[特別対談]リアル恋侍、恋愛を語る。 杉田陽平×柴崎竜人

文字数 5,608文字

真実の恋を手に入れるのは、この僕だ──。『三軒茶屋星座館』シリーズなどで知られる小説家・柴崎竜人さんが、ど真ん中の恋愛小説を発表する。タイトルは、『恋侍 ─中目黒世直し編─』(講談社)。本の巻末には、二〇二〇年秋放送の『バチェロレッテ・ジャパン』(Amazon Prime Video)に出演し一躍脚光を浴びた、現代アーティストの杉田陽平さんとの対談が収録されている。「“杉ちゃん”は僕が考える理想の恋侍です」(柴崎)。本に収録された対談記事よりバチェロレッテ話多めの、別バージョンを特別公開します。   (構成:吉田大助)

柴崎:『恋侍』は主人公のニコライ(落合正泰)が、「恋愛示現流免許皆伝」というけったいな看板を背負い、女性たちとの恋愛に挑んでいく小説です。このたびは、小説を読んでいただきありがとうございます。


杉田:楽しくって、一気に読んでしまいました。落合くんは、デートしながら脳内で余計なことをめちゃめちゃ考えてしまうじゃないですか。相手に何を言おうか考えすぎて空回りして、最終的にチョイスした言葉でスベるというような場面が何度か出てきましたが、あれ、まんま僕の日常です(笑)。落合くんの空回り加減、相手にもてあそばれる感じは、まったく他人事ではなかったですね。


柴崎:そうだったんですね(笑)。本作の主人公のニコライは言葉を武器にして恋愛をしています。言葉を大事にしすぎるせいで空回りしてしまう場面も多々あるんですが、それでも彼は、言葉でもって相手の心を切り開いていこうと試みる。「恋侍」の刀は、言葉なんです。


そう考えた時に、17人の男性たちが福田萌子さんという完璧美女に立ち向かっていく『バチェロレッテ・ジャパン』にも、「恋侍」がいました。「この人の武器は言葉だ。この人から出てくる言葉を僕もずっと聞いていたい」と感じたのは、あえて番組内のニックネームで呼ばせていただきますと、“杉ちゃん”だったんです。だって、「愛は何か?」という問いに対して、杉ちゃんが出した答えは「愛は花びら」。その説明をされている時、僕には完全に見えましたからね、花びらが。


杉田:言葉のプロの方にそう言っていただけると、光栄です。


柴崎:実際、番組では杉田さんのアーティストとしての姿だけでなく、言葉を大切にしている姿が端々で映し出されていましたよね。


杉田はい。「萌子さんがこんなことを言ってきたら、どう返す?」という、当たるはずもない脳内シミュレーションを、会えない時間にずっとやっていました(笑)。なおかつ、『バチェロレッテ・ジャパン』において求められていることが、たまたま僕が普段のアーティスト活動の中でやっていることと近かったというのも大きかったと思うんです。というのも、展覧会を開いて絵を売りますとなった時に、特に若い頃は無名ですから、言葉で売るほかないんですよ。


僕は今までこういう活動をしていて、現時点ではこういうことを思っていて、今後アーティストとしてどうなるかわからないけれども、未来に投資するような気持ちで絵を買ってみていただけませんか、と。つまり、初めて会った人に言葉を尽くして、自分の過去、現在、そして未来までを想像してもらう必要がある。


柴崎:なるほど!


杉田:それは『バチェロレッテ・ジャパン』で……というか福田萌子さんという人と向き合っていく行為と、とてもリンクしていたんです。なにしろ萌子さんは、人を容姿や肩書きで一切判断しない人でしたから。あなたはどんな人なの、何に興味があるの、今どんな気持ちなの、という問いかけに対して言葉でどう答えるか、そこを見ようとしてくれる方でした。バチェロレッテが萌子さんではなかったら、番組でここまで僕がフィーチャ―されることはなかったと断言できます。


柴崎:“杉ちゃん”ファンとしては、いきなりグッとくるお話がお伺いできました(笑)。



『恋侍』は男女両方の人間描写が素晴らしい!



