第40話 使用現場の動画を花巻に見せながら、戦略を立てる立浪

文字数 3,176文字

9

『ふざけんじゃねえぞ……てめえ! 俺を誰だと思ってる!? おいっ、答えろ! ただで済むと思ってんのか!? ああ!?
『落ち着いてくださいっ、牧野(まきの)さん! 薬物で錯乱(さくらん)していますから、大事故に繋(つな)がります!』
 GVルームの床に引っ繰り返る牧野健(けん)と、わざとらしく心配した振りをして牧野の名前と薬物使用の事実を叫ぶ立浪(たつなみ)の声が、十坪のスクエアな空間に響き渡った。
「ビューティホー! ビューティホー! ビューティホー!」
 大理石の円卓で立浪が盗撮した動画を観ていた花巻(はなまき)が、喜色満面で手を叩(たた)きながら言った。
「さすがはお兄ちゃん、一目会ったときからただものではないと思っていたよ」
「ありがとうございます。ダメもとで突入しましたが、上々の撮(と)れ高でした」
 立浪は、秘書のみゆが運んできた麦茶のグラスで喉(のど)を潤(うるお)した。
「一人で手柄を立てたように言うな。俺も命懸けで黒服の気を引いたんだからな」
 隣の席に座る鈴村(すずむら)が、不満そうな顔を立浪に向けた。
 命懸けというのは、大袈裟(おおげさ)ではなかった。
 昨夜、立浪と鈴村は「クレセント」の警備チームからなんとか逃げ果せたが、一歩間違えば囚われの身になるところだった。
「おお! 鈴村ちゃんが身体(からだ)を張るなんて珍しいじゃない。やるときはやるんだねぇ~」
 花巻が茶化すように言った。
「そんなんじゃありませんよ。こいつに無理やりラウンジとかいうところに連れて行かれまして……まったく、無茶にもほどがあるぞ」
 鈴村が恨(うら)みがましい眼で立浪を睨(にら)みつけた。
「へぇ、おじさん、真面目そうな顔して女好きなんだ。じゃあ、みゆのこと見て本当はムラムラしてるんでしょう?」
 身体にピッタリとフィットした臍(へそ)の出たミニTシャツと、尻肉がはみ出すほど短いホットパンツを穿(は)いたみゆが挑発的に腰をくねらせた。
「し、失礼な!  俺には妻がいるんだ! そんなわけ……」
「まあまあまあ、怒らない怒らない。みゆちんも冗談で言ったんだからさ。ほれ、あとで買い物に連れてってあげるから奥にいなさい」
 花巻が言うと、みゆが小鹿のように跳ねながら奥の部屋へと消えた。
「ところでさぁ、これからどうするつもり?」
 花巻が立浪に視線を移した。
「できれば今日にでもWEB記事にしたいくらいですが、まだやることがありますので」
 立浪は言った。
「やることってなによ? こんな決定的な動画があるんだから、効力は十分でしょう?」
 花巻が訝(いぶか)しそうに訊(たず)ねてきた。
「そうなんですけど、獲物が獲物なだけに万全を期したいんです。牧野の女に接触しようと思っています」
 立浪は杏樹(あんじゅ)の顔を思い浮かべた。
「牧野とクスリやってベロチュウしてる女のこと?」
 花巻が静止した動画に映る杏樹を指差した。
「ええ。たしかに動画だけでも相当なインパクトですが、否定されたらそれ以上は追い込めません。もちろん、グレイの状態でもこんな動画が出回ったら牧野のイメージダウンは免れられません。スポンサーだって手を引くでしょう。ただ、大河内(おおこうち)に決定的なダメージを与えるためには、牧野健を完全なクロにする必要があります。そうするためには杏樹って女の証言が必要です」
「いいね、いいね~。お兄ちゃん、もし『スラッシュ』をクビになったらウチにおいでよ! 幹部候補生間違いなしだからさ」
 茶目っ気たっぷりにウインクする花巻に、立浪は苦笑いを返した。
 もし、ではなく牧野健の薬物スキャンダルをWEBに流したら、立浪は間違いなく「日光社(にっこうしゃ)」を解雇されるだろう。
 解雇されたいわけではなかったが、だからといって手を引く気はなかった。
