イケメン変人動物学者が恋愛相談!? 『パンダより恋が苦手な私たち』試し読み⑥

文字数 6,726文字

動物たちの求愛行動をヒントに、人間の恋の悩みをスパッと解決!?

イケメン変人動物学者とへっぽこ編集者コンビでおくる、笑って泣けるラブコメディー「パンダより恋が苦手な私たち」がいよいよ6月23日発売されます! その刊行を記念して、試し読みを大公開!

今日は「第1話 失恋にはペンギンが何羽必要ですか? ⑤」をお届けします!


試し読みの第1回目はコチラ!

第1話 失恋にはペンギンが何羽必要ですか? ⑤



「君は、チャールズ・ダーウィンを知ってるか?」

「学校で習いました。『進化論』を発表した人、ですよね」

「その通り! それなら、ダーウィンが『進化論』を発表したのは、『種の起源』という本だというのも当然知っているな。動物は、強いものや賢いものが生き残ってきたわけではない。変化に適応したものが生き残ってきた。いわゆる自然選択と呼ばれるものだ。だが、彼には他にも、有名な本がある。それが──『人間の由来』だ!」

「……そっちは、聞いたことありません」

「正確なタイトルだと『人間の由来と性選択』。こちらは『進化論』ほど有名ではない。だが、ダーウィンはこの中でも、偉大な発見をしている」

 鞄からノートを取り出してメモを取り始める。役に立つかどうかの判断は後回し、とにかくメモるのは、編集者になってから身についた習慣だった。

「この世界には『進化論』では説明できない進化をした生き物がたくさんいる。たとえば、クジャクだ。クジャクのオスは美しい飾り羽を持っているが、そのせいで飛ぶのが下手だ。肉食動物からも見つかりやすい。とても環境に適応したとはいえないだろう。ダーウィンは、クジャクの羽を見ていると頭が痛くなったと記している」

 クジャクと聞いて浮かぶのは、羽を広げた美しい姿だ。確かにあれじゃ、ワタシここにいます、って肉食動物に旗を振ってるみたいなものだ。

「そこでダーウィンは、進化には二種類あるという結論に達した。クジャクは羽が美しいオスがモテる。だからオスはよりモテるために競い合い、ゴージャスな羽へと進化した。モテるために、環境へ適応するのをやめたのだ。この進化のことを、自然選択に対する言葉として、性選択と呼ぶ」

 ……うわぁ。なにそれ。

 モテたいという願望は、人間も動物も同じなのか。いや、同じどころじゃない。モテるために進化するなんて、思春期の高校生にだってできない。

「でも、羽の綺麗さで選ぶなんて、ちょっと素敵ですね」

「羽が綺麗だということは、寄生虫や病気がなく健康であることの証明だからな」

「あ、そういう理由なんですね」

「クジャクのオスの求愛行動は、飾り羽を広げてメスにアピールすること。メスは羽を基準にして、健康なパートナーを選んでいる。あの丸い目玉のような模様が百三十個以上ないとメスから相手にされないという研究報告もある。実に合理的で素敵だろう!」

 先生とは、完全に価値観が違うらしい。

 本棚から一冊の図鑑を取り出して見せてくれる。そこには、羽を広げたオスのクジャクがいた。目玉の数はわからない。クジャクのメスは、これをいちいち数えて恋をするのだろうか。あら百三十四個もあるわ、ステキ。マジか。

「クジャクに限らず、ほとんどのメスが、オスを選ぶためのなんらかの基準を持っている。たとえば、ライオンは鬣が立派で色が黒い方がモテるし、サバンナモンキーはペニスが青い方がモテる。クジャクと同じように外見からなんらかの情報を読み取っている種は多い」

 椎堂先生の言葉を聞きながら、外見で選ぶタイプ、とノートに書き込む。サバンナモンキーについては聞き流すことにした。

「メスがオスを選ぶ基準は、外見的特徴だけじゃない。良い縄張りを持っていることや狩りの上手さなどで選ぶ動物もいる。カワセミやフクロウは、狩りが上手いことの証明にオスがメスに獲物を貢ぐことで知られている。アジサシという海鳥のオスは、一週間ほどメスに魚を貢ぎ続けるという求愛行動を行う。メスがオスの獲ってくる魚の数に満足すれば、晴れて恋人同士になるわけだ」

