『汝、星のごとく』刊行記念対談! 凪良ゆう×町田そのこ(前編)
文字数 4,908文字

帯コメントから始まった交流
──まずは、お二人の交流についてお聞かせください。
町田そのこ(以下、町田) 『52ヘルツのクジラたち』の帯に、推薦コメントをご依頼したのが最初です。『流浪の月』を読んで一気に凪良さんの紡ぐ世界に引き込まれ、憧れていました。そのとき、担当編集者さんに「凪良さんに推薦コメントをいただきませんか」と言われて、まさかそんな奇跡は起こらないと思いつつダメ元で頼んでみたら、本当に書いてくださったんです。もう夢みたいでしたね。その作品が翌年、本屋大賞に選ばれて……私にとって凪良さんは恩人です。
凪良ゆう(以下、凪良) 言いすぎです(笑)。
──凪良さんが町田さんの作品を初めて読んだのはそのときですか?
凪良 私は『うつくしが丘の不幸の家』が最初です。実は町田さんと東京創元社の担当編集者さんが同じ方で、お話をよく伺っていました。実際に読んでみたら素晴らしくて、正直嫉妬しつつ……だから帯のコメントのお話をいただいたときは、もう二つ返事で「やります!」とお伝えしました。
──その後、お二人がお話しされる機会はあったんでしょうか。
町田 私が「凪良さんとお話ししたい!」とずっと言っていたので、私と凪良さんとお互いの担当編集者さんも合わせた四人で、オンライン飲み会を企画してもらえました。その日はちょうど凪良さんのお誕生日だったので、嬉しいやら緊張するやらで、会が始まった瞬間から酔っぱらってしまっていましたね(笑)。
凪良 凄かったです。もちろんいい意味で(笑)。開始五分ぐらいで町田さんが酔っ払っていて……私も初めてお話しするので緊張していたのですが、今日は気を使ったりしなくていい会だ! と最後はみんな酩酊していましたね。とても初めてとは思えないほど打ち解けました。
本が出るまでの不安と期待
──最新作を書き上げられたいまの心境はいかがでしょうか。
凪良 刊行1ヵ月前なんて、もうナーバスでメンタルはボロボロですよ。夜は寝られないわ、胃は痛いわ、ツイッターで泣き言を書きそうになるわ。さっきは本当に書いたけど消しちゃった。町田さんもこの気持ちわかりますか?
町田 とてもわかります! 発売前に読まれた書店員さんから感想などをいただくと、その瞬間はマシになりますけど、それでも不安は尽きません。本が出るまではずっと胃が痛いです。でも凪良さんは大丈夫ですよ! 今作を読ませていただいた私が保証します。
凪良 でも、町田さんもそう言われても、「いやダメ、大丈夫じゃない」となりません?
町田 まあそうなんですけど……(笑)。ただ私は凪良さんに褒めていただいたら、大丈夫と思えるかもしれない。私の言霊にそこまでの力はないですが、凪良さんの不安が少しでも減ってくれたらいいなと思って、今作の素晴らしさを私が何度でも保証します。
──今作は、「凪良さんの集大成だ」という声もあります。
凪良 不安でしょうがない日々を過ごしていると言った手前、「集大成」とか偉そうなことは口が裂けても言えないですね(笑)。もう何年か経った後に「もしかしたらあれが集大成だったかもしれない」と言えるかもしれませんが、そんな日が来るんだろうか。
町田 凪良さんの最新作を読むたびに「これが一番好き!」と思うんです。集大成や最高傑作が更新されて、次回作でもその言葉が使われるんじゃないでしょうか。
砂浜で星を見ている気持ちになる『汝、星のごとく』
──町田さんは『汝、星のごとく』をどう読まれたのでしょうか。
町田 読み終わった瞬間に誰かと語り合いたくなる作品でした。これは凄いものを読んだなと。SNSで発信してもいいのかわからなかったので、とりあえず担当編集者さんにメールしましたね(笑)。女が生きていくことの苦しさとか、地方に住んでいることによる閉塞感とか、私も関心のある主題が織物のように丁寧に描かれていました。読者として物語を俯瞰で見ているはずが、ラストシーンでは、私も一緒に砂浜に座って星を見ているような気持ちになりました。「いい物語だった」と本を閉じることはよくあるんですけど、自分が登場人物と同じ目線でエンディングまで連れて行かれる物語は本当に少ない。『汝、星のごとく』はそういう稀有な物語でした。
──読み終えた書店員さんたちからも「ともかく誰かと話したい!」、そして同時に「言葉にならない」などの感想を多くいただきました。
町田 凪良さんがここまで文字を重ねて伝えてくれたことを、短い感想で表現するのは難しいですよね。みんな心のどこかで感じているけど言葉にできない「何か」を幾重にも織り込んだのが、この物語ですから。だからこそ読んだ後、みんな少しでも話したいし言葉にもしたい。でもそれだけでは表現しきれないからもどかしい、といった気持ちがあるのだと思います。今作のPOPを書かれる書店員さんは大変でしょうね。
凪良 そんな風に言っていただけるなんて……、ありがとうございます。
町田 人と話したくなる本ってとてもいいですよね。それこそが本の醍醐味です。それぞれの人生に響いた箇所があって、「私はこういう過去を思い出した」とか、自分のことも話したくなる。だから『汝、星のごとく』について話し出すと、キリがないぐらい語れるんですよ。
優しさに溢れた『宙ごはん』
──凪良さんは町田さんの最新作『宙ごはん』にはどんな印象をお持ちになりましたか?
