『スイッチ 悪意の実験』応援コメント④ 真下みこと

文字数 1,644文字

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も好評の『スイッチ 悪意の実験』

第63回のメフィスト賞を受賞した今作を読んで、

歴代の受賞者たちが応援コメントを寄せてくれました!

4回目は第61回の受賞者・真下みことさんです。

ミステリとトラウマのバランスがとても心地よかった


 またメフィスト賞からすごい作品が生まれてしまった、というのが読後にまず抱いた感想だった。第63回メフィスト賞受賞作である『スイッチ』のことである。

 同じ賞からデビューする後輩作家へのエールとなるコメントの執筆を依頼され、第62回メフィスト賞を受賞した五十嵐律人さんの『法廷遊戯』を読んだときを思い出した。自分と同じ賞(私のデビュー作『#柚莉愛とかくれんぼ』は第61回メフィスト賞受賞作である)を受賞したとは思えないほど端正で誠実なエンタメ小説で、非常に胃が痛くなったのだった。

 個人的にメフィスト賞は、他の新人賞と比較しても、賛否両論くっきりと分かれるものとそうでないものがわかりやすいと思う。私のデビュー作はくっきり分かれていたので、今回の受賞作で、賛否両論型の仲間が増えればいいな、くらいの気持ちで読み始めた。

 すごかった。本書はすごくよく練られたミステリであり、それでいて読者に容赦なく問いを投げかけ、さらに救いまで提示してみせるエンタメ小説であった。

 物語は、主人公の箱川小雪が大学構内でアルバイトを持ちかけられる場面から始まる。業務内容は、心理コンサルタントの安楽是清による「理由なき悪」の存在を確かめるための実験のモニターになってほしいというものだった。被験者には1ヵ月間、ある家族を破滅させることのできるスイッチが与えられる。押しても押さなくても、謝礼として毎日1万円が振り込まれ、それとは別に1ヵ月経てば100万円を手に入れられる。押してもメリットは何もなく、それでも押す人がいるのかを調べることにより「理由なき悪」の存在を確かめられる、というのだ。

 わかりやすい実験設定とシンプルな問いかけ。読者は必然的に、自分がこのスイッチを与えられたらどうするだろうと考えることになる。いつの間にか、物語の世界に取り込まれていた。誰にでも、価値観を揺さぶられた小説というものがあると思うが、本書も誰かにとっては強烈に価値観を揺さぶってくるものになるのだと思う。

 読者である私も主人公たちと、1ヵ月間スイッチと向き合っていく。しかし、いよいよ実験終了まであと少しというところでちょっとした事件が起きる。ここから本作は、問いを投げかける小説からミステリ小説の方向に舵を切る。しかし、ただ謎を解くだけではない。謎を解く過程で、主人公は自らの人生を貫く深く大きな傷と、向き合うことになるのだ。

 この、ミステリとトラウマのバランスがとても心地よかった。当たり前のことだが、主人公と全く同じトラウマを抱えているという人はほとんどいないので、トラウマパートは他人事だと感じられてしまう危険性もある。だがそこに、いくつかの謎を追うパートが加わることによって、読者のページをめくる手を止めさせないのだ。そうして読んでいくうちに、主人公のトラウマと全く同じ経験こそないものの、それによる自己への不信感を、自分も抱いているということに気付かされる。だから物語の最後で提示される救いを、主人公と一緒に受け止めることができるのだ。

 前向きでさわやかな読後感と、ミステリとしての面白さを見事に両立させた本作は、間違いなく「面白ければなんでもあり」を掲げるメフィスト賞の受賞作にふさわしい作品だと感じた。この作品は多くの人に読まれ、ますますこの賞を盛り上げてくれると、私は確信している。

1997年埼玉県生まれ。

2019年『#柚莉愛とかくれんぼ』で第61回メフィスト賞を受賞し、2020年にデビュー。

早稲田大学に在学中(2021年4月現在)。

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