◆No.10 立花鑑載の乱~史実とフィクション ※ネタバレご注意
文字数 1,640文字
藤木和泉 立花家臣。鑑載派、のちに毛利派。
薦野弥十郎 立花家臣(のちに軍師)。鑑光派、のちに大友派。
米多比三左衛門 立花家臣。のちに大友派。
野田右衛門大夫 通称、右衛門太。立花家臣。のちに毛利派。
佳月 和泉の妹。のちに出家して桂月院に。
皐月 鑑載の娘。和泉、佳月の従妹。
立花鑑光 立花家、第六代当主。
立花鑑載 鑑光の養子。のちに立花家、第七代当主に。
藤木監物 和泉の父。鑑載の腹心。
薦野宗鎮 弥十郎の父。鑑光派、のちに大友派。
安武右京 立花家の筆頭家老。鑑載派、のちに毛利派。
戸次鑑連 大友最高の将。のちの立花道雪。
『立花三将伝』は9割がた、フィクションと申し上げています。
①当時、大友家と毛利家が、立花山城をめぐり筑前で争っていたことや、
②立花鑑載が反乱を起こして戸次鑑連に討伐されたことなど、
大きな史実はもちろん変更していません。
より細かな史実としては、
③立花山城崖下で鑑連が苦戦し、内田鎮並が戦死したことや、
④野田右衛門大夫の裏切りにより落城したことも、
物語のベースにしています。
ただ、史実と言っても、諸説があるんです。
(上記①~④も絶対に史実なのかはわかりませんね)
大きなところで、<立花鑑載の乱>は一度だけだったという<一回叛乱説>があります。
説が分かれる場合、私は
<どちらが真実なのかを小説家として考える>のではなく、
<どちらの説がより小説を面白くするか>
という観点で説を選んでいます。
いい加減だなと思われるかもしれませんが、
小説では「そりゃないよ」と、読者に思われると興ざめになるので、
読者が納得できる動機や出来事の流れを考えます。
そのため結果として、意図せざる形で、真実に近づく場合もあるのではと、私は考えています。
実際、歴史家の書かれたものを読むと、
まれに作家の推測を引用している方さえいらっしゃるくらいです。
私は鑑載の乱について、<二回叛乱説>を選びました。
波乱が2度あるほうが物語に動きが出るのは当たり前ですし、
一度目の叛乱によって、登場人物をより厳しい状況へと追い込みたかったからです。
失敗した一度目の叛乱の結果、和泉は父の死を背負い、また、憧れの戸次鑑連に恩義を感じて、大友派として奮闘するわけですね。
二度は赦してもらえないという崖っぷち感も出せます。
小説としては二回叛乱説が必然?ですが、
はたして真実はどちらだったのでしょうね。
私にとっては、坂本龍馬の犯人くらいによくわからない歴史ミステリーです。
青柳(立花鑑載墓):落城後落ち延びようとした鑑載はここ自刃したとされています。
写真提供:道雪会
赤神 諒(アカガミ リョウ)
1972年京都府生まれ。同志社大学文学部卒業、東京大学大学院法学政治学研究科修士課程修了、上智大学大学院法学研究科博士後期課程単位取得退学。私立大学教授、法学博士、弁護士。2017年、「義と愛と」(『大友二階崩れ』に改題)で第9回日経小説大賞を受賞し作家デビュー。他の著書に『大友の聖将(ヘラクレス)』『大友落月記』『神遊の城』『酔象の流儀 朝倉盛衰記』『戦神』『妙麟』『計策師 甲駿相三国同盟異聞』がある。