第65回

文字数 2,475文字

青空、きれい……煉獄のサマーシーズン到来。


快適な家の中でインターネットのみんなにむかって吠えていく、夏。


脳内とネットでは饒舌な「ひきこもり」の代弁者・カレー沢薫がお届けする、

困難な時代のサバイブ術!

肛門日光浴とは、肛門に日光を当てる健康法の事である。


もはや暴動が起きかねないと判断したので、最初に結論を言わせてもらった。


「肛門に日光を当てる健康法」の一言で済んでしまう話であり、むしろこれ以上話を続けるのが難しいぐらいなのだが、この肛門日光浴の発祥はツイッターではなく、提唱者は八流ユーチューバーでもない。


なんと「インスタ」なのである、しかも言い出したのはインフルエンサーとは言えないが、激安PR案件が来る程度には影響力のある、海外のマイクロインフルエンサーの女性だったそうだ。


彼女は自身が裸で日光浴している写真と共に「肛門に30秒日光を当てることにより体のエネルギーを高め、快眠をもたらし、クリエイティブになる作用がある」と提唱したらしい。


さらに「#buttholesunning」という肛門日光浴専用タグまで作られ、賛同者による肛門日光浴を行う姿が投稿されたという。


この時点で「効果があるのでは?」と感じた人も多いのではないか、私も書きながら「ワンチャン」という気がしてきた。

さらに「オシャレ」を感じてしまった人もいるのではないだろうか。


当たり前だが、肛門は基本的に着脱可能な器官ではないため、肛門日光浴をしようと思ったら、太陽に向かってまんぐり返しポーズという、太陽にとって迷惑でしかない行為を行わなければならない。

太陽からしてみれば肛門を見せつけられた上に「健康にしろ」と要求されているのだ、居直り強盗に遭うより性質が悪い。

本来なら「オシャレ」から対角線上に進むと最終的に「肛門日光浴」にたどり着く、というぐらいオシャレと肛門は対極なはずなである。

しかしスマートな外国人が芝生や砂浜の上で肛門を太陽に晒している姿を見ると、効果があるような気がしてくるし、イケているとすら錯覚しそうになる。


このように、説というのは内容よりも誰が説いているかが重要だったりする。

もしこれが発信された場がツイッターで、しかも、日本人が洗濯物が見えているベランダで同じことをしていたとしたら、少なくとも「効果があるかも」などとは思わないだろう。

企業がインフルエンサーにPRを依頼するのも、拡散力があるからという理由もあるが「この人が勧めているなら」という理由で買う人間がいるからだ。

フォロワーの多い人間が、「言動に気をつけろ」という言いがかりをつけられがちなのは、このせいである。

フォロワーが多いというだけで、言いたいことも言えないポイズンを強要されるというのは理不尽だが、もし誤った情報を流してしまったら、フォロワー3の人が流すよりも、高い信ぴょう性を持って広く拡散されてしまうため、慎重にならなければいけないのは確かである。


しかし当然だが、正しさとフォロワーの数が比例しているわけではないし、イケている人間がやっていることならイケてるに違いないいうわけではない。


よって、ネットなどで情報を収集する時は「この人が言っているなら」ではなく、内容を見て判断しないと、デマを信じてしまったり、デマの拡散に一役買ってしまう恐れがある。


ちなみに肛門日光浴の効果は科学的には実証されておらず、「むしろ皮膚がんリスクが高まる」という意見もある。

つまり、本気で効果があると思って試した人間は、肛門の晒し損である。

それ以前に太陽が肛門の見せられ損なので、太陽は「#buttholesunning」使用者に損害賠償を請求しても良い気がする。


実際ネットにデマを書くと訴えられる恐れがあり、最近ではデマをリツイートした人間も同罪にするという動きもあるようなので、今後ますますネット上で真偽を判断する目が必要となってくる。

ネットが主な情報源になりがちなひきこもりは、なおさらである。


ちなみに、肛門日光浴が海外で提唱されたのは「肛門を太陽に見せやすい土壌」も関係している気がする。

日本は何せ狭い上にヌーディスト文化も発達していないため、安全に肛門を30秒以上太陽に向けられる環境というのがなかなかないのだ。

私もどうにか試せないだろうか、と思ったが、結局皆様のご迷惑になる可能性を考慮するとそんな場所はないという結論に達した。


そこで気づいたのだが、未だかつて自分は肛門に「太陽」を見せてあげたことがない、という事実である。

おそらく私だけではなく、自分の肛門に「目を開けてごらん、これが太陽だよ」というサプライズをプレゼント出来る人はごくわずかだと思われる。


大半を暗くて狭いところで過ごすという点では肛門とひきこもりは似ている。

肛門が目にする映像と言えば、主に便器の内部ばかりであり、これもネットばかり見ているひきこもりに似ているといえなくもない。


しかし、肛門というのはなくてはならない器官であり「汚れ仕事」とはよく言うが、肛門ほど意味のある汚れ仕事をしている者はいないはずである。


ひきこもりも、さすがに肛門ほど重要な役目を担うことはできないが、暗いところに閉じこもったまま仕事をしたり、社会と交流したりと、人の役に立つことは可能なはずである。


ひきこもりが目指す究極形態は肛門である、そういう人に私はなりたい。

カレー沢薫

漫画家・コラムニスト。長州出身の維新派。漫画作品に『クレムリン』『アンモラルカスタマイズZ』『ニコニコはんしょくアクマ』『やわらかい。課長 起田総司』『ヤリへん』『猫工船』『きみにかわれるまえに』。エッセイに『負ける技術』『もっと負ける技術』『負ける言葉365』『猥談ひとり旅』『非リア王』など。現在「モーニング」で『ひとりでしにたい』連載中&第1巻発売中。最新刊『きみにかわれるまえに』(日本文芸社)も発売中

★次回更新は7月30日(金)です。
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