第13話 先輩俳優・野原に証言させる柏木に、立浪は

文字数 3,362文字

「ありがとうございます。では、早速ですが、野原さんの連絡先を伺(うかが)ってもいいですか?」
 立浪は、柏木の表情を注視した。
 ハッタリなら、口裏を合わせるために言い訳を並べて時間稼ぎをするはずだ。
「ちょっと待ってください。出るかどうかわかりませんが、いま、僕がかけてみます」
 スマートフォンを手にする柏木に、立浪と相良は顔を見合わせた。
 引くに引けなくなり、ポーズでやっているのか?
留守だから伝言を入れて折り返し連絡を待つという理由で、時間を稼ぐつもりなのか?
立浪の脳内に、様々な疑問が飛び交った。
「もしもし? お久しぶりです。柏木です。いま、少しお電話大丈夫ですか?」
立浪の予想に反して、あっさりと電話は繋(つな)がった。
「あの、実は、いま、写真週刊誌の『スラッシュ』さんの突撃取材を受けているんです。記者さんが言うには、杏奈君が僕の恋人で、彼女にDVしているというタレコミがあったみたいで……はい、はい、いま、オスカルのトリミングにきていて、僕は取材を受けているので代わりに杏奈君が行ってくれてます。大変申し訳ないのですが、いまから代官山にきて頂くこととかできますか?」
立浪は、耳を疑った。
相良も、驚きに眼を見開いた。
「ありがとうございます! 先輩、ちょっと待ってくださいね。あの、一時間くらいしたらきてくれるそうですが、お時間のほうは大丈夫ですか?」
スマートフォンの送話口を手で押さえ、柏木が伺いを立ててきた。
 立浪は、無言で手を出した。
「え?」
柏木が、怪訝な表情で立浪の手に視線を落とした。
「電話、代わって貰えますか?」
移動する間に野原に電話をかけ、口裏を合わせる可能性があった。
 躊躇(ちゅうちょ)したり理由をつけて断ってきたりしたら、立浪の読みが当たったことを裏付ける。
「どうぞ」
 柏木が、あっさりとスマートフォンを立浪に渡した。
「もしもし、お電話代わりました。私、『スラッシュ』ニュース部の立浪と申します。野原さんですか?」
『そうですが、立浪さんは柏木君と杏奈ちゃんの関係を疑っているんですか?』
「ニュース部に、ある情報が入りましてね」
 立浪は、事の経緯を野原に説明した。
『なるほど。つまり、柏木君の言っていることが本当かどうかをお話すればよいのですね?』
 野原が確認してきた。
「お願いします」
『本当ですよ。柏木君は僕の主催している劇団に所属していましたし、彼のことは弟のようにかわいがっていました。杏奈ちゃんは柏木君がいなくなってから劇団に所属した生徒です。ビジュアルも演技もいい線行ってる子なんですが、なかなかチャンスに恵まれなくて……それで、柏木君に頼んだんですよ。いまや彼は、日本を代表する俳優です。ズルい考えかもしれませんが、柏木君の力を借りたらなんとかなるかもと思い、彼を杏奈ちゃんがバイトしている西麻布のラウンジに連れて行ったんです。彼は言いました。コネが通用する世界ではないから、付き人として雇い現場を見て演技を勉強して貰うことならできます、と。DVの件も、彼の言う通りです。杏奈ちゃんには一年くらいつき合っている彼氏がいて、普段は温厚なんですけど酒に酔うと暴力を振るう酒乱の気がありまして。商売道具の顔に痣を作っていたら女優の仕事なんてできませんし、なにより、もしものことがあったら取り返しがつかないということで、柏木君のマンションに住まわせることになったんですよ』
 柏木から聞いたのとほぼ同じことが、野原の口から語られた。
 立浪は眼を閉じた。
 柏木と野原は口裏を合わせる時間がなかった。
 ということは、杏奈が噓を吐いているという可能性も出てきた。
 どちらにしても、切り札を使うときがきたようだ。
 立浪は眼を開けた。
「実は、柏木さんにはまだ言ってないのですが、今回のスキャンダルをリークしてきたのは杏奈さんなのです」
 立浪が言った瞬間、柏木が弾(はじ)かれたように振り返り強張った顔で立浪を見た。
『そうですか……』
 柏木とは対照的に、野原に驚いた様子はなかった。
