第1回:消えたロールケーキの謎

文字数 3,757文字

第56回メフィスト賞受賞作『コンビニなしでは生きられない』でデビューした秋保水果(あきう・すいか)さんは、自他ともに認めるコンビニファン。その彼と一緒にコンビニの隠された謎に挑戦していこう! という企画、第1回目の今回は、あの大ヒット商品「ロールケーキ」の謎に迫ります!

 初めまして。秋保水菓です。

 私は高校1年生の頃からコンビニで働き始め、10年以上経ちました。

 コンビニで働くようになったのは、ひとえにその場所が楽しそうだったからです。

 ただ、実際に働いてみて、その認識は甘かったのだと思い知りました。

 楽しいなんてものじゃありませんでした。めちゃくちゃに魅了されていました。

 十人十色のお客さんと店員仲間。何百何千と毎日入れ替わっていく多種多様の商品。それらに囲まれて、日々与えられた業務をこなしていく。

 接するそのすべてが温かくて冷たくて新鮮でした。

その中でも高校時代の私が一番胸を躍らせたのは、働く前にはまるで気にもかけていなかったものでした。

 それが、謎――そうです。コンビニには、ありとあらゆる不思議なことが沢山あったのです。それこそ、そこを行き交う人にも、商品にも。


 たとえばロールケーキ。

 皆さんは、ロールケーキはお好きですか? 私は大好きです。特にクリーム部分の甘すぎない濃厚なミルク感、生地のふわとろな口どけに舌鼓を打ってばかりの日々です。

とあるコンビニチェーンでも、ロールケーキをデザートの主力商品として販売しています。さらにそこでは、毎月22日にロールケーキの上に苺を載せて、お値段据え置きで販売している時期もありました。

 まさに特別なロールケーキの日。苺が加わって価格そのままだなんて超お得! でも、どうしてそれは22日だったのでしょう?

 本来、ロールケーキの日は6月6日。〝6〟という数字がロールケーキの断面に似ていることや、ロールケーキの〝ロ〟との語呂合わせから、6日にそのキャンペーンを実施するのなら充分に納得できたのですが……。

 実はその謎の答えは、カレンダーにありました。カレンダーでは、どの年月においても22日の日付の上には15日の日付があります。22日の上に15日――15――いちご……。

 そう、苺です! 苺(15)が上に載っているのは、22日。だからその日のロールケーキに苺を載せよう、という洒落だったのです。

 ショートケーキの日(22日)の理屈と同じですね! ただロールケーキや数字と睨めっこしていてもわからない、カレンダーを見ることで、ようやくこの謎は腑に落ちたのでした。


 さて、ある日のことです。

私は勤務中にそんな苺の載ったロールケーキが無性に食べたくなりました。

『もしも退勤したときにまだ棚に残っていたら、買って帰ろう~』

棚にひとつだけ残ったソレを見ながら、ひそかに企んでいたのです。

 それからの勤務時間はずっとレジ打ちをしてました。1~2時間ものあいだレジは大変混雑し、店内には長蛇の列が。それを捌くのに手一杯で、棚の商品を手前に陳列し直すいわゆる『フェイスアップ』をする余裕すら当時はありませんでした。

 ただ、忙しいと時間の流れは早く感じるもので。あっという間に退勤時間となり、私は空腹を感じながらデザートコーナーまで足を運んだのです。頭の中はクリームのほのかな甘味と苺の酸味のハーモニーへのワクワク感で一杯でした。

 しかし、です。なんと、その垂涎の的が……ない!?

 苺の載ったロールケーキは、その棚から忽然と姿を消していました。

 お客さんが買って行ったのではないか?

 いいえそれはないのです。なぜならラスト1個だけが残ったタイミング以降、ずっとレジ打ちをしていた私自身がその目で誰も買って行っていないことを確認しています。もう一人別のレジを操作していた店員仲間にも確認しましたが、例のロールケーキを売った覚えはないとのことでした。

 当然レジ打ちをしていた私たち二人以外に、店員はいません。つまり他の店員仲間が廃棄作業したわけでもなく、こっそり棚から移動させたなんてこともないのです。

 さて、ロールケーキはいったいどうしてその棚から消えたのでしょうか?