 経済力で選ぶタイプ、と書き込む。

「強さで選ぶ動物も多い。オス同士で戦い、勝ち残ったオスを選ぶというパターンがほとんどだが、直接、メスが強さを確かめる動物もいる。キリンは、オスとメスが首をからませる求愛行動を行う。首をからめることでオスの首の強さを確かめていると考えられている」

 強さで選ぶタイプ、と書き込む。

 ノートに並んだ言葉を、上から順に読み直す。

 外見のいいやつがモテる、お金を稼ぐやつがモテる、強いやつがモテる……これじゃ、まるで。

「……人間みたいだ」

 その呟きを聞いて、椎堂先生は、生徒から予想通りの回答が返ってきたように嬉しそうに頷く。

「その通りだ! 動物も人間も、モテる理由はそう変わらない。ただ、人間の求愛行動が奇妙なのは、基準が一つではないことだ。時には、基準を無視して非合理的な選択をすることすらある」

 確かに。イケメンが好きな人も、性格重視の人も、家柄や年収を真っ先に気にする人もいる。モテるためのたった一つの基準なんてない。それどころか、イケメンが苦手な人や、どうしようもないヒモ男ばかり選ぶ人さえいる。

「動物たちの求愛行動はシンプルだ。気持ちを表現する手段も、パートナーを選ぶ基準も決まっている。選ぶ基準が個体ごとに変わったり、気分や年齢で変わったりしない。相手の気持ちを勝手に察したり、自分の気持ちに噓をついたりもしない。気持ちを伝える手段もばらばらなら、相手を選ぶ基準もばらばら。そんな面倒くさい生き物は人間だけだ」

 そして椎堂先生は、私の心を刺激する一言を呟いた。


「人間の求愛行動には、野生が足りない」


 先生の言葉は、ACジャパンのコマーシャルで流れるキャッチコピーのように、思いがけなく胸に響いた。

 私たちの恋に足りないものは、野生だ。

 動物たちの求愛行動には、現代人の心を動かす何かがある気がする。それが、椎堂先生の話をもっと聞きたいと思った、予感の正体なのだろう。


──みんなが共感できるのに、これまで誰もやってこなかったことをする。


 アリアの言葉が、頭の中に蘇る。

 動物の求愛行動を軸にした恋愛コラム。そんなの、聞いたことない。灰沢アリアが言ってたのは、こういうことかもしれない。

「椎堂先生……私と一緒に、恋愛コラムを書いてくれませんか?」

 勇気を出して、尋ねてみた。

 途端に、椎堂先生の瞳から熱が失われ、駅前で騒ぐ中年の酔っ払いを見たように冷たくなる。

「断る。ふざけるな」

「最後まで聞いてください。私が思いついたのは、動物の求愛行動をネタにした恋愛コラムです。先生が、動物の求愛行動にしか興味がないのはよーくわかりました。なので、恋愛コラムは私が書きます。先生は、コラムのネタになりそうな動物の知識を教えてください」

「そんなものに俺の研究を利用されるのは不愉快だ」

「大学側から、メディアの取材は受けるようにお達しが来てるんじゃないんですか?」

「……それは、そうだが」

「それに、これって、さっき先生が言っていた研究が認められるための実績の一つになりませんか? 『リクラ』はウチの会社では一番売れてる雑誌です。監修者として名前が載るのは、そこそこのアピールになると思うんですけど」

 私の言葉に、椎堂先生の眉間に皺が寄る。

「なるほどな。確かに、大学側に俺の研究を認めさせる材料にはなるかもしれない」

「じゃあ!」

「……求愛行動について話すだけだ、人間の恋愛相談には関わらない、それでいいな?」

「はい、宜しくお願いします!」

 なんだか、この企画はいけそうな気がする。珍しくそんな確信があった。

 これで……やっと一歩、前に進めた。

 ふと、足元をなにかが通り過ぎるのを感じる。

 私の背中を押してくれたユキヒョウたちが、嬉しそうにじゃれ合いながら、ディスプレイの中に戻っていくのが見えた気がした。


     ◇◇◇


 ハリーにエサをやっていると、真樹が帰ってきた。

 ハリーというのは、私が飼っているレオパードゲッコーの名前だ。

 普段あげるエサは乾燥したコオロギ。警戒心が強い性格で、ただケージの中に置いても食べてくれない。ピンセットでつまんで生きているように動かして見せてやると、ゆっくりとお気に入りのシェルターから出てきてくれる。

