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〈8月1日〉 武川佑
文字数 3,516文字
毛
(
もう
)
利
(
り
)
新
(
しん
)
介
(
すけ
)
一
(
いち
)
番
(
ばん
)
鑓
(
やり
)
雷
(
らい
)
鳴
(
めい
)
が
轟
(
とどろ
)
き、
桶
(
おけ
)
狭
(
はざ
)
間
(
ま
)
田
(
でん
)
楽
(
がく
)
坪
(
つぼ
)
へ
泥
(
どろ
)
まじりの
雨
(
あま
)
水
(
みず
)
が
流
(
なが
)
れこんでくる。
毛
(
もう
)
利
(
り
)
新
(
しん
)
介
(
すけ
)
は
走
(
はし
)
った。
三
歩
(
ぽ
)
先
(
さき
)
を、
泥
(
どろ
)
をはねあげて
服
(
はっ
)
部
(
とり
)
小
(
こ
)
平
(
へい
)
太
(
た
)
がのぼっている。その
小
(
こ
)
平
(
へい
)
太
(
た
)
が
振
(
ふ
)
りかえって
叫
(
さけ
)
んだ。
「
新
(
しん
)
介
(
すけ
)
!
一
(
いち
)
番
(
ばん
)
鑓
(
やり
)
は
譲
(
ゆず
)
らぬ!」
兜
(
かぶと
)
の
庇
(
ひさし
)
をあげて、
新
(
しん
)
介
(
すけ
)
も
怒
(
ど
)
鳴
(
な
)
りかえす。
雨
(
あま
)
粒
(
つぶ
)
がばらばらと
落
(
お
)
ちた。
「
義
(
よし
)
元
(
もと
)
の
首
(
くび
)
を
獲
(
と
)
るのはわしじゃ」
丘
(
おか
)
の
上
(
うえ
)
に
足
(
あし
)
利
(
かが
)
二
(
ふた
)
つ
引
(
ひき
)
両
(
りょう
)
の
本
(
ほん
)
陣
(
じん
)
旗
(
ばた
)
が
立
(
た
)
って、
稲
(
いな
)
光
(
びかり
)
に
白
(
しろ
)
く
浮
(
う
)
かびあがっている。
あのもとに
敵
(
てき
)
の
大
(
たい
)
将
(
しょう
)
、
今
(
いま
)
川
(
がわ
)
治
(
じ
)
部
(
ぶ
)
大
(
たい
)
輔
(
ふ
)
義
(
よし
)
元
(
もと
)
がいる。
陣
(
じん
)
を
囲
(
かこ
)
む
木
(
もく
)
柵
(
さく
)
に
取
(
と
)
りつき、
新
(
しん
)
介
(
すけ
)
と
小
(
こ
)
平
(
へい
)
太
(
た
)
は
互
(
たが
)
いを
踏
(
ふ
)
み
台
(
だい
)
にし、
争
(
あらそ
)
うように
柵
(
さく
)
を
越
(
こ
)
えた。
「
織
(
お
)
田
(
だ
)
馬
(
うま
)
廻
(
まわ
)
り、
服
(
はっ
)
部
(
とり
)
小
(
こ
)
平
(
へい
)
太
(
た
)
一
(
いち
)
番
(
ばん
)
乗
(
の
)
り!」
小
(
こ
)
平
(
へい
)
太
(
た
)
が
叫
(
さけ
)
ぶ。
新
(
しん
)
介
(
すけ
)
も
鑓
(
やり
)
を
掲
(
かか
)
げて
応
(
おう
)
、と
声
(
こえ
)
をあげた。
二人
(
ふたり
)
を
励
(
はげ
)
ますかのように
空
(
そら
)
に
龍
(
りゅう
)
のような
稲
(
いな
)
妻
(
づま
)
が
走
(
はし
)
り、ちかくに
落
(
お
)
ちた。
体
(
からだ
)
が
震
(
ふる
)
え、
新
(
しん
)
介
(
すけ
)
はかならず
敵
(
てき
)
大
(
だい
)
将
(
しょう
)
を
討
(
う
)
つ、という
気
(
き
)
持
(
も
)
ちを
奮
(
ふる
)
い
立
(
た
)
たせる。
清
(
きよ
)
洲
(
す
)
城
(
じょう
)
を
出
(
しゅつ
)
陣
(
じん
)
するとき、
新
(
しん
)
介
(
すけ
)
たちの
大
(
たい
)
将
(
しょう
)
・
織
(
お
)
田
(
だ
)
上
(
かず
)
総
(
さの
)
介
(