柴崎:『恋侍』の執筆経緯を少しお話しさせていただくと、六年前に「東京カレンダー」という雑誌のwebサイトで連載した短編小説が元になっています。とても自由に書かせていただいていたため自分でも楽しさを追求するようになり、ニコライの内面を綴るモノローグがめちゃくちゃに膨れ上がることになっていった。

それが、前半の双子戦(「第一試合 対 大崎夏帆戦」)です。


杉田:美人の双子とお酒を飲む。夢みたいなシチュエーションでしたね。


柴崎:僕自身、憧れながらもついぞ叶うことはなかったシチュエーションを書いてみました(笑)。その後、双子戦を自分で脚本化して、音声ドラマにしてもらったんですね(※「NUMA」にて配信中)。主演を神木隆之介さん、双子役を三吉彩花さんに演じていただいたところ、自分の中で登場人物たちの存在感が生々しく立ち上がってきた。彼らの「その後」を知りたい、彼らはいったいどうなったんだろうと、心が急に騒ぎ出しました。そんな話を旧知の編集者にしたところ、続きを書いて本にしていただけることになったんです。


杉田:後半の部分、年上女性とのデートのお話(「第二試合 対 加賀美凛子戦」)は、特にグッとくる部分が多かったです。僕自身が若い頃、12歳年上女性と付き合った経験もありましたし、落合くんはその女性とマッチングアプリで出会うじゃないですか。実は僕も、『バチェロレッテ』に出る前までやっていたんですよ。


柴崎:そうですか! 僕自身はマッチングアプリが世間に台頭してくる前に結婚してしまったので、まったく使うチャンスがなかったんです。


杉田:僕は結構使っていましたが、てんでダメでした(苦笑)。こちらもOK、向こうもOKでマッチングしないと、デートのチャンスすら掴めないのに、頑張ってもそこすらなかなか至らない。ダメだった理由はいっぱいあったと思うんですが、例えば自己紹介ページの職業欄に、「画家」という項目はないわけですよ。「その他の職業」を選んでいる30代半ばの男、という時点で何かしら怪しまれてしまうのは当然と言えば当然ですよね。素性がわからないわけですから。


柴崎:今や一躍、時の人になられたじゃないですか。当時断られた人から連絡があったり、とか?


杉田:「あの時の私だけど覚えてる?」って、めっちゃ連絡がきました。「いや、あの時あんな塩対応だったのに!」って(苦笑)。こちらから返事をすることはないんですが、当時の僕とのやり取りがスクショで一緒に送られてきたりするんですよ。それを見て「そりゃ断るよ! 僕、気持ち悪っ!!」と、自己嫌悪に陥りましたね。いろんな意味で、苦い思い出です。


とはいえ、少ないながらもチャンスを手繰り寄せて、デートまで辿り着けた人もいるにはいるんです。『恋侍』を読みながら、その時のことを思い出したりしました。凛子の<セックスの悦びを共有するのに過剰な愛情──恋愛感情──は必要条件にならない>というモノローグは、同じようなことを面と向かって言われたことがありますね。


柴崎:まさかのリアル凛子! こんな偶然があるのですね。なんだかとても嬉しいです。


杉田:『恋侍』は人間描写が素晴らしいんです。しかも落合くんだけではなく、対戦相手となる女性の側の一つ一つの言葉や行動にもリアリティを感じるんですよね。僕も女性の絵を描く時は、街を歩いている女性のことを観察したり、今まで付き合ってきた彼女のことを考えたりしながら、できるだけ内面的な部分も表現できればと意識しています。


特にこういった男女の恋愛を主軸に据えた小説の場合、女性の気持ちを、ある意味では女性よりも知っていなければ書けない気がするんですが、柴崎さんはそこが本当にお上手ですよね。



自分の好意は、誰かを特別にする力がある。



柴崎:二〇代後半から三〇代前半にかけて、女性たちからやたら恋愛相談を受けていた時期があるんです。二八歳で小説の賞をもらってデビューし、恋愛ものの小説を出したことが理由だったと思うんですが、ひどい時は何人も同時に相談され、毎晩のように電話や飲み屋で話し相手になっていました。


とにかく相手の話をじっくり聞いて、男の目線から、自分なりにアドバイスをする。それに対する女性の側からの意見を聞き、次のデートの方針を固める。結果がどうなったのかというフィードバックもまた、次回に受けることでアドバイスの精度も上がっていくわけです。男性の心理と女性の心理、両方と向き合いながら恋愛相談にのめり込まされた経験が、今回の作品に生きている気がします。


杉田:小説の中で書かれている男女の会話が生き生きとしていて、まるでジャズのセッション(即興演奏)のようでした。たった一言で会話の方向が変わってしまうから、次にどちらに話が進むのか予想できない。めちゃめちゃスリリングでしたし、時おりめっちゃ笑えました(笑)。


柴崎:自分が持っているユーモアにフォーカスしたものを作ってみたいと思っていたので、今のお言葉はすごく嬉しいです。ジャズのセッションとおっしゃっていただいたのも我が意を得たりで、実はこの小説はこれまでと作り方が違っていて、事前にプロットは一切立てず、頭から順々に書いていったんです。