「柏木さんと野原さんの言うことが真実なら、杏奈さんが噓を吐いているということになります」
『それは……』
 野原が言い淀(よど)んだ。
「どうしました? なにかあるなら、遠慮なしに言ってください」
 立浪は促した。
『悪口になるみたいで言いづらいことなのですが、柏木君が濡れ衣を着せられるのはまずいので。杏奈ちゃんには、昔から虚言癖があります』
「虚言癖?」
立浪は鸚鵡(おうむ)返しに言った。
『はい。ストーカーが家に押し入りレイプされそうになった、劇団の女の子に妬(ねた)まれて携帯番号をネットで晒(さら)された……彼女の話を信じていろいろ調べていくうちに、そんな事実はなくてすべて彼女の自作自演だったことが発覚したのです。ほかの劇団員に、僕にホテルに連れ込まれそうになったと吹聴(ふいちょう)していたこともあります。今回の柏木君の件も、彼女の虚言だと思います』
 立浪は、ふたたび眼を閉じ思考の車輪をめまぐるしく回転させた。
 考えれば考えるほどに、違和感を覚えた。
 野原は柏木と打ち合わせする時間はなかった。
 いま、杏奈の件で立浪と電話で話すことになるのも予測できないはずだった。
 普通に考えれば、杏奈の虚言と結論付けるほうが話の辻褄(つじつま)は合う。
 だが、なにかがしっくりとこない。
「わかりました。いろいろと、ありがとうございました。また、ご連絡させて頂くかもしれません。では、失礼します」
立浪は電話を切った。
杏奈に虚言癖があろうとなかろうと、これ以上、野原と話していても真実は導き出せないことがわかった。
重要なのは、野原を信じられるか否かの問題だ。
「虚言癖ってなんですか?」
柏木が、怪訝そうに訊ねてきた。
「野原さんが言うには、杏奈さんに虚言癖があるそうです」
 立浪が言うと、柏木の血相が変わった。
「先輩が、そういうふうに言ったんですか!?
「ええ、野原さんにホテルに連れ込まれそうになったと劇団員に吹聴したことがあったとも言ってました」
「そんなはず、ありません! 僕は、半年間彼女を見てきましたが、不器用なところはありますが噓を吐くようなタイプではありません。たとえ先輩でも、そういう発言は許せません」
 柏木が、憤然(ふんぜん)として言った。
杏奈を信じ、騙されている男を……杏奈に虚言癖があるなどとは、夢にも思っていないお人好(よ)しな男を演じているのか?
 だが、柏木が杏奈を庇(かば)えば逆に不利な立場になるのだ。
「ですが、今回、柏木さんからDVされたとリークしてきたのは杏奈さんですよ? 柏木さんが言うように杏奈さんに虚言癖がないのなら、あなたが暴力を振るっていたことになるんですよ?」
「なぜ杏奈君がそんなことをしたのかわかりませんが、とにかく、彼女に虚言癖などありません。きっと、なにか事情があったはずです」
 柏木が、杏奈を信じている姿勢を貫いた。
 間違いない。
 この男は、立浪と相良の想像を遥かに超えたモンスターだ。
 だが、真実は一つだ。
 杏奈が噓を吐いていないかぎり、どんな怪物でも恐るるにたりない。
 そして、立浪には確信があった。
 噓を吐いているのは、杏奈ではなく柏木だ。
「わかりました。いまから、杏奈さんに直接訊いてみます」
 立浪は、勝負に出た。
 さすがの柏木も、平静ではいられないはずだ。
「どうぞ。いま、呼びますから」
 動揺したふうもなく、柏木がスマートフォンを手に取りLINEをし始めた。
「えっ……」
 思わず、相良が声を上げた。
 心では、立浪も声を上げていた。
「いま連絡するようにLINEをしたのですぐに……あ、もう、かかってきました。杏奈君。写真誌の記者さんが君に話を訊きたいと言っているから、こっちにきて貰ってもいいかな?」
柏木の涼しい顔を見て、立浪は思った。
 やぶれかぶれの痩せ我慢か?
それとも、本当に杏奈に虚言癖があるのか?
答えは、数分後に出るはずだった。
(第14話につづく)

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