『ヒカリ文集』評・三浦天紗子

文字数 1,028文字

つかみどころのない女性が愛の価値を揺さぶる
(*小説宝石2022年6月号掲載)

『ヒカリ文集』松浦理英子(講談社)


 の人の存在感の本質というのは、不在時の存在感の濃さで決まる。その場にいなくても、話題にされ、絶えず思い出される人間。学生劇団「NTR」の中でその位置にいたのは、賀集ヒカリだった。だがヒカリの消息は、二年前に更新されたきりのFacebookを最後に途切れたままだ。


 本書は、表題と同じ〈ヒカリ文集〉と名付けた「私家版の文集」という体を取る。悠高による未完の戯曲を含め、六人の寄稿者がヒカリとの思い出を綴る。特異なのは、全員がヒカリとかつて性的関係を持ったこと。不慮の死を遂げた悠高は、戯曲の中で看板俳優の裕に〈好意以上のものを語る笑顔だった〉と語らせ、レズビアンの雪実は、〈人を嬉しがらせる習慣がしみついている〉と感じた。既婚者の朝奈はヒカリの中に〈完璧な恋人としてふるまうロボットのような(略)素朴な人間らしさと甘さ〉を見て、悠高の妻・久代は〈気が小さいほど人を傷つけるのを恐れてい〉るのに気づいた。語られれば語られるほど、像が結べなくなるヒカリ。そんな彼女が評されるときについて回るのは、魅力的な笑顔と「寂しい(げ)」という表現だ。華やかで傍若無人なマドンナというより、気配りに長けた控えめな奉公人を思わせる。誰かと長く恋愛関係を育(はぐく)むことができないアセクシャル(恋愛感情や性的欲求を抱けない)なセクシャリティなのだろう。恋愛や性愛はエゴイズムやミーイズムも内包するし、もはや絶対的な価値観ではなくなった。むしろ優也がヒカリにかけた言葉〈一人の人を愛せないんだったら大勢の人を同時に愛すればいい〉が、利他の精神が失われている昨今、豊かな愛の表現として承認されていいように思う。


凸凹バディが五つの事件に挑む
『六法推理』五十嵐律人(角川書店)
 通称〈無法律〉という法学部生限定の自主ゼミ(大学サークル)唯一の部員で四年生の古城行成。相談ごとを携えゼミ室に訪ねてくるのは、経済学部三年生の戸賀夏倫。違う変人のふたりがタッグを組んで、リベンジポルノやパワハラなど他人事と安心していられない事件を、法律知識とひらめきで解決していく。表題作は、事故物件に住んでいる戸賀のアパートで怪奇現象が起きるようになり、そのトリックと犯人と動機を求めて二転三転するミステリー。謎は解けても結末はほろ苦い五編と、古城の家族関係を垣間見る四つの〈幕間〉を所収。

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