奇想天外な殺しのスキルに勝てるのか?

文字数 2,888文字

伝説の傑作、都筑道夫氏の『なめくじに聞いてみろ』(講談社文庫)が新装版にて復刻! 

ミステリ・SF評論家の日下三蔵氏も「本格推理+活劇小説の最高峰!」と絶賛の作品を、

竹滝拓隆さんに語っていただきました。

とっても熱いので、猛暑の中、読むときはご注意ください! 


 都筑道夫の伝説の傑作『なめくじに聞いてみろ』は「殺し屋殺し」の物語です。

 基本設定はかなり突飛で意表を衝かれます。

 天才科学者が発明した奇抜な殺人方法を会得した殺し屋たちを、その科学者の息子がひとりずつ倒していく。彼は恐るべき殺人技術への対抗策を編み出し、殺し屋と紙一重の攻防が続く。死闘の果てに待ち受けるものは何か?

 こんな風変わりな物語が書かれたのは昭和36年(1961年)から翌年にかけて。つまり60年前であることに驚かされます。なによりも今読んでも圧倒的に面白いのが凄い!


 展開はスピーディーそのもの。

 まずは序章の2節と3節で主人公・桔梗信治のキャラをさくさく立ててしまいます。「東京で殺し屋といった連中が出没するようなところ」を探している、上京したばかりで常識知らずの田舎者のように見せながら、実は一本、筋の通った(父親譲りの)洒落者であることが、手際よく示されます(「バーテンさん、そのおさつ、立ってる!」というセリフが上手い)。タイトルとなっている謎めいた「なめくじに聞いてみろ」の意味もわかります。

 無駄のないシーンの連続で、読者の興味を主人公に集中させる、まさにエンタメのお手本というべき冒頭です。

 序章の4節で相棒と、6節でヒロインと出会ってから物語は加速して、最初の敵である「カードを使う」殺し屋との対決へ雪崩れ込んでいきます。こうなると、あとはもう一気読みですね。


 それぞれの殺し屋が駆使する殺人技術はネタバレになりますので、これ以上触れませんが、それこそ奇抜なアイディアが惜しげもなく盛り込まれており、「こんな凄腕の殺し屋を相手にして、いったい桔梗信治はどうすれば勝てるのか」というバトルものの醍醐味が各章で楽しめます。

 この小説は週刊誌に連載されたので、読者を飽きさせないようテンポよく書くことを都筑道夫は意識したと推察するのですが、結果的に週刊連載漫画のバトルもの(個人的には『ジョジョの奇妙な冒険』の第二部)と似た感覚で読めます。

 ミステリ評論家の日下三蔵さんがこの新装版の帯で記されているキーワード「攻撃と反撃(アタック&カウンターアタック)」が絶えず繰り広げられ、絶体絶命の窮地に陥っても意外なアイディアで突破口を見出す面白さと緊張感が、最初から最後まで持続しているからでもあります。


 このように贅沢にアイディアを次々と披露する小説は若くなければ書けません。

連載執筆時、都筑道夫は32歳。ミステリ作家としてデビューしたばかりでしたが、それまではEQMM(エラリイ・クイーンズ・ミステリ・マガジン)の編集長として辣腕を振るい、当時の最先端の海外ミステリを紹介し、新たな読者層を切り開いてきました。若き天才編集者だったのです。

 その天才が、自分が初めて日本に紹介した「007シリーズ」の原作小説のエッセンスを、自分の小説に注入し、才気を爆発させたのが長編第4作の『なめくじに聞いてみろ』。傑作になるのはむしろ必然と言えるでしょう。


 とはいえ、相棒やヒロインの描き方が今となっては古風だったり、当時のジェンダー観に縛られているのは確か。しかしこれはやむを得ないと思います。

 クールでタフで愛嬌があって頭が切れる桔梗信治(エンタメにおける主人公の理想形では?)の大胆不敵なアクションを楽しんでください。

 (本当はここから山田風太郎の忍法小説との対比や、日活の無国籍アクション映画との関連も書きたかったのですが、それはまた別の機会に。)


 都筑道夫自身は「こういう手間のかかるアクション小説を書いてもあまり評価されない」ことが不満だったようで、この系列の作品は限られてしまうのですが、それでも『紙の罠』『悪意銀行』『吸血鬼飼育法の3冊がちくま文庫で復刊されているので、ぜひぜひ!

アイディアとアクションが目まぐるしく交差して、先の読めない面白さが満載です。

 そしてなんといってもスパイ・アクション小説の大本命『暗殺教程』!!

 こちらも読み始めたらやめられないジェットコースター・ノベルですが、最新版が2003年の光文社文庫版となってしまいますので、久しぶりの復刊を期待したいところです。


 都筑道夫の本領は本格ミステリで発揮されたと思いますが、他にもハードボイルド、SF、怪奇小説、時代小説、風俗小説、人情小説、パロディ、ショートショートなどあらゆるジャンルを書き分け、さらにミステリの評論でも多大なる功績を打ち立てました。名評論『黄色い部屋はいかに改装されたか?』が1980年代以降の日本の本格ミステリにどれだけ大きな影響を与えたことか!

 あまりになんでも書けてしまったためか、生前は賞に恵まれず、日本推理作家協会賞を受賞したのは晩年の72歳の時。受賞作は自伝エッセイ『推理作家の出来るまで』でした。『推理作家の出来るまで』はもちろん素晴らしいエッセイなのですが、それにしても都筑道夫のミステリの名品が何度も候補になりながら、結局受賞できなかったのは不思議で仕方ありません。最晩年の2002年に功労賞というべき日本ミステリー文学大賞を受賞したのは非常に喜ばしいことでしたが、それでもファンからすると遅すぎる印象がしました。


 しかし、賞は不遇であっても、作品の質の高さとはまったく関係ありません。

2003年に都筑道夫が亡くなってから20年近くが経ちますが、その作品は復刊され続け、私のような古参のファンを喜ばせる一方で、新たな読者を生み出しているのがその証左でしょう。

 熱烈な都筑ファンで、復刊の仕掛け人である日下三蔵さんに感謝するしかありません。

 この7月には『なめくじに聞いてみろ』に加えて、ちくま文庫から短編集『哀愁新宿円舞曲』が、創元推理文庫から『日本ハードボイルド全集6 都筑道夫 酔いどれ探偵 二日酔い広場』が刊行されています。

「1ヵ月で文庫が3冊発売とはどんな人気作家だ!」とファンならずとも叫びたくなりますが、どれも都筑ワールドの魅力が詰まった逸品です。

 ちなみに5月にはちくま文庫から短編集『妖精悪女解剖図』が、6月には河出文庫から短編集『絶対惨酷博覧会』も刊行されており、この勢いを見ると、今年は都筑道夫の復刊当たり年です。うれしい……!

みなさんもこの機会にぜひ読んでみてください。ハズレなしですので!


(え? かつて講談社文庫で刊行されていた、とんてもない趣向を凝らした2作品、『猫の舌に釘をうて』と『三重露出』は復刊されないのかって?? 私も復刊熱烈希望ですが、すべてはこの『なめくじに聞いてみろ 新装版』の売れ行きにかかっているのです! よろしくお願いいたします!!)

竹滝拓隆(たけたき たくたか)

はるか昔、東京大学新月お茶の会に在籍していた古参のミステリーマニアです。

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