「ただいま。食べてる?」

 後ろから声がかけられ、おかえりの代わりにハリーの様子を伝える。

「いつもの警戒中。いつまでたっても懐いてくれないんだよね」

 振り向くと、脱いだ靴を几帳面に揃える彼の背中が見えた。私たちが住む部屋は、玄関、リビング、ダイニングが一続きになっていて、帰ってくるとすぐにわかる。

 半年前から同棲している3LDKのマンションは、元々は私の部屋だった。社会人になって田舎から出て来たとき、はりきって広過ぎる部屋を借りてしまった、という話をしていたら真樹が転がり込んできた。

 真樹は家電量販店で働いている。大学卒業からしばらく遠距離恋愛だったけれど、半年前に本社勤務になり、彼もひょっこり上京してきた。電化製品の知識は豊富で、同棲を始めるときにすべての家電をコーディネートしてくれた。私が使っていた電子レンジは意外とすぐれものだとか、最近のエアコンは電気代が安いので買い換えれば十年で元が取れるとか、引っ越しをしながら聞いてもいないのに延々と説明されたのも、今となってはいい思い出だ。

 ハリーのエサやりを終えて戻ると、柔らかい笑顔で話しかけてくる。

「なんだか、機嫌がよさそうだね。昨日まで、恋愛コラムが書けないって悩み続けてたのに」

「うん。ちょっとね、ヒントがみつかったんだ」

「そっか。よかったね」

 真樹はいつも、私の喜怒哀楽を自分のことのように共感してくれる。

 ハンサムとは程遠い。顔がタイプかと聞かれるとそうでもない。お腹がでっぱってきているけど本人は気にする様子もない。だけど、私が好きになったのは、彼の、自分のことを後回しにして誰かのために笑ったり泣いたりできる優しさだ。今だって仕事で疲れてるはずなのに、すぐに私の様子を気にかけてくれた。

 彼と出会ったのは、大学二年の夏だった。上映終了間近で評判が最悪な映画のレイトショーにいった。客が少ないのは予想していたけど、行ってみたら真樹と私の二人だけだった。

 映画が終わると、真樹が声をかけてきた。「前評判通り、つまらなかったね」「えぇ。さすがに、途中で主役が急に変わるのはついていけないですね」「これから、なにが悪かったか話し合わない? どこかでお酒でも飲みながらさ」それが、私たちの最初の思い出だ。

 それからすぐに付き合い出して、あっという間に五年。同棲を始めて半年。喧嘩らしい喧嘩もせずにここまできた。きっとこのまま、なにごともなく結婚するのだろう。

「ご飯、できてるよ。食べる? それとも、先にお風呂入る?」

 晩御飯は先に帰ってきた方が作るというルールだけど、校了前以外はだいたい私の分担になる。今日の晩御飯は味噌汁と豆腐ハンバーグ、彼が好きな大根おろし付きだ。

「その前に、話したいことがあるんだ。ちょっと座ってくれないかな?」

 いつもの優しい笑顔で、話しかけてくれる。その言葉を聞いた瞬間、予感が稲妻となって体を駆け抜けた。

 話したいことがある、そういうもったいぶったフレーズを口にするときは、なにかサプライズを準備しているときだ。誕生日は半年以上先。だとしたら、考えられるのは一つだけ。

「なに?」

 何気ない顔でテーブルに座る。だけど、心臓はバクバクと脈打っていた。

 なんとなく、いつかは結婚するのだろうと思っていた。だけど、まさか、こんな急にやってくるなんて。

 正面の彼を見つめる。

 短い沈黙。


「別れよう、俺たち」


 …………え。

 あれ? いま、なんて。

「えっと、それ、どういうこと?」

「そのままの意味だよ」

 真樹は、真剣な表情で私を見つめている。

「君は、なにも悪くない。俺が、君のことを好きでい続けられなかっただけだ。他に好きな人ができたんだ、君のせいじゃない」

「……誰、それ?」

「君の知らない人だよ」

「付き合ってるの?」

「付き合ってないよ。俺、自分がモテないのはよく知ってる。その人と付き合えるとは思えない。ただ、こういう気持ちになったからには、これ以上、君と付き合い続けるのは裏切りだと思った」