 当時の私は空腹感も退勤時間も忘れ、その不思議な出来事の謎解きに没頭しました。

 まずは防犯カメラの確認。コンビニでは、売り場のほぼすべてを24時間カメラが見下ろしています。最初にこれをチェックすることは、コンビニでの鉄則とも言えます。パスワードも把握していた私はさっそく映像記録を洗い出しました。

 ところが、いざロールケーキが消失したであろう時間まで遡ってみても、当時レジに並んでいた長蛇の列が壁のように遮って、該当部分を鮮明に映してはくれませんでした。そしてそのレジの混雑が解消される頃には、ロールケーキはとっくに消えていたのです。

 謎はより深まった……? いいえ、映像を見ていくつかわかったこともありました。

 まず、誰かが万引きして立ち去るにはあまりに人目の多い位置だったということ。実際そのような人影もなかったことから、ロールケーキは誰かに盗まれたわけではない?

 次に、長蛇の列。ロールケーキが消えた時間は、ちょうどレジが混雑していた時間でした。『フェイスアップ』すらやる余裕がないほどに。

 それら手がかりから、私はある可能性に気がつきました。

 やはり事件は現場で……売り場で起きていたのです! 防犯カメラのチェックを終えて、さっそく売り場へ! 今度は足を使った調査です!

 そこにはない。ここにもない。そこにも、ここにも……あそこにも。

 ……あ、あった! 

 私はようやく消えたロールケーキを発見しました。  

 なんとロールケーキは別の棚の、お菓子が並べられた棚に置かれてあったのです。

 でもどうして別の棚に? 発見されたロールケーキは未開封でした。袋にこそ水滴が付着していたものの、形が崩れているわけでも、汚れていたわけでもありません。本当にただフェイスアップが行き届いていなかったお菓子の棚の手前側の空いたスペースに、なぜか移動していたのです。

 ただ私は、ある見当をつけていました。当時店内で起きていた状況とその置かれた位置に注目していたのです。

 ロールケーキが移動していた棚の位置は、ちょうどレジでの会計を待つお客さんが長蛇の列を作っていた通りの傍にあったのです。それこそ、手を伸ばせば届く場所に――。

 そう、ここまで書けば想像に難くないですよね。ロールケーキは、レジに並んでいたお客さんによってそこまで移動されたのでした。私たち店員がレジ打ちに気を取られているあいだ、お客さん以外には移動できない状況下にそれはあったのです。


 ではどうしてお客さんはロールケーキを買うでもなく盗むでもなく移動させたのか? 

 問題はこれです。むしろここからがコンビニ店員において大事なことなのです。というのも、そのロールケーキは要冷蔵商品。10℃以下で保存するのが好ましいとされていて、デザート(冷蔵)の棚からお菓子(常温)の棚に移され25℃を超える環境下で1~2時間放置されたことで、保存状態が悪化していた可能性が出てきてしまったわけです。

 もちろんそれを食べたからといってお腹を壊す可能性は低いですが、店側としては風味が落ちている可能性が少しでもある商品を再度陳列し直すことには抵抗を感じます。そのときは結局私が買い取りましたが、いったいどうしてその方はロールケーキをわざわざ移動させ、不意にしかねないことをしたのでしょう?

 いたずら? 嫌がらせ? 愉快犯……? 一瞬そんなことが頭をよぎりました。

 しかし、個人的にはあまりお客さんのことを過度に悪く思いたくありません。

 今一度売り場の状況を思い返し、あるひとつの推測を立てました。

 きっとお客さんはこう考えたのではないでしょうか?

『レジに並ぶまでは沢山の商品を買う気でいたが、途中で財布の中のお金が不足していることに気がついた。何か買うのを止めようとして、必需品ではないあくまでデザートのロールケーキだけ買うのを止めた。ただそれをわざわざ元の場所に戻そうとすると、長蛇の列をまた最初から並び直さなくてはならなくなってしまう。その時間のロスを嫌って、傍の棚に置くことでレジに並び続けた』

 あるいは単純に、レジに並ぶ最中にロールケーキを買う気をなくしただけかもしれませんし、もっと他の理由があるかもしれません。皆さんは、どうしてロールケーキがその棚から消えたと思いますか?

 とにかくこの『商品が別の棚に移動する』という不思議な現象は、コンビニでは珍しくありません。そのすべてが、お客さんの気まぐれによるものなのかどうなのか……。

 こういうなんでもないような、でも明らかに変なことが頻繁に起こるのがコンビニなのです。

 それを知ってからというもの、コンビニにひとたび足を踏み入れたらワクワクするばかりの毎日に気づけばなっていました。

 謎を知る、謎を解く、ということがそこに居続ける理由になっていったのです。

 つくづく、コンビニに通うのは一生止められないと思った秋保でした。

 次回もお楽しみに!


★最新刊!『謎を買うならコンビニで』(講談社タイガ)8月12日(木)刊行!

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