 文芸部から「スラッシュ」編集部に移ったのは、父を闇に葬った大河内の悪事を暴(あば)き仕留めるためだ。
 円卓に載せていたスマートフォンが震えた。
 ディスプレイに表示される、古田(ふるた)、の文字。
 立浪はスマートフォンの通話ボタンをタップした。
「いいネタが入った……」
『立浪さん、あんた、いったいなにをしでかしたんだ!?
 フリー記者の古田の切迫した声が、立浪を遮(さえぎ)った。
「フルさん、そんなに慌(あわ)ててどうした?」
『どうしたもこうしたもねえ! ウチの中学生の娘が、今朝登校途中に見知らぬ男に呼び止められて、言われたそうだ! 「スラッシュ」の立浪さんによろしく、ってな!』
「どうしてフルさんの娘さんが!?
 訊ねた端(はな)から、立浪の脳内には大河内の顔が浮かんでいた。
『そんなの、俺のほうが訊(き)きてえよ! あんた、なんかヤバいネタを追ってるんじゃねえのか!?
「いや、心当たりがないな」
 罪悪感の声に背を向け、立浪はシラを切った。
『だったらどうして変な男が俺の娘に、わざわざあんたの名前を出すんだ!? とにかく、いま動いていることをすべてやめろ! すぐにやめろ!』
 古田が激しく取り乱した。
「フルさん、落ち着くんだ」
『落ち着いてられるか! いまから、警察に行こうと思ってる』
「だめだ。事を荒立てたら娘さんが余計に危険だ」
 すかさず立浪は釘を刺した。
『やっぱり、なにか危ねえ橋を渡ってるんだな!? 正直に言ってくれよ!』
 古田がいら立ちの口調で叫んだ。
「ああ、ある大きなターゲットを狙っている。そのターゲットは警察に圧力をかけるくらい朝飯前の人脈を持つ男だ。フルさん。ここはなにも訊かずに、俺を信用してくれ。もう二度と、娘さんに迷惑をかけないと約束するから」
『本当だろうな!? 次に不審者を見かけたら、すぐに通報するからな!』
「わかった。約束する。娘さんに危害が及ばない方法は、もう考えてあるから。詳しいことは二、三日中に話すよ。また、連絡するから」
『とにかく、早めに連絡をくれ。これじゃ、怖くて娘を学校に行かせられねえよ。頼んだぞ』
 古田が一方的に言い残し電話を切った。
「どうした? 電話の相手、ずいぶん怒っていたみたいだが。娘がどうとか言ってたな?  なんかトラブルか?」
 鈴村が心配そうな顔を立浪に向けた。
「いや、なんでも……ウチの班の記者の娘が登校途中に見知らぬ男に呼び止められて、『スラッシュ』の立浪さんによろしくって言われたそうだ」
 瞬間、立浪はごまかそうとしたが思い直した。
 警告――恐らく古田の娘に接触したのは、大河内の指示を受けた男に違いない。
 フリーの記者の娘をターゲットにするほどだから、鈴村に危害が及ぶ可能性は十分に考えられる。
 心配させないように事実を隠して、やり過ごせる段階ではなかった。
「誰がそんなこと……まさか?」
 鈴村が息を呑(の)んだ。
「ああ、昨夜の報告を受けた大河内が、早速脅(おど)しをかけてきたんだろう」
 立浪は平静を装っていたが、怒りと恐怖に唾液が干上がり喉がからからになっていた。 
 怒り――卑劣極まりない大河内に。
 恐怖――無関係の人間を巻き込んでしまうことに。
「だからって、記者の娘は関係ないだろう!」
 鈴村が憤(いきどお)った。
「関係のうす~いところから突っつくあたりは、さすがは大河内だねぇ」
 感心したように花巻が言った。
「どういう意味ですか?」
 鈴村が即座に反応した。
「そんなところに脅しをかけるのか!? っていう予想外のボディブローと、関係性の近い人間にはどんなことをしてくるかわからない……そう思わせる心理的作戦さ」
 花巻の説明に、立浪は心で頷(うなず)いた。

(第41話につづく)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み