新装版「香菜里屋シリーズ」完結記念! 北森鴻インタビュー後篇

文字数 2,434文字

人生に必要なのは、とびっきりの料理とビール。それから、ひとつまみの謎――。


「短編の名手」と謳われた北森鴻氏による、ビアバーが舞台の連作短編集「香菜里屋シリーズ」。ミステリー史に輝く名作は、著者の早すぎる逝去から10年以上が経ってなお、多くの人々に愛され続けています。


新装版の刊行開始以降、大きな反響を呼んでいる本シリーズは、6月15日(火)発売の『香菜里屋を知っていますか』で完結を迎えました。それを記念し、北森鴻さんの貴重なロングインタビューを特別公開いたします!(※インタビュー前篇はこちら

香菜里屋の"謎"を解き明かそう

北森鴻インタビュー 後篇


「IN★POCKET」2007年9月号収録

※本インタビューは、文庫旧版『螢坂』刊行時に収録したものです

工藤が生み出す料理の秘密


――ですが、香菜里屋を理想郷のように思えないのは、工藤が出す丁寧な仕事が施された料理、そのリアリティーによるところが大きいと思うのですが。


 食べ物に関する部分は、僕自身が板場で料理をやっていましたんで、その経験が生かされていますね。食べたものの、だいたい七割くらいまでは、味の構成がわかるんですよ。素材は何を使ってあって、調味料は何を使って、そしてどういった調理法で作られているか、といったところです。この仕事をするようになって、さらに日本中取材に行くようになりましたが、そこで食べたものをもとにしているので、リアリティーがあるのは事実だと思います。もちろん多少のアレンジは加えています。



――調理したお店の方にきかなくてもわかるんですね。それはすごい。


 いやいや、そんなことはないですよ。香菜里屋でも出したことがあるんですけど、白身魚のソテーを作るとして、魚にかけるソースを考えたとき、普通のフランス料理だったらバルサミコソースなんですね。バルサミコとバターで。ところが、京都で食べた料理は、バルサミコの代わりにポン酢が使ってあるんです。ポン酢とバター。


 あっ、これ、バルサミコの代わりにポン酢が使ってあるな、というのがわかれば、それに頭の中で一工夫加えれば、だいたい香菜里屋で出す料理が一品出来るんです。



――香菜里屋で出てくる料理は決して高級なものではなくて、誰もが知っている食材です。だからこそ、意外性もあると思うんですが。


 香菜里屋という店は、決して高級料理店ではない。誰もが気軽にいけるようなお店にしているので、そんなに高い素材は作品に出していないんです。たぶん一番高い素材って、松茸くらいじゃないかな。土瓶蒸しと、土瓶蒸しもどきは一回出したことがあるんですけど、それ以上のもの、一キロ何万円もする高価なマグロとかを出す店ではない。売りがビールですから、ビールに合う料理を考えています。


 それとともに、季節感を出すことも念頭においてます。「キャベツとアンチョビのパスタ」なんて作ろうと思えば家でもつくれますからね。でも、それを香菜里屋で食べると美味しく感じるように書く、そいういう空気を作り上げるときに、季節感というのも重要ですね。

理想郷の未来は?


――一冊になればいいと思っていた、《香菜里屋》シリーズですが、文庫版も三作目になりました。昨年の八月から「IN★POCKET」でも四編が掲載されました。


 そうですね。こんなに続くとは思わなかったです。ただ、去年から「IN★POCKET」で連載してた、シリーズの第四作を迎えるときに、もう終わらせようという頭は最初からありました。


 じつは、だらだら続けているように思われるかもしれませんが、それぞれの作品にテーマをもって書いてきたんですね。一つ目はもちろん香菜里屋という店について、香菜里屋の客にまつわる「謎」の部分が中心です。そして、第二作以降から、だんだん「感情」の部分を中心に移行していきました。


 そして第四作では、それぞれのメンバーが、香菜里屋から離れていく、香菜里屋を卒業していくという話をずっとテーマとして、一応の終わりを迎えたという感じなんですけどね。



――最後の一編は書き下ろしで、単行本に収録すると聞いていますが、それについては「IN★POCKET」読者も気になっていると思うのですが。


 もうなくなってしまった香菜里屋を、ある人間が探して回る。香菜里屋の常連客である人間に聞いて回る。僕の作品は、わりとシリーズを飛び越えてキャラクターが行ったり来たりするんですけど、雅蘭堂の越名集治のもとであったり、蓮丈那智のもとであったり、宇佐見陶子のもとに聞きに行って、それぞれの話から主人公の工藤哲也の過去を描いていこうと、考えています。



――総登場ですね。


 やり過ぎだってよく言われるんですけど(笑)。でも、香菜里屋自体が他のいろいろなシリーズに出てるんですよ。「狐」シリーズにも出てますし、越名にも出てる。



――「狐」シリーズには『親不孝通りディテクティブ』のキュータ(根岸球太)も登場していました。


 それは『瑠璃の契り』の中の「黒髪のクピド」という作品ですね。



――ということは、北森さんの作品の登場人物にとっても、香菜里屋は理想郷だったわけですね。


 たしかにそうかもしれませんね。四編の後の書き下ろしは、ちょっと長めの話になっているので、刊行がいつになるかはまだはっきりしませんが、僕の近刊は間違いなく香菜里屋の第四作ですので、どうぞご期待下さい。

北森鴻『花の下にて春死なむ 香菜里屋シリーズ1〈新装版〉』

(講談社文庫、好評発売中)


三軒茶屋の路地裏にたたずむ、ビアバー「香菜里屋」。

この店には今夜も、大切な思いを胸に秘めた人々が訪れる――。

第52回日本推理作家協会賞 短編および連作短編集部門受賞作


春先のまだ寒い夜。ひとり息を引き取った、俳人・片岡草魚。

俳句仲間でフリーライターの飯島七緒は、孤独な老人の秘密を解き明かすべく、彼の故郷を訪れ――(表題作)。

バー「香菜里屋」のマスター工藤が、客が持ち込む謎を解く連作短編ミステリー。

登場人物紹介

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