第31話 一筋縄ではいかない花巻との交渉の行方を左右するのは

文字数 2,792文字

「それで、この子を引き取ったんですか?」
 鈴村が訊ねた。
「この子じゃなくて、みゆちんだから」
 みゆちんが不愛想に言い残し、奥の部屋へと消えた。
「そうそう。数万のお小遣いとご飯だけ食べさせておけば、お茶出しと掃除くらいはこなしてくれるからねぇ。費用対効果を考えれば、学歴だけのタカビー女より全然ましさ。それに、みゆちんのギャル仲間に有名人のセフレが何人もいるから、次から次にカモを連れてきてくれるってわけさ。これが、みゆちんを雇っている理由だよ。僕がなにかをする場合は、必ず合理的な理由があるの。見栄(みば)えがいいから、凄(すご)いと思われたいから、人の優位に立ちたいから……そんな理由では絶対に動かないよ。どう? お兄ちゃんが拍子抜けした理由わかった?」
 花巻が、鈴村から立浪に視線を移した。
「闇世界の住人っぽく迫力のある男に見せないのにも、合理的な理由があるんですか?」
「立波」
 立浪が質問すると、鈴村が肘(ひじ)で小突き睨みつけてきた。
「やっぱり、面白いお兄ちゃんだねぇ。もちろん、理由はあるよ。ジャガーや虎(とら)はジャングルに、ライオンはサバンナに、カマキリは草に溶け込み獲物を油断させて仕留めるよね? 僕も同じさ。僕がヤクザっぽく極悪ヅラだったりゴリゴリのマッチョだったりしたら、ターゲットが警戒して狩りに支障が出るからねぇ。なんだ、痩(や)せっぽちのチビで弱そうなじじいだな~、って思わせといたほうが大河内(おおこうち)も油断するでしょう?」
 花巻が悪戯(いたずら)っぽく笑いながらハーフパンツのポケットに手を突っ込むと、スティックキャンディのストロベリークリーム味を取り出した。
「なになに? そんな顔して? 大河内の件できたんじゃないの?」
 花巻が立浪に言いつつ、カバーフィルムを剥(は)いでスティックキャンディをしゃぶり始めた。
「はい。『帝都(ていと)プロ』の大河内社長を潰(つぶ)すために、花巻さんの力を借りにきました。でも、あなたを巻き込まないという保証はありません。いや、巻き込んでしまう可能性は高いです。それが迷惑なら、はっきりと断ってください」
 立浪は、花巻を見据えた。
「それはつまり、大河内のことが怖いならやめておけ、ってこと?」
 花巻がスティックキャンディをしゃぶるのを中断した。
 立浪が躊躇(ためら)いなく頷(うなず)くと、鈴村が小さく首を横に振った。
「お兄ちゃん、僕がピラニアって呼ばれているのは知っているよね?」
ふたたび、立浪は頷いた。
「なぜそう呼ばれるかわかる?」
「獲物を骨になるまで食い尽くすように、ターゲットを追い込むからですよね?」
「わかっているじゃな~い。僕が狙った獲物は、ライオンだろうがアフリカゾウだろうが最終的には白骨になるから」
「大河内を白骨化できる強力なネタを握っているということですか?」
 立浪は平静を装い訊ねた。
 ここで食いつき過ぎると、花巻にイニシアチブを握られてしまう。
「ああ、もちのろんだよ」
 花巻が歯茎(はぐき)を剥き出しに笑った。
「どういったネタですか?」
「ちょっとぉ、冗談でしょう!? ネタは僕の宝物だよ!? ただで教えるわけ、ないじゃな~い」
 花巻が大袈裟(おおげさ)に驚いて見せた。
「もちろん、ただで情報を使わせて貰(もら)おうなんて思っていません。ただ、花巻さんの宝物が私達にとっても宝物だという保証はありませんから、まずはどういった類の情報かだけでも教えてほしいのです」
 立浪は一歩も引く気はなかった。
 交渉事は最初が肝心だ。 
 とくに花巻のような海千山千の狡猾(こうかつ)な相手には、足元を見られたら徹底的に食い物にされてしまう。
 下手(へた)をすれば、大河内を餌に立浪が白骨にされてしまうかもしれないのだ。
「立浪、ちょっと話がある」
鈴村が立ち上がり、立浪を外に促した。
「ここで言えよ」
 立浪は座ったまま、鈴村に言った。
「いいから、こいよ」
「花巻さんに失礼なことばかり言うな。そう言いたいのか?」
 立浪は立たせようとする鈴村の手を払い除(の)けながら言った。
「わかっているなら、もう少し言葉を慎め」
「鈴村。失礼なのは、お前のほうだ」
「俺のどこが失礼なんだよ?」
 鈴村が憮然(ぶぜん)とした表情で訊ねてきた。
「お前が知っている花巻さんは、小説の取材で会った花巻さんだ。もっと言えば、お前を獲物として見ていない花巻さんだ」
 立浪は頰に鋭い視線を感じながら鈴村に言った。
 立浪の言葉は鈴村にたいしてではなく、花巻に向けてのものだった。
「そんなの、あたりまえだろう」
「だから、お前は失礼だと言っているんだ。俺らは花巻さんの取材にきているんじゃない。大河内を潰すために、花巻さんの闇の力を借りようとしている。花巻さんは、ピラニアと畏怖(いふ)される危険な人物だ。大河内より俺らのほうにうまみがあると判断すれば、パートナーから獲物にされてしまう。これは、創作の世界の話じゃない。ノンフィクションだ。お前の言動は花巻さんを気遣っているように聞こえるが、裏を返せば甘く見ているということだ。ピラニアを金魚扱いしているようなものだ」
 頰に感じる視線が強くなった。
 間接的に立浪は、自分にも牙と毒があることを花巻に伝えた。
「立浪っ、いい加減に……」
「ブラボー! ブラボー!」
 鈴村の声を、花巻の拍手の音が遮った。
「やっぱり、僕の眼に狂いはなかったねぇ。鈴村ちゃん、お兄ちゃんは正しいよ。僕はね、人と雑談しているときも金の種はないかなぁ、って一言一句探りながら聞いているんだ。別れた女房にもそうだった。関係がうまくいっているときから、彼女の言動は細かくチェックしていたんだよねぇ。離婚になったときに慰謝料を引っ張れる種をね。もちろん、このお兄ちゃんとの会話でもそれは同じ。どっちが金になるかな~って、大河内と天秤(てんびん)にかけているところさ。軽蔑した?」
 花巻が無邪気な笑顔を鈴村に向けた。
「花巻さん、話が違うじゃないですかっ。大河内を潰すために私達と協力してくれると言ったじゃないですか! あれは、嘘だったんですか!?
 鈴村が血相を変えて花巻を問い詰めた。
「鈴村、やめておけ。そんなことを花巻さんに言っても無駄だ。それに、正直な気持ちを口にするだけ綺麗ごとを言う輩(やから)より信用できる。花巻さん、具体的な情報はいりませんからざっくりと大河内のネタを教えて貰えませんか? ネタの内容によって、いくらで買い取れるか提示できますから、もちろん、買い取れない場合もありますが」
 立浪は、鈴村から花巻に視線を移して言った。
「成功報酬の全額かな」
 花巻がさらりと言った。

(第32話につづく)

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