海蝶/吉川英梨

文字数 1,390文字

大好きな小説のPOPを一枚一枚、丁寧に描きつづけた男がいた。何百枚、何千枚とPOPに”想い”を込め続けるうちに、いつしか人々は彼を「POP王」と呼ぶようになった……。

こちらは”POP王”として知られる敏腕書店員・アルパカ氏が、お手製POPとともにイチオシ書籍をご紹介するコーナーです!

(※POPとは、書店でよく見られる小さな宣伝の掌サイズのチラシ)

これは運命の物語だ。尊い絆によって紡ぎ出された「いのち」のストーリーだ。

生命を生み出す源泉でもある母なる海は、温かな表情で人を癒やし、途方もない包容力で全身を包み込む。


しかし突如として怒り狂ったかのように暴れ出し、いちばん大切な存在を情け容赦なく呑み込んでしまうこともある。

穏やかな気仙沼の海から始まるこのストーリー。

「東日本大震災」の悲劇を象徴的に再現させながら真逆にあるような生と死の両極を、同時に伝える凄みを『海蝶』から極めて強く感じることができる。

「海猿」の家系に育った主人公の忍海愛は生まれながらの潜水士である。音のない海を華麗に泳ぐ蝶である。その優雅な回遊を妨げるように喪失のトラウマが怪物となって命を脅かす。

足掛け二年に及ぶ綿密な取材に裏づけされた圧巻のリアリティは尋常ではない。手に汗握るどころか心臓の鼓動が高まり、文字通り息が詰まるくらいの鳥肌もの。

魅力的なヒロイン・忍海愛だけではなく、エンターテインメントを極めた著者・吉川英梨のプロフェッショナルとしての決意と覚悟が伝わる一冊だ。

新たな時代の幕開けと同時に史上初の栄誉を掲げて華麗にデビューした「海の蝶」

……眩い光の影には漆黒の闇が横たわる。音も色もない水の中で感情はむき出しにされ、喪失のトラウマが怪物となって命を脅かす。そのあまりにも過酷なシーンは思わず目を背けてしまいそうになる程だ。

どんなに死の恐怖に身を晒されても、潜らなければならない理由がある。命懸けで乗り越えなければならない壁がある。

海に謎がある限り。助けられる命がある限り。誰かのために、そして自分のために。

こうした強烈な芯があるからこそ『海蝶』には体験したことのない前代未聞の面白さがある。フィクションという体裁でありながらも、作り物ではないむき出しの感動があるのだ。

物語の軸は二つある。

まずは「正義仁愛」という信念を持って仕事と向き合いながら崩壊しかけた家族の再生。もう一つはある海難事故が過去の記憶を蘇らせる事件へと変貌するミステリーの要素だ。

この両軸の交錯は本当に絶妙である。謎解きを楽しみながら犯人サイドにも複雑な事情が読み解け、感情を揺るがす罪の本質が見えてくる。闇の中にも光と影がある。


『海蝶』はどんな海よりも深淵なのだ。

背負っているのはボンベや人の命だけじゃない。仲間たちの熱い思いと家族の絆をしっかりと結びつけて海の底へと身を沈める。

人として生きていくための矜持を伝えるこの一冊は、読み終えたすべての読者の脳裏に刻み付けられる事だろう。

心が打ち震え魂にまで突き刺さる物語。全編が読みどころといっても過言ではない。とりわけ海面を突き抜けて天にも繋がって行くようなラストシーンは何度読んでも涙があふれる。これは凄い!

POP王

アルパカにして書店員。POPを描き続け、王の称号を得る。最近では動画にも出たりして好きな小説を布教しているらしい。

★こちらの記事もおすすめ

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

背景色
  • 生成り
  • 水色