第27話 編集部内で孤立無援の立浪に近づいてきたのは・・・・・・

文字数 2,991文字

「今回のアイミーのスクープで、編集長は左遷で済めば御(おん)の字です。下手(へた)すれば、出版界追放もあり得ます。近田さんも他人事(ひとごと)じゃありませんよ。大河内は、担当編集者の俺はもちろん、編集長、編集長代理までは処分するようにウチの社長に圧力をかけるでしょう」
「それがわかってるなら、記事を取り下げてくれよ!」
初めて近田が、素の感情を露(あら)わにした。
「もう、遅いですよ。広瀬(ひろせ)社長から、報告を受けているはずです。取り下げるといったところで、裏で手を回して潰しにかかってきます」
「そんな他人事みたいに……いったい、どうしたらいいのさ!?
道化を演じている近田も、内心、不安で仕方がないのだろう。
「この前編集長にも言いましたが、進むも地獄、退くも地獄なら逃げずに戦って大河内を潰すしかありません。たしかに奴には、強大な権力や暴力があります。でも、俺らには言論の自由という武器があります。大河内が下手なことができないように、奴の悪事を暴きまくればいいんですよ。叩(たた)けばいくらでも埃(ほこり)が出ます。脅(おど)されたなら、それも記事にして『オンラインスラッシュ』に流すつもりです。俺らが大河内の報復を恐れずに攻撃することが保険になるんです」
 立浪の言葉に、近田があんぐりと口を開き絶句した。
「……そこまで大河内社長に拘(こだわ)る理由はなに?」
我を取り戻した近田が、立浪に訊ねてきた。
 反射的に口から出ようとした父と大河内の関係を、立浪は吞(の)み込んだ。
「大河内だけに拘っているわけじゃありませんよ。長いものに巻かれずに強きを挫(くじ)くのが俺らの仕事じゃないんですか?」
立浪が言うと、やってられないとばかりに近田が首を振りながら自分のデスクに戻った。
「『エンジェル7』不動のセンター、アイミーの不倫七年間』でいいんじゃないか?」
立浪が弾(はじ)かれたように振り返ると、鈴村(すずむら)がディスプレイを覗き込んでいた。
「なんだ、またお前か。今日明日は入稿日だから、お前の相手をしている暇はないんだよ」
「ネタが強いから、タイトルは最低限のほうがいい」
 鈴村は言いながら、立浪の隣のデスクに座った。
「国民的アイドルグループ、不動のセンター、国民の恋人、所属事務所社長と不倫、研究生時代に枕営業……書きたいことが山とあるのはわかるが、情報を詰め込むのは逆効果だ。本当に伝えたいことは、必要最低限にするべきだ」
 鈴村がアタリメをしゃぶりながら言った。 
「吐き気がするからやめてくれ」
 立浪は、鈴村の口からアタリメを奪い取りゴミ箱に捨てた。
「新人作家ほど帯(おび)の情報は多くなり、大ベストセラー作家になるほど帯の情報は少なくなる。極端な話、大ベストセラー作家の新刊は帯文なしでも売れる。アイミーを作家にたとえるとミリオンセラー連発の作家だ。シンプル・イズ・ベストってやつだ。どうだ?  ためになるだろう」
 鈴村が得意げな顔を向けた。
「気が済んだら帰ってくれ。やることが山積してるんだ」
 立浪は素っ気なく言った。
 さすがにベストセラー製造機の異名を取る文芸編集者だけのことはあり、鈴村のアドバイスは的確だった。
「孤軍奮闘、いや、孤立無援か?」
鈴村が、立浪の顔を覗き込んできた。
「耳が遠くなったか? お前の相手をしている暇はないと……」
「同じ船に乗ってやろうか?」
 立浪を遮(さえぎ)り、鈴村が言った。
「は? どういう意味だ?」
立浪はディスプレイから鈴村に顔を向けた。