すけ
)
信
(
のぶ
)
長
(
なが
)
は、わずかに
涙
(
なみだ
)
ぐんでいたように、
新
(
しん
)
介
(
すけ
)
には
見
(
み
)
えた。二
万
(
まん
)
を
超
(
こ
)
える
兵
(
へい
)
数
(
すう
)
の
敵
(
てき
)
に
対
(
たい
)
し、こちらはわずか二千。
――
勝
(
か
)
ち
目
(
め
)
はない。
負
(
ま
)
ければ、
我
(
われ
)
らの
大
(
たい
)
将
(
しょう
)
は
討
(
う
)
たれ、
首
(
くび
)
は
晒
(
さら
)
されるであろう。
自
(
じ
)
分
(
ぶん
)
たちも
牢
(
ろう
)
人
(
にん
)
になるしかない。
敵
(
てき
)
兵
(
へい
)
が
雄
(
お
)
叫
(
たけ
)
びをあげて、
斬
(
き
)
りかかってくる。
新
(
しん
)
介
(
すけ
)
は
鑓
(
やり
)
の
穂
(
ほ
)
先
(
さき
)
を
繰
(
く
)
りだし、
敵
(
てき
)
の
太
(
た
)
刀
(
ち
)
をいなして
口
(
こう
)
蓋
(
がい
)
へ
突
(
つ
)
き
入
(
い
)
れた。
敵
(
てき
)
が
目
(
め
)
を
見
(
み
)
開
(
ひら
)
いて
四
(
し
)
肢
(
し
)
を
震
(
ふる
)
わせる。
力
(
ちから
)
任
(
まか
)
せに
敵
(
てき
)
を
引
(
ひ
)
き
倒
(
たお
)
し、
体
(
からだ
)
を
踏
(
ふ
)
みつけて
先
(
さき
)
へ
進
(
すす
)
む。
人
(
ひと
)
を
殺
(
ころ
)
すのは
怖
(
こわ
)
い。
夜
(
よる
)
になると
自
(
じ
)
分
(
ぶん
)
が
殺
(
ころ
)
した
者
(
もの
)
たちが
首
(
くび
)
を
絞
(
し
)
めてくる
夢
(
ゆめ
)
を
見
(
み
)
る。
――だが、わしらの
大
(
たい
)
将
(
しょう
)
、
信
(
のぶ
)
長
(
なが
)
は。きっと
乱
(
らん
)
世
(
せ
)
を
終
(
お
)
わらせてくれる
気
(
き
)
がするのだ。
敵
(
てき
)
の
囲
(
かこ
)
みを
抜
(
ぬ
)
けた
先
(
さき
)
に、
輿
(
こし
)
が
打
(
う
)
ち
捨
(
す
)
ててあり、
武
(
む
)
者
(
しゃ
)
が
一人
(
ひとり
)
いる。
逆
(
さか
)
沢
(
おも
)
瀉
(
だか
)
縅
(
おどし
)
鎧
(
よろい
)
に
緋
(
ひ
)
の
諸
(
もろ
)
籠
(
ご
)
手
(
て
)
、
鍬
(
くわ
)
形
(
がた
)
前
(
まえ
)
立
(
だて
)
兜
(
かぶと
)
。
「
治
(
じ
)
部
(
ぶ
)
大
(
たい
)
輔
(
ふ
)
義
(
よし
)
元
(
もと
)
!」
小
(
こ
)
平
(
へい
)
太
(
た
)
が
鑓
(
やり
)
を
振
(
ふ
)
りかざし、
義
(
よし
)
元
(
もと
)
に
斬
(
き
)
りかかる。
義
(
よし
)
元
(
もと
)
もひとかどの
武
(
ぶ
)
将
(
しょう
)
と
見
(
み
)
えて、
数
(
すう
)
合
(
ごう
)
打
(
う
)
ちあったのち、
小
(
こ
)
平
(
へい
)
太
(
た
)
を
蹴
(
け
)
り
飛
(
と
)
ばした。
「
新
(
しん
)
介
(
すけ
)
、
俺
(
おれ
)
に
構
(
かま
)
うな。
義
(
よし
)
元
(
もと
)
の
首
(
くび
)
を
獲
(
と
)
れ」
小
(
こ
)
平
(
へい
)
太
(
た
)
の
絶
(
ぜっ
)
叫
(
きょう
)
を
聞
(
き
)
きながら
新
(
しん
)
介
(
すけ
)
は
猛
(
もう
)
然
(
ぜん
)
と
走
(
はし
)
って、
鑓
(
やり
)
を
上段
(
じょうだん
)
に
振
(
ふ
)
りかぶり、
義
(
よし
)
元
(
もと
)
の
肩
(
かた
