今月の平台/『鈍色幻視行』恩田陸
文字数 2,306文字
ひら-だい【平台】…書店で、書籍や雑誌を平積みする台のこと。
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二ヵ月連続刊行された恩田陸氏の新刊にはまたもや圧倒された。先に刊行された『鈍色幻視行』は、呪われた小説『夜果つるところ』の関係者が集まる豪華客船で、小説家である蕗谷梢がその関係者への取材を通して事故の謎に迫るという物語である。その後に刊行された『夜果つるところ』は、謎の作家「飯合梓」によって書かれた作中作になっており、映像化しようとする度に事故で中止になってしまうなど曰くつきの小説とされている。幻想的で耽美で美しいが、呪われていると言われたら、さもありなんとさえ思ってしまう。この本一冊だけでも読み応え抜群だが、それを作中作としても楽しめるなんて、贅沢すぎる。
『鈍色幻視行』の舞台は日常と切り離された豪華客船。波の影響を受け、不安定な密室的空間で何かが起こるのではと考えるだけでワクワクしてしまう。関係者も曲者揃いで映画監督、プロデューサー、評論家とまるで古典ミステリのようだ。唯一異なるのは探偵が「犯人はあなただ!」と決定づけるシーンがないことかもしれない。作中では、アガサ・クリスティー作品など、さまざまな本や映画についても言及されるので本好きにはたまらない一冊である。
呪われた小説と言われているが、そもそも呪いとはいったい何なのか? 『鈍色幻視行』の冒頭で梢自身も自問している。「呪縛と刻印。ある意味で、あたしたちは呪いを切望している。自分を縛るもの、魅入られるもの、やむにやまれず引き寄せられるものを」。そして、梢にとっての呪いは「小説を書いていること」だと言っている。
梢と同じように恩田陸氏自身にとっても小説を書くことは呪いなのだろうか? そして、それを待ち望んでいるわたしたち読者もある意味呪われていると言えるのかもしれない。ファンタジックでミステリアスな物語は恩田陸氏の真骨頂と言える。呪い呪われながら存分に物語世界に浸ってほしいと思う。どちらの作品から読んでも楽しめるし、辿り着くところは一緒なのである。いや、本当は辿り着くことのない旅なのかもしれない。
丸善名古屋本店 竹腰香里さんの一冊
王谷晶 朝日新聞出版
わたしが君を三十年ぶりに思い出した時に浮かんだのは、生まれ故郷のあの風景。この物語には、登場人物の名前も性別も示されていない。そのおかげで、純粋にまっすぐに「わたし」の想いを感じることができる。狂おしいまでの切なさが心に刺さります。
出張書店員 内田剛さんの一冊
王谷晶 朝日新聞出版
小さな町では異物になってしまうほど純真で素敵な君。三十年という凍りついた時の流れが一瞬にして溶けだし、この身が捩れるほど残酷で美しい記憶がよみがえる。人間の本能が生み出した静謐なる衝撃に鳥肌が消えない。
大垣書店イオンモールKYOTO店 井上哲也さんの一冊
水庭れん 講談社
暦のズレを直すのが「閏」である様に、人生のわずかな歪みを正してくれるのが「うるうの朝顔」である。人生は常に平穏な状態が続く訳では無いが、日置凪によって救われた人々の安寧を祈らずにいられない。本書は読む心の清涼剤である。
紀伊國屋書店梅田本店 小泉真規子さんの一冊
恩田陸 集英社
〝呪われた〟小説『夜果つるところ』。夜の終わりと夜の始まるところ。果たしてこの謎は解き明かしてもいいのだろうか。ぜひとも後日実際に発売された作中作『夜果つるところ』をあわせて読んで欲しい。
丸善博多店 徳永圭子さんの一冊
サンダー・コラールト 新潮社
老いていく男と老いた犬。読書を愛する男ヘンクが出くわす戸惑いや妄想、欲望や罪悪感を淡々と描いた作品。この人生が生きるに値することを飼い犬スフルクが全身で訴えかけていた。14歳の姪っ子ローザとの気の抜けた会話が、ふっと心を引き上げてくれるのも嬉しい。
うなぎBOOKS 本間悠さんの一冊
櫛木理宇 集英社
世間のはざまに置き忘れられた子どもたち。少年たちは子どもを人質に、子ども食堂に立てこもる。貧困・虐待の連鎖。確かにそこにあるのに、見えていなかった問題をあぶり出す、息をのむ一冊。
丸善丸の内本店 高頭佐和子さんの一冊
吉田修一 毎日新聞出版
世之介、久しぶり! と、懐かしい友達に再会したように言いたくなる。私も登場人物達と一緒に、ご飯を食べて、笑っているような気持ちになってくる。読み終わりたくないなあと思いながら、一気に読んでしまった。
ときわ書房本店 宇田川拓也さんの一冊
クエンティン・タランティーノ 文藝春秋
映画『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』の単なるノベライズ・副読本だと思ったら大間違い。一九六〇年代末期の映画の都、豊富な映画の知識、一筋縄ではいかないキャラが混然一体となった群像劇として、予想以上の傑作。びっくり!
この書評は、「小説現代」2023年8月9月合併号に掲載されました。