吉川英梨×梶永正史 読者の心を動かすのは「技術」ではなく「ストーリー」

文字数 5,798文字

吉川英梨さんは2008年に『私の結婚に関する予言38』で第3回ラブストーリー大賞エンタテインメント特別賞受賞。一方、梶永正史さんは2013年に『警視庁捜査二課・郷間彩香 匿名指揮官』で第12回「このミステリーがすごい!」大賞受賞。同じく宝島社からデビューした人気作家のおふたりですが、今回は初めてのお顔合わせとなります。今回は、吉川さんの『感染捜査』(光文社)、梶永さんの『産業医・渋谷雅治のカルテ シークレット・ノート』(角川文庫)の発売を記念して、デビューの経緯や創作についてお話をお伺いしました。



(聞き手・構成:アップルシード・エージェンシー)

●吉川作品との出会いは担当編集者のお勧めだった

――宝島社からデビューした作家たちは横のつながりがあって、新型コロナウイルスが流行する前は、よく集まっていたと聞いたことがあります。

吉川英梨さん(以下、敬称略) 

そうですね。でも私は執筆や育児で忙しく、そんなに顔を出さないこともあってか、梶永さんとお目にかかるのは初めてです。梶永さんの著作から、物腰の柔らかい方だろうと想像していたましたが、その通りですね。それにしても背が高い! 迫力がありますが眼差しがお優しい。梶永さんの作品の行間から感じるあたたかさがそのまま見た目ににじみ出てらっしゃいますね。

梶永正史さん(以下、敬称略) 

デビューのきっかけとなった女性刑事の郷間綾香シリーズ第4作目を書いているときに、担当編集者さんから吉川さんの「原麻希シリーズ」の第10作となる『蝶の帰還』を勧められて読ませていただきました。そのとき以来の大ファンなので、お目にかかれて光栄です。

吉川

 ありがとうございます。『蝶の帰還』は、原麻希シリーズ第1作で登場したテロリスト“アゲハ”が再登場するのですが、長くなってしまったので、上下巻にしていただいた作品です。……参考になりましたか?

梶永 

スケールがデカすぎて、あんまり参考になりませんでした(笑)

吉川

 すみません(笑)

●自分の小説を「世に問いたい」と4回目の挑戦でデビューした梶永正史さん



――小説家になりたい人が増えていると言われていますが、そもそもおふたりが小説を書き始めたり新人賞に応募したりしたきっかけは何だったのでしょうか。



 

吉川 

私が新人賞に応募したのは、賞金のためだったんです(笑) 当時、政治を学ぶために大学に入りなおそうとしていて、その学費を稼ぐ必要がありました。その前にシナリオも勉強していたのですが、時期的にすぐ応募できるシナリオコンクールがありませんでした。私が得意なのは物語を作ることなので、だったら小説に挑戦しようと。そのときにタイミングが合う新人賞のジャンルが、ミステリーならミステリー、ファンタジーならファンタジーを書いて応募していたと思います。

梶永

初めての小説でデビューって、さすがですね。僕も吉川さん同様、若い頃に映画を作ろうとシナリオの勉強をしていたことがあるのですが、結局その道には進まなかった。40歳になる年にその忍耐力の無さを振り返って、「今年中に長編小説を書き切ろう」と一念発起して。特に応募するあてもなく、初めての小説を書き上げました。ところが、完成した作品を自分で読んで、「こんな面白い作品を書けるなんて僕は天才ではないのか」「これは世に問うべきだ」と思っちゃって(笑)

吉川

分かります、書き上げたときのその気持ち(笑)

梶永

ところが、長篇の公募は400字詰原稿用紙300~500枚が多いのですが、僕の初めての小説は800枚程度。そのままでは応募できないので、修正して「このミス」大賞に応募したのですが、残念ながら、箸にも棒にもひっかかりませんでした。翌年も応募したら「次回に期待する」というコメントをいただいたので、諦めずに応募をするうちに、4回目で大賞をいただくことができました。

吉川 

梶永さんが応募したのは「このミス」だけですか? だとしたら受賞するための戦略を練っていたのでしょうか?

