクターを生き生きと描写していただけるのではなか、と思っています。


 実際、第一話を読ませていただいた時点で、作者ながら「なるほど主人公はこんなキャラクターなのか」「ヒロインはこんな振る舞いをするのか」など新鮮に感じております。今後、事件が本格的に始まり、極限状態の中でキャラクターがどんな風に描写されていくのか、というのをかなり楽しみしております。

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レジェンドノベルス『異世界の名探偵 1~3』

   片里鴎 著/六七質 装画


コミック版は「コミックヴァルキリーweb版」で好評連載中

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