お笑いにも人生にも必要なのは、マーケティングだ!

文字数 3,547文字

お笑いファンに絶大な支持を得るコント師・ゾフィー上田航平さんは、実は大の読書家!

気が付けば読んだ本たちが自分の生活をどんどん浸食していって――!?

本に栞を挟み込むように、お笑いの日常にすきあらば最近読んだ本の話を挟み込んでしまう――栞な日々、スタートです!

33本新ネタライブが終了した。通常芸人さんは自分たちだけが出演する単独ライブで新しいネタを8本ほど披露するのが定石だ。しかしゾフィーはおよそ4倍。2時間30分ひたすら新しく作ったコントをやり続けるというライブを決行した。「これで現代コント界に金字塔を打ち立てることができるぞ!」当初は不敵な笑みを浮かべながらスキップしていたのだが、いざネタ作りが始まるとすっかり笑顔は消え去り、脳はクラッシュ、体は爆破、オート嘔吐モードでのたうち回る地獄のような2ヶ月を過ごすハメになった。ぐは。げほ。


い、いくらコントが好きとはいえども。完全なるキャパ超えだ。ぎゃははははははは。公演直前は消えたはずの笑顔が突然戻ってきて、ランナーズハイならぬコントハイで本番を迎えた。しかし。18本目にして、まさかの立ったまま失神。時間にしておよそ数秒だったが、偶然にもゴムマスクをかぶっていたため、誰にも気付かれぬまま、なんとか最後まで走り切った。「うんこれは頑張った。頑張ったな俺」自己肯定感はひたすら爆上がりだった。だが。ぶっちゃけた話、この公演は完全なる赤字だった。え? え? え? 嘘だろおい!? こんなに死ぬ気でやって気絶までしたのにノーギャラどころかマイナス?! そして私は人生ではじめてお金について真剣に考えるようになった。「今は稼げないけど、頑張っていればいつか」そんな気持ちでお金を度外視して日々一生懸命コントを作ってきたつもりだが、ここに来て、開いた口が塞がらず、ついには顎が落下。こんな時救ってくれるのは書籍。神様本様、お賽銭すらできない私にお金の稼ぎ方を教えてください。


私は早速マーケティングに関する本を片っ端から読み漁った。『売れるもマーケ 当たるもマーケ マーケティング22の法則』『新訳ハイパワーマーケティング』『Z世代マーケティング 世界を激変させるニューノーマル』『元・手取り18万円の貧乏教員が起業1年で月商3.6億円を達成したSNSマーケティング術」』『ファンダメンタルズ×テクニカル マーケティング Webマーケティングの成果を最大化する83の方法』『ストーリーとしての競争戦略』などなど、マーケティング関連書籍をひたすら開いては線を引いた。すると次第におぼろげながら稼げない問題の闇が見えてきた。

『USJを劇的に変えた、たった1つの考え方』(森岡毅著)にはこう書かれている。「日本企業は長期にわたって技術志向に偏りすぎ、マーケティングをちゃんとやってこなかったツケが回ってきたのだと私は考えています。作る側は小さな差別化にこだわるようになり、やがて消費者のニーズからズレていく」

キングコング西野亮廣さんの本『夢と金』にも「日本人のこの職人気質(とことんクオリティーにこだわる癖)が今日本人を苦しめている」と書かれている。どの本を読んでも、とどのつまり、お金にならない最も大きな原因は「ひたすら一生懸命作る、それだけでいい」という勘違いだ。コントを作っている芸人を「コント職人」と呼ぶことがある。まさにこの言葉の通り、コントを作ることに専念するあまり、どうやったらたくさんの人に見てもらえるか? まるで考えてこなかった。極端な話、人里離れた山奥に、誰も知らないお寿司屋さんがあっても、美味しかったらお客さんは来ると信じているのである。でもよくよく考えたら誰も知らないんだから誰も来ない。噂が噂に呼ばれない。「大将、やっぱり宣伝とかした方がいいんじゃないですか?」「黙ってろ!しのごの言ってねえで、腕磨け馬鹿野郎!」面白コンテンツ大量発生時代に生まれた僕ら。今週面白かったものが来週現れる次なる面白いものにぶっ飛ばされていく。そんな情報の波の中でどうやったら自分たちを知ってもらえるか?見てもらえるか?まったく考えないでいいほど神がかった才能はない。「大将、俺、やっぱ宣伝してきます!」「おい、どこ行くんだ!?おいこら小僧!」

