『稲川怪談』試し読み!①
文字数 1,957文字
「怪談」といえばこの人、稲川淳二さんの名作選が刊行です。
そこで『稲川怪談 昭和・平成傑作選』『稲川怪談 昭和・平成・令和 長編集』より、3編を試し読み!
怪談読んで猛暑を乗り切りましょう!
おじさんと見た白尾
子どもの頃の、私の体験なんですけどね。
ちょうど暑い夏の日でしたよ。場所は長野県。私が五歳の頃、父親に連れられて、長野県に行ったんです。長野県北佐久です。私のおじさんがいて、自分の子どもは娘ばかりで私より年上ばっかり。だから男の子の私をとても可愛がってくれたんです。
おじさんが夏に遊びに行った私を、置いていけって言うんで、私ひとり、そこにしばらくいたんです。おじさんは電気屋をやってまして、そこでは一軒しか電気屋がなかったから、夜に何か故障や困ったことがあるとすぐ呼ばれるんです。
その日も呼ばれたんですが、近場だったんで、おじさん、私と手をつないで呼ばれた家に行って修理を始めたんですよ。私は家の人にお菓子なんかもらって食べて待ってましたよ。
それで修理が終わって手をつないで帰ったんです。信州の風が心地良い所でしたねえ。サーッと吹いてきて、周囲の田んぼの稲穂の香りを、青臭いような甘い草の香りを一緒に運んでくるんです。夜空には星がいっぱいですよ。今でもきれいな星空だけど、当時は周囲にほとんど明かりがなくってね。
月明かりの中、おじさんに手をつないでもらって、買ってもらった下駄を履いて、カタン、カタンと音を立てて、田舎の道を歩いてました。民家もポツポツと点在するだけで、田んぼと山に囲まれた、のどかな田舎ですよ。蛙の鳴き声なんかがゲロゲロッと聞こえてきてね。その時、歩いているおじさんが、ピタッと立ち止まったんです。
(なんだろうな?)
と思っておじさんを見上げたら、おじさん、夜空を見つめてるんです。
(何見てんのかな?)
と思っておじさんの見ている所を見たら、頭の上の方で何か光ってる。四〇~五〇センチもある光で、長ーい尻尾みたいなのをたなびかせてんの。
(なんだろう、あれ?)
と思いましたよ。おじさんもじーっと見てんの。その白く発光している玉が、スーッと飛んで行くの。夜空を漂うように。その飛んで行く向こうに、大きい農家の茅葺きの屋根が見えたんです。そこへスーッと飛んで行くんです。そして家の上で、クルーッと大きく回ってから、スーッと家の中に入って行ったんです。そのまま光は出てこなかったな。おじさん、その様子を黙って見つめていましたね。手を握っているおじさんの力がググッと強くなったんです。子どもながらに、
(あっ、ただごとじゃないな! 尋常なことじゃない)
と思ったんです。
それからふたりで家に帰って、おじさんがおばさんと話しているんです。
「さっきこんなの見たけど、あの家、何かあったのかい?」
「別に何もないけどねえ、まあ、年寄りがいるけど」
それからしばらくして、でしたね。その家のお爺さんが亡くなりました。おじさん、
「やっぱりお迎えだったなあ」
っておばさんと話していましたよ。その時、
(あーっ、あれが人魂って言うんだな)
って子どもながらに理解して納得しましたよ。
(ああやって死ぬ人を迎えに行くんだ、人魂って)
その情景、今でも鮮明に覚えていますよ。子どもの頃の思い出ですね。何かの時に思い出すんですね。そんな出来事って。
タレント・工業デザイナー・怪談家
1947年東京・恵比寿生まれ。桑沢デザイン研究所専門学校研究科卒業。深夜ラジオで人気を博し、「オレたちひょうきん族」「スーパージョッキー」などテレビ番組で、元祖リアクション芸人として活躍。また、ラジオやテレビでの怪談が好評を博し、1987年に発売されたカセットテープ「あやつり人形の怪 秋の夜長のこわ~いお話」が大ヒットとなり、以後「怪談家」としても活動。1993年8月13日金曜日にクラブチッタ川崎で行われた「川崎ミステリーナイト」に長蛇の列ができ、全国津々浦々をめぐる「稲川淳二の怪談ナイト」を開始。30年以上にわたって数多くの怪談を披露、現在も年間50公演ほど開催している。
新日曜名作座
2024年 8/11~9/15 毎日曜・連続六夜 19:25~(NHK-R1)
出演 西田敏行 竹下景子
原作 稲川淳二
本書の主な内容
おじさんと見た白尾/弁天岩の死体/真夜中のエレベーター/首吊りの因縁/血を吐く面/迎えにきたマネージャー/憑いてるタクシー/クラス会/長い死体/東北の山林の邸/奥秩父の吊り橋/沖縄の廃屋/赤いはんてん/ゆきちゃん/暗闇の病院/夢の中の踏切に立つ女/深夜の訪問者/遅れてきたふたり/身代わり人形/赤いぽっくり