杉田:僕が絵を描く時と同じですね。先に設計図をきちっとイメージしてから描いたものは、うまい絵にはなるけれども、エキサイティングな絵にはならない。それは描き手にとってもそうですし、見る側にとってもそうだと思うんです。


柴崎:僕も今回、そこを実感しました。着地点がわからないまま物語を進めることには怖さもあるのですが、この小説にとってはこの書き方がベストだった。そもそも、恋愛そのものがセッションだと思うんです。どれだけデートをシミュレーションしていても、現場に行くと一瞬でいろんな想定が崩れて、セッションが始まる。


面白かったのが、執筆中は何を心がけていたかというと、僕としてはニコライのリアクションが一番見たいから、女性を積極的に喋らせるようにしていたんですね。そうしたら、僕自身も知らないニコライの個性が次々と出てきたんですよ。


杉田:「相手との即興の掛け合いで自分らしさが生まれる」というのは、『恋侍』を読んでいても感じたことですし、『バチェロレッテ』に出演した際、自分の身に起こったことでもあるんです。男性は女性によって成長したり変わったり、自分を発見したりすることって、大いにあるなと思うんです。もちろん、逆のパターンもあるわけですが。


柴崎:そこはまさに、僕が『バチェロレッテ・ジャパン』を観ていて一番感動した部分です。誰かから好意を受けることって、「自分は特別なんだ」と思える体験じゃないですか。逆を言えば、自分の好意は、誰かを特別にする力がある。


『バチェロレッテ・ジャパン』という番組の中で、なぜ萌子さんがあんなにも輝きを放っていたのか。なぜ視聴者もそこを感じられたのかというと、17人の男性からの好意が、彼女を特別な存在にしたからだと思うんです。


好きな相手を特別な人にする力を、まるでプレゼントを贈るように手渡してあげる。それこそが、恋愛の醍醐味なんだなとあらためて思いました。僕自身、今は結婚しているので恋愛にどうのこうのとないですが、人を好きになる気持ちの尊さを思い出させていただきました。



人が誰かを思うこと。相手の心に思いを巡らすこと。



杉田:柴崎さんはご結婚されているんですね。おいくつの時ですか?


柴崎:三七歳で結婚しました。


杉田:わっ、今の僕と同じだ。


柴崎:僕は二〇代後半から三〇代中盤まで、自己肯定感がずいぶん低かったんですよ。たとえ好意を抱いてくれる人が現れても、自分なんかに好意を抱いているという時点で「もしかしたら人を見る目がないんじゃないだろうか」と思ってた。今思えば「何様だお前は」って感じですが(笑)。


当時は自己肯定感があまりに低すぎて、袋小路に入っちゃっていたんですね。そんな時に出会ったのが、妻でした。妻は僕と正反対の自己肯定感の権化のような人で、僕の袋小路を正面突破してくる馬力の持ち主でした(笑)。


杉田:奥様が「恋侍」ですね!


柴崎:本当に(笑)。『バチェロレッテ』風に言うと、僕はそれまで「真実の愛」を探していたんですが、探しても見つからなかった。愛は探すものじゃなくて感じるものだと腹を決めた時に、結婚という選択肢に素直に向かっていけたし、そこで世界の見え方が変わったのかもしれません。


杉田:結婚かぁ……。僕の場合、まずは恋愛ですね。でも、視聴者の方にとっては最近起きたことというか、僕は「つい最近大失恋した人」として見られているんですよね。いまだにインスタとかでも「大丈夫ですか?」と聞かれたりもしますし、どこか腫れ物に触るような扱いをされている(笑)。失恋の傷は何かしらの部分で半永久的に残っていくんだろうなと思いますが、次の恋愛に向かえるぐらいの状態には回復しているんです。


柴崎:それ、この記事を通して伝えておきましょうよ(笑)。


杉田:ぜひぜひ(笑)。


柴崎:「高い壁を乗り越えた時、その壁はあなたを守る砦となる」というガンジーの言葉があるんですが、恋愛もまさしくそうだなと思うんです。「恋侍」の杉ちゃんの次なる戦い、楽しみにしています。


杉田:『恋侍』は恋愛マニュアル本や自己啓発本のように「恋愛しろ!」と焚き付けてくる感じはないんだけれども、人が誰かを思うこと、相手の心に思いを巡らすことっていいことなんだよなぁと、じわじわと沁みてくる。結果的に、一歩を踏み出したくなる本でした。今日は大変貴重な機会をありがとうございました。


柴崎:こちらこそ! こんなに楽しく恋についての話ができたのは本当に久しぶりでした。ぜひまた、ゆっくりお話しさせてください。次なる戦いの勝敗、教えてください(笑)。



 

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