『ハリー、大きな幸せ』/村井理子

文字数 1,881文字

イラスト/国樹由香
保護犬と暮らす、漫画家の国樹由香さんが、そのあふれんばかりのわんこ愛をそそぎ、紡いでくださる大好評連載「いつも犬(きみ)がいた」

同業のパートナー、喜国雅彦さんとの共著『本格力 本棚探偵のミステリ・ブックガイド』第17回本格ミステリ大賞受賞をしている国樹さんが、「犬の出てくる面白い本」をネタバレなしで紹介してくださいます!

大好評連載の第59回目は、村井理子さん『ハリー、大きな幸せ』です!

 国樹は犬が大好きです。こんな連載をしていて今更何を、と思われるかもしれませんが、本当に大好きなのです。
 小さい犬から大きな犬まで、どんな犬でも最高です。特に自分の犬ならばその可愛さたるや。親ばか犬ばか上等、美辞麗句が止まりません。

 今回ご紹介する本は、清々しいほどきっぱりと親ばかを炸裂させているエッセイ。村井理子さん著『ハリー、大きな幸せ』(亜紀書房)です。

 翻訳家でエッセイストの村井理子さんが、黒くて大きなラブラドール・レトリバーであるハリーとの賑やかで楽しすぎる日々を絶妙なテンポで綴られており、愉快痛快なことこのうえなし。
 村井家には思春期ど真ん中の息子さんたち(双子)がいます。訪れる彼らの友人たちも含めた全員が、大人をうとましく思う難しい世代なわけですが、ハリーがいれば大丈夫。

「私のことは空気のように扱っても、彼らにとってハリーは確かにそこにいる。それでいい、それでいいのだ。(中略)いつでもあの大きな体を触ってほしい。ハリーはブラックホールのように悩みをすべて吸い込んでしまうのだから。」

 ブラックホールのように! なんて秀逸な表現なのでしょう。推定45キロというハリーにぴったりすぎて、感動しかなかったです。
 うちの歴代犬で1番大きかった子は20キロ。それでも散歩のたびに「大きいですね」と言われていたので、いわんや45キロをや。

 この本には犬と暮らす人間にとっての学びが溢れています。ポジティブかつハッピーに。特に私が好きなのはハリーへの褒め言葉の数々です。

「お前こそが私の命、そして希望、お前は本当に賢くていい犬だ、ああ、神様、こんなにも素晴らしいプレゼントを私に下さってありがとう、命バンザイ……。」
「器量よし、性格よし、食いつきよしの、三拍子揃ったイケワンである。」
「近江の黒豹、走る恵方巻き、令和のイケワンとの呼び声の高い、名犬ハリーのことだろうか?」

 感動を通り越して爆笑してしまいました。英語には褒め言葉が無数にあると聞きます。翻訳家をされていらっしゃる村井さんだからこそ、七色の言葉でハリーを褒めちぎれるのではと考え、自分も見習わなければと思うのでした。

 近年のエッセイですので、コロナ禍についてのエピソードもあります。いまだかつてない長い長い家族との密な時間。当然些細ないさかいだって起こるでしょう。そんなときこそハリーなのです。

「ハリーは巨大な備長炭のように、部屋に溢れる不穏な空気をゴオゴオと吸い込み、爽やかな空気にしてくれる犬だ。」

 最、高!

 笑いながらもホロリとさせられる素敵なエッセイ。犬の美しい魂に畏敬の念を抱いてしまう、犬が好きでたまらない私たちが絶対に読むべき本かと。
 犬に興味がない方々も騙されたと思ってぜひ。読む栄養ドリンクかもしれません。
イラスト/国樹由香

国樹 由香(クニキ ユカ)

漫画描き。近年はエッセイも手がけている。ミステリとメタルと空手と犬が大好き。代表作に『こたくんとおひるね』『しばちゃん。』『犬と一緒に乗る舟』など。講談社文庫では、共著のメフィストの漫画』などがある。2021年、極真空手参段に昇段。メタルDJもこなす。2017年に『本格力 本棚探偵のミステリ・ブックガイド』(喜国 雅彦と共著)で第17回本格ミステリ大賞受賞。


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