「荒波に揺られる船に一人で乗っているより、反(そ)りの合わない俺でもいたほうがましだろう? 口喧嘩(くちげんか)でもしてれば、気が紛(まぎ)れるってもんだ」
 鈴村が皮肉っぽい笑いを浮かべた。
「ごめんだね。これ以上、ストレスの種を増やしたくない」
 立浪はにべもなく言った。
「お前、俺を草食動物だと思って馬鹿にしてるだろう?」
「なんだそれ?」
「草食動物でも、肉食動物に致命傷を与えることができる。象とかサイとかバッファローとかな」
 鈴村が意味深な言い回しをした。
 以前からなにかと絡んでくる男だが、今日は様子が異なっている気がした。
「鈴村。言いたいことがあったら、はっきり言えよ」
「ダークな人脈があるのは『スラッシュ』のニュース部ばかりじゃないってことだ。昔、ある作家がブラックジャーナリストを題材にした小説を書くときに取材した男が、結構なネタを持っていてね」
 鈴村が含み笑いをした。
「その男は、ブラックジャーナリストなのか?」
立浪のレーダーが反応した。
「まあ、ブラックジャーナリストを題材にした小説だからな」
 企業や著名人のスキャンダルを雑誌にスクープするのが「スラッシュ」ならば、スクープしない代わりに金を強請(ゆす)り取るのがブラックジャーナリストだ。
「スラッシュ」とブラックジャーナリストは、表面的には対極な位置にいるように見えるが、人の不幸や恥部で商売しているという点では同類だ。
 ただ、ニュース部はブラックジャーナリストとの接触を固く禁じていた。
 彼らと取引すれば衝撃的なネタを入手できる可能性は高いが、リスクがつきまとう。
 十年くらい前まではブラックジャーナリストからネタを買っていた編集者もいたらしいが、法外な金額を請求されたり複数の同業者にネタを売られたりと、トラブルが絶えなかったという。
 立浪も彼らに近づこうと思ったことはない。
 しょせんは企業ゴロなので、食い物にされてしまう恐れがある。
 だが、今回のケースは違う。
 毒をもって毒を制す――大河内という猛毒を相手にするには、ブラックジャーナリストは最適なパートナーかもしれない。
「ピラニア。お前も、噂(うわさ)くらい聞いたことあるだろう?」
 鈴村が窺(うかが)うように立浪を見据えた。
「ピラニア?」
思わず、立浪は繰り返した。
 花巻圭太(はなまきけいた)――通称ピラニア。
 一度目をつけたら資産のすべてを奪い取る花巻の強欲で容赦(ようしゃ)ないやり口が、獲物を一瞬で骨にするアマゾンの肉食淡水魚の呼称をつけられた所以だ。
 花巻に社会的に抹殺され、無一文になり自殺した者は一人や二人ではない。
「ああ、花巻だ。どうだ? 奴なら、大河内が相手でも腰を引くことはない。それどころか、大河内を仕留めるためのネタをいくか握っているかもな」
 鈴村が立浪に顔を近づけて囁(ささや)いた。
「ニュース部に異動した俺を軽蔑(けいべつ)していたんじゃないのか? どうして協力する気になった?」
立浪は皮肉っぽい言い回しで訊ねた。
「俺が軽蔑しているのは、てめえの利益のために正義面して人の秘密を暴く奴らだ。だが、いまのお前は違う。自分の利益のためにやっているんじゃない。親父(おやじ)の無念を晴らすために、誰もが避けて通る怪物に一人で立ち向おうとしている。こう見えても、俺は情に厚い男でね。お前みたいな大馬鹿野郎を見ていると、放っておけない質(たち)でな」
 鈴村が片側の口角を吊り上げた。
「親父の無念を晴らす? 誰がそんなことを言った。勝手な妄想話をでっち上げるのはやめてくれ」
 立浪は吐き捨てた。
(第28話につづく)

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