第40回/【暴露】C沢家に隠された闇について語ります……
文字数 2,429文字
稀代にして奇態、現代を生きる伝説の漫画家・カレー沢薫がtreeに帰還!
前作「ひきこもり処世術」で大ひきこもり時代を総括したひきこもり・ジェダイ・マスターが次に取り上げるのは……「お金」!
お金にまつわる四方山話を集め資産2兆円(脳内)を目指すカレー沢薫の新たなる旅が始まるーー。
我が家は、保険関係の仕事に携わっている夫のノルマを達成するため、真面目に働くより今すぐ放火殺人が起こった方が儲かるレベルで保険に入っているという話を、幾度となくしてきたと思う。
先日、ニュースでまさに夫が所属している組織の「闇」が特集されていた。
その特集によると、職員たちは厳しいノルマを達成するために自ら保険に加入する「自爆」が常態化しているという。
「俺!俺!俺俺俺!」と、思わず湘南乃風か振込め詐欺のかけ子になるぐらい聞いたことがある話である。
「この体制は変えていかなければいけない」とモザイク&変声で語る匿名職員Aさんに深く頷き、「そうだ今すぐ変えろ!」とヒートアップする私に対し夫はどんどん無口になっていく。
夫は私よりもよほど、この企業体質に苦しめられているはずである、本来なら私の「変えろ!」のコールに「(変えろー!)」という合いの手コールを入れてしかるべきである。
それが、まるで一家団欒の場で「今日のロードショーは何かな」とチャンネルを変えた瞬間、エマニエル夫人が出て来たかのように気まずそうにしている。
おそらく夫は「そうは言っても仕方のないことだ」という感覚なのだろう。これは恐ろしいことである。
実際、この体制に苦言を呈して「みんなやっていることだ」と取り合ってもらえなかった職員や「お前も早く自腹を切って楽になれ」と侍みたいなことを言われた者もいるらしい。
確かに、組織に所属しようと思ったら、間違っているとわかっていても従わなければいけないこともあるだろう。実際内部告発をした人間は、ヒーローではなく裏切者として山狩りされるケースの方が多いようだ。
そう考えると、厚生年金も楽ではない。そういう意味では、何かあればすぐTwitterに書ける無職で良かった。
取材に答えたAさんが山中で遺体となって発見されないことを祈るが、そうなったとしても保険にはクソほど入っていると思うので、ある意味一矢報いたと言える。
しかし、自爆であればまだ良い。中にはノルマを達成するために「不正」に手を染める職員もいるという。
先日、かんぽでも同じような保険の不正が明るみになり大きなニュースになっていた。
その事件では、顧客の承諾なく勝手に書類を制作、捺印をして保険に加入させてしまうという完全アウトなことがされていたようである。
それと似たようなことが夫の系列でも行われていたようで、勝手に保険内容を変更するなどの不正があったようだ。
中には、顧客の名義で保険を契約し、保険料を自分で払うという「何がそこまでさせるのか」という事例もあり、これこそがノルマ不正の闇の神髄といえる。
そもそも不正や詐欺行為を行う動機は、「普通にやるより早く多く儲けたい」であるはずだ。
そのために「お縄」というリスクを取るのである。
しかし、このノルマをクリアするための不正を行って得られるのは、おそらく「普通の給料」である。
つまりリスクを取るメリットがまるでなく、バレた時にデメリットを被るだけなのだ。
それをやらなければいられない会社ならば「退職」をするのが最善であり、実際このような体制の企業は退職する者が後を絶たない。
しかし、一定数なんのうま味もない「不正」の方を選ぶ人間が現れるのだ。
年齢や家族の生活のことを考え、そう簡単に辞めるわけにはいかない、というのもあるのだろうが、不正は会社がやれと言ったわけではなく、職員の判断で行われる場合が多いので、バレれば解雇もあるだろうし、最悪本当にお縄になりかねない。
そうなったら、生活や家族に与える影響は普通に辞めるよりも甚大である。
逆に言えば、追い詰められた人間はそれほどまでに判断力が落ちているということだ。
判断力が残った人間は辞め、残りはそれを失った罪人という企業に未来はない。
だが、そうは言ってもニュースを見た夫がやおら立ち上がり「こんなクソ会社明日辞める」と言い出したら、私も「ちょ、ま」と言い出す自信がある。
やはりそう簡単に辞めるという判断ができるわけもなく、少しぐらいの自爆で済むならそっちを選んでしまうのだろう。
すでに我が家はハリウッド級にドッカンドッカンいってしまっているが、業種はなんであれ自腹を切らなければいけない職場は早めに脱出した方が良い。
ちなみに、不正とまではいかなくても、顧客に何の利益もないクソ保険を勧めて入らせるぐらいのことは普通に行われているようだ。
特に、字が小さい約款などハナから読む気がない高齢者がターゲットになっており、認知症の老人を狙った悪質な例もあるようだ。
この「会社にだけ利益があり、客には無、むしろ損な商品を勧めてくる」というのは本当によくあることだ。
何故なら夫も私に保険の説明をするとき「ちょっともにょっている」からである、あまり深く突っ込まれると元本割れクソ保険だとバレるからだろう。
しかし、最近は「字が読めればクソだとわかる」レベルで保険も金利が悪化しているので、営業はますます苦労していると思われる。
だがありがたいことに「字は読めるけど読む気がないお客様」が多いのも事実である。
このように、人は追い詰められると、他人どころか身内まで陥れるようになり、本人にも一切得がないという地獄に自ら足を踏み入れてしまうのだ。
そんなことをしても、社員はすぐ辞めるか消耗し、人がいなくなってしまう。
せめて夫が私の目を見て保険の話ができるようにしてほしい。
山口県在住の漫画家・コラムニスト。最新作に『ひとりでしにたい』原作(講談社)など。
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