竹林探偵縁起 田中啓文

文字数 1,089文字

※2020年小説宝石10月号より
2020/09/24 20:41

前、『世説新語』という古代中国の逸話集を読んでいると「竹林の七賢」について書かれていた。「三国志」の時代に魏(ぎ)の国の竹林に集い、酒を酌み交わしながら「清談」(浮世離れした哲学的な雑談)を行った七人の賢者のことである。当時、魏国は権力者にへつらうものたちだけが出世し、異議を唱えるものたちはことごとく処刑された。陰で政権の悪口を言おうにも、すぐにだれかが聞きつけて讒言をするので、危なくてなにも言えない。権力者と取り巻きたちだけが繁栄する一種の暗黒時代であった。自分の才を顕(あらわ)すことが許されぬ賢人たちは、そんなやりきれなさを肝胆相照らす友人たちと大酒を飲んで談論風発し、詩を作り、琴を弾くことでまぎらわせていたのだ。竹というのは清浄なもので、竹林は清らかな魂の象徴であった……。


 それを読んだ私の頭に浮かんだのは、アイザック・アシモフの『黒後家蜘蛛の会』である。ニューヨークのレストランに友人たちが月に一度集まって会食をする。彼らの職業は弁護士から小説家、画家、学者……などさまざまだ。会食には必ず謎が提出され、皆はそれを解こうとするのだが、最後に正解を指摘するのはそのレストランの老給仕であった……。


 これはいける、と私は思った。「疑(ぎ)」の国の竹林に集まった七人の賢者が、酒を飲みながら、日頃は口にできぬ政治の話から俗事までをだれをはばかることなく語りまくる。そんななかで「疑案」という一種のミステリが提出され、それを皆で解こうとするのだが、最後に謎を解くのは決まってあの女性だった……という設定のミステリはどうか?


 というわけで完成しました。その「謎解き役」が誰であるのかも含め、アシモフとは違った趣向の作品になったように思う。慣れぬ中国ものなのでなんやかや調べるのにかなり時間がかかったが、書くのは面白かった。なかにはミステリというよりもホラーっぽいものや、ギャグっぽいものも入れておいたので、楽しんでいただけるかと思います。

2020/09/18 18:10
2020/09/18 18:12

【あらすじ】

昔、中国は「疑」の国の竹林に、世俗と権力を厭う七人の賢人が集った。その目的は―酒と清談と謎! 彼らは、謎の話「疑案」に、博識優秀な頭脳を絞って挑むが…。妖しい魅力溢れる中国ファンタジーと、正統のアームチェア・ディテクティブを融合させた傑作。


【PROFILE

たなかひろふみ 1962年大阪府生まれ。’93年に長編「凶の剣士」、短篇「落花する緑」でデビュー。2002年『銀河帝国の弘法も筆の誤り』で第33回星雲賞日本短編部門、’09年「渋い夢」で第62回日本推理作家協会賞短編部門を受賞。

2020/09/18 18:12

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