梶永 

一作目の場合は、書き上げた後に雰囲気が合いそうな応募先を探しました。例えば、光文社の日本ミステリー文学大賞新人賞は審査員の方々がスーパースターとも言える方々なので「ここからデビューできれば……」と夢想したものですが、原稿のボリュームから募集要項に合致しませんでした。当時の僕は一丁前に「ストーリーに必要だから書いている! これ以上削るところなどない!」と、いま思えば大御所作家のような考えを持っていたので(笑)枚数の上限が多かった「このミス」を選びました。過去の受賞作を調べて、そのうち何冊か読んではみました。ただ、「このミス」って応募対象が「エンタテインメントを第一義の目的とした広義のミステリー」で受賞作の作風も幅広いから、そんなに参考にはならなかったですね。

●初めての小説でデビューしたものの売れずに苦労した吉川英梨さん



――応募する賞の傾向など特に気にせずに作品を書くことに注力された点は、おふたりとも同じですね。ここのところ小説家の生き残りも話題になっていますが、デビュー後は順調でしたでしょうか?

梶永 

僕はデビュー作が映像化、重版したこともあって、その主人公である郷間彩香が登場するシリーズを書き続けられています。ほかに作品を気に入ってくださった編集者さんからのお声がけで、潔癖刑事シリーズ、青山愛梨シリーズなど、警察小説のシリーズを手がけてきました。そのうちの『組織犯罪対策課 白鷹雨音』は、この3月にテレビ東京で真木よう子さん主演でドラマ化しています。

吉川 

私はデビュー作が売れなかったので、その後、原麻希シリーズを始めるまでは、苦労しました。デビュー作が出る前から書き始めていた二作目は、ウェブ連載で評判になったら出そうということだったのですが、まったく反響がなくて出版に至りませんでした。その後、シナリオの仕事をしないかと声をかけてくれた某社のプロデューサーさんと刑事ドラマのプロットを100本以上考えたのですが、それも形にならず……。行き詰っていたところ、そのときのネタを題材として〝女性刑事が活躍する警察小説〟を書きましょうと編集者さんが仰ってくださったので、再起をかけて挑戦しました。それが好評でシリーズ化することになり、ようやく作家として軌道にのることができました。

梶永 

吉川さんは、もともと警察小説以外でデビューされているためか、恋愛小説や児童文学、キャラミスなど、様々な分野に挑戦されていますよね。僕は、なかなか警察小説以外のミステリーを発表する機会がなく、4月に出版した新刊『産業医・渋谷雅治のカルテ シークレット・ノート』は、『ノーコンシャス/身辺警護人・山辺務』以来の警察小説以外では初めてとなります。

吉川 

産業医が、ミステリー含めて小説に描かれることは初めてじゃないですか。それにしても、こんなに冒頭を何度も読み返した作品は初めてでした。いかにもどこにでもいるふうの男性がなにやら悩んでいる冒頭だなとつらつら読んでいたのが、突然、電車に飛び込んだので「ええええ!?」となり、読み進めていくうちに自殺か他殺か、謎を追う主人公と共に読者も振り回されてしまう。あのプロローグを何度も読み返してはみたのですが、全然わからない。けれど噓はもちろん読者へのごまかしも書いていなくて、ありのまま。なんて巧みな描写をされる方だろうと感心いたしました。

●新人賞出身の作家が小説投稿サイトについて思うこと



――小説投稿サイトからのデビューも増えています。それぞれおふたりがデビューされた頃には、まだそれほど流行ってはいなかったかもしれませんが、応募当時に小説投稿サイトがあったら、挑戦していたと思いますか?



