『方舟』文庫化! 著者エッセイ

文字数 1,480文字

自己紹介エッセイ/夕木春央


 『方舟』を手に取って下さった中には、これまで夕木春央という作家は知らなかった、という方も多いことと思います。

 私は2019年にメフィスト賞をいただき、以来、比較的ゆっくりとしたペースで作家活動を続けてきました。今作は、デビュー作から数えて三作目にあたります。

 これまでに出版した『絞首商會』『サーカスから来た執達吏』はいずれも大正時代を舞台にした小説で、本格ミステリであるという点の他は、物語の外観は『方舟』とは大きく異なります(大正時代を舞台に本格ミステリを書くようになったいきさつを、以前にtree上にエッセイとして書いたことがございますので、もしご興味のある方がいらっしゃいましたらご一読下さい。)。


 今回の『方舟』は、構想を始める前から、現代を舞台にした作品にすることが決まっていました。

 現代は、これまでなかったテクノロジーを作中に盛り込むことが出来る一方で、伝統的に親しまれてきた本格ミステリの道具立てを用いるには制限の多い時代にもなりつつあります。科学捜査の発達によって無効化された古典的トリックは多くありますし、その内、クローズドサークルにおいて、「圏外」という設定を安直に用いることも許されなくなるかもしれません。

 ともあれ現代を舞台に用いる以上は、懐古的な設定を無理やり馴染ませるのではなく、この時代でなければ成立しないアイデアと、それにふさわしい登場人物が欲しいと考えました。

 また、私がミステリの構想を練る際に重点を置く要素に、「探偵の動機」があります。謎の解明は、目的ではなく、あくまで手段であるのが望ましい。

 クローズドサークルという舞台設定では、「探偵の動機」は常に一定程度担保されています。閉鎖空間に殺人犯と一緒に閉じ込められている訳ですから、その正体を知らなければ、自らの安全は保証されません。

 『方舟』は、その動機をさらに切実にすることを目指しました。誰か一人を犠牲にしないと脱出できない閉鎖空間で殺人が起これば、謎の解明は生存の絶対的な条件になる。

 そんな設定から出発し、何とか形になったのが本作になります。


 『方舟』にいただいた反響の中で特に印象的なのは、多くの方がSNS上などでネタバレに細心の注意を払って下さっていることです。

 未読の人が目にしたときに作品の面白さを損なうことがないよう配慮しつつも、しっかりと感想を伝えて下さることには、作者として感謝するよりありません。

 次回作以降は、これまでよりは早いペースで出すことが出来ればと思っています。今しばらくお待ち下さい。

夕木春央(ゆうき・はるお)

2019年、「絞首商会の後継人」で第60回メフィスト賞を受賞。同年、改題した『絞首商會』でデビューした。本作『方舟』は、2022年「週刊文春ミステリーベスト10 国内部門」の1位となるなど各方面から激賞を受ける。他の著書に『サーカスから来た執達吏』『時計泥棒と悪人たち』『十戒』『サロメの断頭台』(すべて講談社)がある。

週刊文春ミステリーベスト10(週刊文春2022年12月8日号)国内部門  第1位

MRC大賞2022 第1位

巧緻な伏線、慮外の結末!


柊一は友人らとともに山奥の地下建築で夜を越すことに。だが、地震によって出入り口はふさがれ、地下水が流入し始める。そして、その矢先に起こった殺人。だれか一人を犠牲にすれば脱出できる。生贄には、その犯人がなるべきだ。――犯人以外の全員が、そう思った。ミステリー界に新風を吹き込んだ雄編。

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