「ひたすら物を作ってるだけでは物は売れない。ちゃんと売り方も考えるべき」文章にしたら当たり前のことに今更ながら気付いた。じゃあ、どうやって物を売ればいいのか? この競争社会をどうやって芸人として生き残っていくのか? 『ストーリーとしての競争戦略』(楠木建著)には「競争」に関する記述があった。「競争というのは、要するに「放っておいたら儲けが出ない状態」のことを意味しています」これは目から鱗だ。競争すればするほど、どんどん違いはなくなっていく。違いがなくなってしまえば、後に残るのは単純な価格競争になるので、利益は出なくなる。お笑いはどうかな?みんなと違いを作って笑わせるのがお笑いだけど、みんなと違い過ぎると冷たくされるのもお笑い。これだけ面白い芸人さんがたくさんいるのに、お金を稼げていない人が圧倒的に多数なのは「そこまで違っちゃいけない美学」が見張ってるからかも知れない。「大将、カリフォルニアロール出してみませんか?」「てめえぶちのめすぞ小僧!」

そもそも誰に売るのかも重要だ。『Z世代マーケティング』(ジェイソン・ドーシー、デニス・ヴィラ著)によれば、1996年から2012年までに生まれたZ世代は単なる利益の追求よりも、社会正義、つまりは世の中にどう貢献するかを示す必要があると考えているらしい。かつて私はコント村という団体を立ち上げて「コントだけで飯が食えるような世の中にしたい」と強く訴えたことがあった。その反響はZ世代からだけではなくみんなが応援してくれた。『USJを劇的に変えた、たった1つのやり方』の著者である森岡毅さんが対談の中で「自分がやりたいこと」「社会に求められていること」そして「仲間がやりたいこと」この3つの輪が重なることを見極めてそこに力を集中されることが大事だと話していた。「いやいや、他人のことの気にしてる場合じゃねえだろ?お前が売れてねえじゃん!」そんな声が大きくなってきていつからか閉じこもってひたすら寿司を握ることに徹底するようになっていた。これが職人。職人職人。職人として正しい人生。なのか? 正しいようだがつまらない。同志も増えないし社会も変わらないしまったく楽しくない。「大将、窓開けませんか?」

大将は久しぶりに店の窓を開けた。たった数年で世界はすっかり変わってしまった。大将は不安から掌の中の寿司を強く握りしめた。だが、ひとつだけ変わらないものがある。それは美味しい寿司を食べて欲しいという想い。今信じられるのはこの気持ちだけだ。たとえ、どんなに時代が進んだとしても。日が沈み、夜になる。森からは甲高い金切り声がする。しばらくすると、目と頭からウサギの耳のようなものが3つほど生えて全身は毛で覆われた鋭いキバとツメを持った化け物が現れる。「おい小僧、あれはなんだ?」「あれはマナンブルス・ペロリズスですね。体長が1メートル50センチ、夜になると哺乳類であろうと爬虫類であろうと、みさかいなく食い殺す、通称ナイトストーカーです」『アフターマン』(ドゥーガル・ディクソン著)という本には、5000万年後の人類が消えた地球が描かれている。大将はナイトストーカーを見つめながら、潰した寿司を平らげて小僧に言った。「Z世代のお客様だ。店を開けるぞ」

今回挟み込まれた本たちは――

『USJを劇的に変えた、たった1つの考え方』

森岡毅著

KADOKAWA

定価 1540円(税込)


『夢と金』

西野亮廣著

幻冬舎

定価 1650円(税込)


『ストーリーとしての競争戦略』

楠木建著

東洋経済新報社

定価 3080円(税込)


『Z世代マーケティング』

ジェイソン・ドーシー、デニス・ヴィラ著

ハーパーコリンズ・ジャパン

定価 2090円(税込)


『アフターマン』

ドゥーガル・ディクソン著

 ダイヤモンド社

定価 2138円(税込)

上田航平(うえだ・こうへい)
1984年生まれ。神奈川県出身。慶應大法学部卒。2014年にサイトウナオキとゾフィーを結成、2017年、2019年「キングオブコント」ファイナリストとなった。また、ネタ作り担当として、「東京03の好きにさせるかッ!」(NHKラジオ第1)でコント台本を手がけるなど、コンビ内外で幅広く活動している。趣味は読書とサウナ。なお、祖父は神奈川県を中心に展開する書店チェーン店「有隣堂」の副社長を勤めたこともある。

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