【書評】ブックジャーナリスト・内田剛さん

文字数 2,157文字

  どんな時代にも、誰の心の中にもヒーローがいる!

  目の前の景色を一変させる、迷える僕らの必読書

 これは見事。青春を最大密度に凝縮させた、まさにタイムカプセルのような物語だ。読み終えて身震いがした。読者である自分の中で何かが動き出したような、居ても立っても居られなくなるエネルギーの塊が感じられたのだ。どんな褒め言葉でも言い尽くせない、むき出しの感動がここにある。


 主人公の敷石和也は目標を失った冴えない大学生。ある日、駅のホームから転落する女性を目撃するも立ちすくんで何もできない瞬間、小学生時代へと時が戻される。思いもよらない死の現場に直面した衝撃が癒えぬまま、もう一人の自分・和也として過ごす10年前のゴールデンウィークの4日間。タイムスリップという設定であるが不思議なくらい説得力がある。読み進めれば見事なまでに感情移入でき、とてつもない普遍性も感じられるのだ。

 理不尽な状況にあって、頼るべき唯一のブレインとなるのが、クラスの優等生・渡来凜。事情を説明し手助けを受けながら一緒になってタイムスリップの謎を追いかける。連続して巻き起こる動物虐待死事件や不審人物の出現といった、不穏でスリリングな展開はあたかもミステリー小説のようだ。少年時代にはそこかしこに不可解な存在があったように思う。行ってはいけない場所、会ってはいけない人、本能的に危険を察知しながら都市伝説を作り上げたり、自分の力で謎を解いて大人への扉をこじ開けていく。

 無邪気に「俺はヒーローだ」とはしゃぐ問題児だった12歳の和也。「大丈夫のおまじない」で苦難を乗り越えようとする凜。身勝手で面倒ごとを起こす男の子とたったひとりの力でもがき続ける女の子。この2人は小説の中だけでなく、どの教室にもいたのではないか。人は一人では生きていけない。時には助けを求めることも逃げてもいい時もある。この物語が伝えてくれるメッセージは時空を超えるほど雄弁なのだ。

 ストーリーの中に登場する懐かしき風景の中にいつしか自分自身が入りこんで、あの頃の「僕」にも再会したような気分になり、当時の仲間たちのこともリアルに思い出した。公園の土管、秘密基地、駄菓子屋、野良犬……まさに昭和から連なる古き良き日本の住宅街の原風景だ。描かれたすべての要素が埋もれていた記憶の断片を掘り起こし、激しく胸を搔きむしる。

 物語の中にいくつもの境界線が感じられた。迫りくる確かな死と命を揺さぶる力強い生。知らなかった過去とあいまいな未来。思いもよらない偶然と運命に導かれたような必然。したたかな子どもとぼんやりとした大人。引き潮のような静寂と高揚感のある喧騒。絶望の闇と希望の光。それぞれの境目がなんとも鮮やかだ。セピア色の記憶が次第に色づいていくように、豊かに彩られたシーンの数々もまた心にしっかりと刻まれる。

「ヒーロー」とは一体なんだろう。世界で活躍するスポーツ選手、スポットライトを浴びるアイドル、天空を飛ぶ宇宙飛行士、時代を切り開いた歴史上の偉人たち。人は誰でも強くて眩しい存在に憧れる。自分が弱くて孤独であるほどその思いは強さを増す。頼るべき何かが見つかれば、確かに足を踏み出すことができる。映画や小説など架空の世界にも特別な力を持ったヒーローたちがたくさんいる。生きるということ自体がヒーロー探しなのかもしれないが、この物語は自分の心の中にもヒーローがいることを教えてくれる。「大丈夫」というおまじないも自分を助けてくれる。守りたいと思う気持ちと一歩踏み出す勇気があれば、僕らはみんなヒーローになれるのだ。

 嫌いな自分を変えられるのか。過去を通して未来に変化は起こせるのか。黒歴史は塗り替えられるのか。4日間の冒険はそのまま人生のすべてを懸けた闘いでもある。極限にまで研ぎ澄まされた世界観に唸りっぱなしだった。人生を変える物語の奇跡を存分に味わえる最強の一冊。世代を超えて楽しみたい、まさに現代に生きるすべての者たちの必読書といえよう。

『晴れ、時々くらげを呼ぶ』で鮮烈なデビューを飾った著者・鯨井あめの筆は揺るぎない。生きにくいこの時代の空気を的確につかみ取り、そっと背中を押してくれるような物語世界。大空を見上げることによって前向きに生きる力が降り注いでくるような鯨井文学は、本作の登場によってより確かなものになった。今後さらに大輪の花を咲かせるはずだ。

 後悔だらけの人生だからこそ、負の連鎖から抜け出すためには大きなパワーと勇気が必要だ。自分を変えたい! と言う仲間がそばにいたら、そっとこの本を差し出せばいい。タイムスリップは起こせなくても、読後にきっと何かが起きる。『アイアムマイヒーロー!』と出合った瞬間が人生のターニングポイント。大丈夫、もう迷わない。渇いた日常に潤いを与え、絶望の毎日から希望の光を掬い出す。本当の強さと感動のその先の景色を見せてくれるこの物語こそ、真のヒーローだ。間違いなく生涯忘れることのできない一冊となるだろう。


内田剛(うちだ・たけし)

ブックジャーナリスト。約30年間の書店勤務を経て2020年2月よりフリーランスに。文芸書レビューから販促物作成、学校や図書館でのワークショップなど活躍の場を広げている。書いたPOPは4000枚以上。

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