凪良 『宙ごはん』はとてもとても優しい物語で、まさに町田さんの人柄が表れています。登場人物がみんな、物語の中でちゃんと生きているんですよね。それぞれの心の傷は確かにあって、起こること自体は優しくない、つらい出来事ばかり。それでも登場人物たちは誰も他人と関わり合うことを諦めていない、優しさと強さを持った小説です。私は基本的に人と人はわかり合えない生き物だと思っていて、それをベースに小説を書いています。だからこそ、人との関係を諦めないことを最後まで貫かれた『宙ごはん』は素晴らしい。私の作風と人間模様の描き方はまた違うのですが、宙ちゃんたちがもがきながらも手を繫ごうとしているところに、「頑張ったら私も少しはこんな風になれるかな」と勇気をもらえる。
──お二人ならではのそれぞれのアプローチで、長いスパンでの主人公の成長を描いた新作が同年に出版される。素敵なシンクロニシティですね。
凪良 私は一人の人間が長い時間をかけてちょっとずつ成長していく物語が大好きなので、宙ちゃんがどんな風に大人になっていくのだろうと見守る気持ちで読みました。
町田 ありがとうございます。『汝、星のごとく』を読んで、私とは違う方向で、女性の生き方の変化が描かれていると思いました。「女性が自分の足で立つ」ということの解像度が上がった気がします。特に暁海のお母さんは、田舎の地で夫に庇護される生き方しか知らなかったのに、突然はしごを外されてしまった。その恐怖がすごく伝わる文章でした。暁海の母以外にも、さまざまな女性の生き様を窺い知れるじゃないですか。多様な生き方がある現代において、それでも最終的には自分の足で人生を歩んでいくしかないんだなと痛感させられます。女性にはすごく響くお話である一方で、これを読むと男性も生きやすくなると思いますよ。女性もこんなに多様化しているのならば、男性も自由な生き方ができる、自分なりの歩き方をしていけると思える。さまざまな人の背中を押すことができる物語ではないでしょうか。
本屋大賞と書店への思い
──お二人の作家活動において、本屋大賞受賞は大きな転機だったと思います。受賞されてから何か変わったことはありましたか?
町田 今までも力を入れてなかったわけではないんですけど、物語を書くということに対してもっと真摯であろうと改めて思いました。また、読者の存在をこれまで以上に意識するようになりました。プレッシャーを感じたり、自分の中でのハードルを上げたりしていますが、今は書くこと自体がすごく楽しいので、この気持ちで書き続けていきたいです。
──凪良さんはいかがでしたか?
凪良 一般文芸でのデビュー作『神さまのビオトープ』は最初なかなか売れなくて……。フェアなどを仕掛けてくれた書店さんで大展開してくださっているのを見たときに、「私の本がある!」とその場で泣いた覚えがあります。それから、『流浪の月』を本屋大賞に選んでいただいて。ただ、私は本屋大賞の発表がちょうど最初の緊急事態宣言が出たその日だったんですね。歴代受賞者の中でも発表会の会場にすら辿りつけなかったのは私だけだと思います。そのこともあって、本屋大賞をいただいた実感があまりないままなんです。でも、こんなに私の本を読んでくれる人がこの世の中にいたんだ、という素直な驚きと感謝はありました。
町田 私も最初はさほど注目されていなくて。なので地元の書店でも棚差しで一冊だけ、が当たり前でした。作家デビューもしていないころから「いつかここに私のコーナーを大展開したい」と願っていたので、その夢が叶ったときには何回も写真を撮りましたね。そういう意味でも、本屋大賞には感謝しかありません。
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町田そのこ (まちだ・そのこ)
福岡県在住。2016年「カメルーンの青い魚」で「女による女のためのR-18文学賞」大賞を受賞。選考委員の三浦しをん氏、辻村深月氏から絶賛を受ける。翌年、同作を含むデビュー作『夜空に泳ぐチョコレートグラミー』(新潮社)を刊行。2021年『52ヘルツのクジラたち』(中央公論新社)で本屋大賞を受賞。他の著書に、『ぎょらん』『うつくしが丘の不幸の家』『コンビニ兄弟 ―テンダネス門司港こがね村店―』『星を掬う』などがある。
町田そのこ
小学館
定価:1760円(税込)
宙には、二人の母がいた。小学校に上がるとき夫の海外赴任に同行する『ママ』・風海のもとを離れ、待っていたのは、宙の世話もせず恋人とのデートに明け暮れる『お母さん』・花野との生活だった。ある日不満が爆発して家を飛び出した宙に、花野を慕う料理人・佐伯が見かねてパンケーキをふるまい、その日から、宙は伝授されたレシピを書きとめ続けた。どこまでも温かい希望の物語。
凪良ゆう (なぎら・ゆう)
京都府在住。2006年にBL作品にてデビューし、代表作「美しい彼」シリーズ(徳間書店)など作品多数。2017年非BL作品である『神さまのビオトープ』(講談社タイガ)を刊行し高い支持を得る。2019年に『流浪の月』(東京創元社)を刊行し、翌年、同作で本屋大賞を受賞した。さらに、2021年『滅びの前のシャングリラ』(中央公論新社)で2年連続本屋大賞ノミネート。他の著書に、『すみれ荘ファミリア』『わたしの美しい庭』などがある。
凪良ゆう
講談社
定価:1760円(税込)
風光明媚な瀬戸内の島に育った高校生の暁海と、自由奔放な母の恋愛に振り回され島の学校に転校してきた櫂。ともに心に孤独と欠落を抱えた二人は、惹かれ合い、すれ違い、そして成長していく。生きることの自由さと不自由さを描き続けてきた著者が紡ぐ、ひとつではない愛の物語。心の奥深くに響く最高傑作。