)
を
打
(
う
)
った。
体
(
たい
)
勢
(
せい
)
を
崩
(
くず
)
しながらも
義
(
よし
)
元
(
もと
)
は
太
(
た
)
刀
(
ち
)
で
突
(
つ
)
いてきて、
間
(
かん
)
一
(
いっ
)
髪
(
ぱつ
)
、
頬
(
ほお
)
が
切
(
き
)
れた。
あたりが
青
(
あお
)
白
(
じろ
)
く
輝
(
かがや
)
き、
座
(
すわ
)
りこむ
義
(
よし
)
元
(
もと
)
がこちらを
見
(
み
)
あげてくる。
死
(
し
)
を
悟
(
さと
)
ってなお、
美
(
うつく
)
しい
目
(
め
)
をしていた。この
人
(
ひと
)
は
戦
(
いく
)
さで
死
(
し
)
ぬのが
怖
(
こわ
)
くないのだ、と
新
(
しん
)
介
(
すけ
)
は
感
(
かん
)
じた。
鑓
(
やり
)
から
太
(
た
)
刀
(
ち
)
に
持
(
も
)
ち
替
(
か
)
えた
新
(
しん
)
介
(
すけ
)
を
見
(
み
)
あげ、
義
(
よし
)
元
(
もと
)
が
問
(
と
)
う。
「
名
(
な
)
はなんと
申
(
もう
)
す」
「
織
(
お
)
田
(
だ
)
馬
(
うま
)
廻
(
まわ
)
り、
毛
(
もう
)
利
(
り
)
新
(
しん
)
介
(
すけ
)
にて
候
(
そうろう
)
。
御
(
おん
)
首
(
くび
)
頂
(
ちょう
)
戴
(
だい
)
つかまつる」
振
(
ふ
)
りあげた
太
(
た
)
刀
(
ち
)
を、
力
(
ちから
)
をこめて
振
(
ふ
)
りおろし、
首
(
くび
)
の
骨
(
ほね
)
が
折
(
お
)
れる
感
(
かん
)
触
(
しょく
)
を
掌
(
てのひら
)
で
感
(
かん
)
じた。
武川佑(たけかわ・ゆう)
1981
年
(
ねん
)
神
(
か
)
奈
(
な
)
川
(
がわ
)
県
(
けん
)
生
(
う
)
まれ。
立
(
りっ
)
教
(
きょう
)
大
(
だい
)
学
(
がく
)
文
(
ぶん
)
学
(
がく
)
研
(
けん
)
究
(
きゅう
)
科
(
か
)
博
(
はく
)
士
(
し
)
課
(
か
)
程
(
てい
)
前
(
ぜん
)
期
(
き
)
課
(
か
)
程
(
てい
)
(ドイツ
文
(
ぶん
)
学
(
がく
)
専
(
せん
)
攻
(
こう
)
)
卒
(
そつ
)
。
書
(
しょ
)
店
(
てん
)
員
(
いん
)
、
専
(
せん
)
門
(
もん
)
紙
(
し
)
記
(
き
)
者
(
しゃ
)
を
経
(
へ
)
て、2016
年
(
ねん
)
、「
鬼
(
おに
)
惑
(
まど
)
い」で
第
(
だい
)
1
回
(
かい
)
「
決
(
けっ
)
戦
(
せん
)
!
小
(
しょう
)
説
(
せつ
)
大
(
たい
)
賞
(
しょう
)
」
奨
(
しょう
)
励
(
れい
)
賞
(
しょう
)
を
受
(
じゅ
)
賞
(
しょう
)
。
甲
(
か
)
斐
(
い
)
武
(
たけ
)
田
(
だ
)
氏
(
し
)
を
描
(
えが
)
いた
書
(
か
)
き
下
(
お
)
ろし
長
(
ちょう
)
編
(
へん
)
『
虎
(
とら
)
の
牙
(
きば
)
』でデビュー。
同
(
どう
)
作
(
さく
)
は
第
(
だい
)
7
回
(
かい
)
歴
(
れき
)
史
(
し
)
時
(
じ
)
代
(
だい
)
作
(
さっ
)
家
(
か
)
クラブ
賞
(
しょう
)
新
(
しん
)
人
(
じん
)
賞
(
しょう
)
を
受
(
じゅ
)
賞
(
しょう
)
。
近
(
きん
)
著
(
ちょ
)
に『
落
(
らく
)
梅
(
ばい
)
の
賦
(
ふ
)
』がある。
【
近刊
(
きんかん
)
】
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