「私のこと、もう好きじゃないの?」

「ごめん」

 それは謝罪じゃなくて、イエスの代わりだってことは、鈍い私にもわかった。

「私の知らない人って、会社の人ってこと?」

「それを聞いて、どうするの?」

 彼の声が、少しだけ乾いたものに変わる。

「聞いてどうするかなんて……そんなの、わかんないよっ。なんで、そんな冷静なのよ!」

 声が大きくなる。だけど、私が取り乱せば取り乱すほど、彼は乾いていくようだった。

「ずっと、考えてたから」

「昨日も? 昨日、ここで一緒に鍋をつついてたときも、いつ別れようって考えてたの?」

「だから、それを聞いてどうするんだよ」

「ねぇ、他に好きな人ができる前に、私のことは、もう好きじゃなくなってたってことでしょ。それって、なんで? どこが悪かったの? 直すから。今から直すから、言ってよ」

「だから、君はなにも悪くないって言ってるだろう。全部、俺が悪いんだよ」

 そこで、彼の言葉を、どこかで聞いたことがあると気づく。

 ……恋愛コラムの、相談だ。

 どうして、あの相談が多くの人から支持されたのか、わかった。多くの人が、同じ経験をしているからだ。

「そんなの、すぐには受け入れらんない。だって、私たち、五年も一緒にいたんだよ」

 当たり前のように、いつか結婚するって思っていたのに。

 真樹は逃げるように立ち上がる。

「とりあえず、俺、今週はホテルに泊まるよ。荷物は週末に取りに来るから」

 自分の部屋に戻ると、すぐに大きなバッグを持ってくる。そのまま、なにもいわずに出ていった。あまりの準備の良さに、茫然としていた。彼が玄関のドアを閉める音を聞いてから、あのバッグは昨日のうちに準備していたという、どうしようもなく今さらなことに気づく。

 なんだよそれ。ふざけんな。

 首がだんだん温かくなってくる。体が、泣く準備をしているのがわかる。

 リビングの奥で小さな物音がした。小さなケージの中、物陰から出てきたハリーが、私が置いたエサをやっと食べ始めていた。こいつの名前は、同棲を始めた日に、彼が付けてくれた。私がレオパと呼んでいるのを聞いて、それじゃ犬を犬って呼んでるようなもんだよ、と言って、ハリーという名前をくれたっけ。

 ついに、涙が零れた。

 恋愛コラムを書くことになった途端、恋が終わってしまうなんて。

 恋愛相談を読んで、個性がないなぁとかインパクトがないなぁとか、上から目線で考えていたから、きっとバチが当たったんだ。

 今なら、ヤミ子さんの相談に全力でいいねを押せる気がした。



6月21日公開「第1話 失恋にはペンギンが何羽必要ですか? ⑥」へ続く!

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ヒトよ、何を迷っているんだ?

サルもパンダもパートナー探しは必死、それこそ種の存続をかけた一大イベント。最も進化した動物の「ヒト」だって、もっと本能に忠実に、もっと自分に素直にしたっていいんだよ。

あらすじ

中堅出版社「月の葉書房」の『リクラ』編集部で働く柴田一葉。夢もなければ恋も仕事も超低空飛行な毎日を過ごす中、憧れのモデル・灰沢アリアの恋愛相談コラムを立ち上げるチャンスが舞い込んできた。期待に胸を膨らませる一葉だったが、女王様気質のアリアの言いなりで、自分でコラムを執筆することに……。頭を抱えた一葉は「恋愛」を研究しているという准教授・椎堂司の噂を聞き付け助けを求めるが、椎堂は「動物」の恋愛を専門とするとんでもない変人だった! 「それでは――野生の恋について、話をしようか」恋に仕事に八方ふさがり、一葉の運命を変える講義が今、始まる!

瀬那和章(せな・かずあき)

兵庫県生まれ。2007年に第14回電撃小説大賞銀賞を受賞し、『under 異界ノスタルジア』でデビュー。繊細で瑞々しい文章、魅力的な人物造形、爽快な読後感で大評判の注目作家。他の著作に『好きと嫌いのあいだにシャンプーを置く』『雪には雪のなりたい白さがある』『フルーツパーラーにはない果物』『今日も君は、約束の旅に出る』『わたしたち、何者にもなれなかった』『父親を名乗るおっさん2人と私が暮らした3ヶ月について』などがある。

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