 

梶永 

当時はあくまで新人賞を獲ってデビューすることを目指していたから、やっていなかったかなと思います。

吉川 

私は、タイミングによっては、投稿していた可能性も十分あります。だって、賞に落ちても、自分で面白いと思っていたら、やっぱり世に問いたいじゃないですか(笑)

――吉川さんは小説誌等で連載もしていますが、その中にはウェブ雑誌もあります、電子雑誌ということを踏まえて、何か調整されたりしますか。

吉川 

紙の場合、読み手のプレッシャーにならないよう、本文のレイアウトに合わせて文章の長さを調整します。一方、カドブンなどウェブ文芸誌の場合、レイアウトで文字組が自由になると言われたので、あまり気にしていません。そういった点では、紙よりもレイアウトや文体など意識せずに自由に書いていますね。

――梶永さんは、講師として呼ばれている小説教室で、小説家志望の方を指導されていますが、やはりウェブで活躍されている方も多いのではないでしょうか。

梶永 

僕が教えている方には、大きく分けて「文芸系」と「なろう系」がいます。いわゆる新人賞などでの王道のデビューを目指すのが「文芸系」で、小説投稿サイトで活発に創作活動をしているのが「なろう系」です。「なろう系」の方たちの話を聞いていると、小説投稿サイトではウケる小説のテンプレートのようなもの――ラノベだと今なら転生ものとか、ライト文芸ならご当地ものとか――があって、それ以外は受け入れられない風潮もあるので、書きたい物語を書けずに悩むことも多いようです。

―そういった方々のデビューには、どういう指導をされていますか?

梶永 

小説投稿サイトで上位にランキングされて書籍化の打診を得る、という道を選ぶのであれば、まずテンプレートの理解が重要です。しかし、他作品も当然同じようなものになるので、いかにオリジナリティを出すかを一緒に考えていきます。またエンタメ文芸の場合に僕が口酸っぱくして言うのは、「すべてはストーリーのために」ということ。まずストーリーがあるべきで、技術はそのあと。なんなら勝手についてくる(笑)。構成力や描写力は僕でもアドバイスできますが、根幹となるストーリーはそのひとにしか出せないからです。

吉川 

そうですよね。私自身、小説の技術を磨き始めたのはデビュー後で、いまでもまだ研鑽中、道半ばと思っています。ただ、読者は技術には感動しないのですよね。私のデビュー作は素人らしい下手の極みで読み返すのが恥ずかしいですが、いまだにたまに反響をいただくことがあります。人の心を突き動かすなにかがあったようです。

●警察小説、医療小説の主人公たちが背負うべき「使命感」とは?



――吉川さんの新作『感染捜査』では、新型コロナウイルス感染症を思わせるゾンビ発生に、警察と海上保安庁が挑みます。

梶永 

吉川さんは昨年、『海蝶』で海保を取り上げられて以来、2回目ですね。

吉川 

新東京水上警察シリーズで海上保安協会の方がお問い合わせを下さって以来のご縁です。とても面倒見のいい方で、あちこち取材先を紹介してくださるので、すっかり詳しくなりました。海保の精神である「正義仁愛」という通り、やはり日本の海の安全を守るために日々奮闘していらっしゃるので、その使命感に満ちた姿ってかっこいいんです。すっかりハマってしまいました。

梶永 

それにしても、正当な警察モノでありながら、そこにゾンビを入れ込むという発想がすごいです、常人には思いつきません(笑)。それでいて葛藤や人間関係の描写――警察と海保のコンビという職責が異なるコンビの活躍が読んでいても面白かったですし、またそれぞれの使命感にグッときました。僕も『産業医・渋谷雅治のカルテ』では、企業の悪を暴く医師の姿を描きましたが、これもひとの心の闇に迫るというある種の使命感をもって行動する人間の姿を描きたかったから、というところがあります。そして、使命感と対極的なテーマとして「逸脱の標準」がありました。本来そうすべきではないと分かっているのに「これくらい大丈夫だろう」「前は大丈夫だったから」といった気持ちが、悪意の有無とは別に生まれてしまうことがある。問題は、それに気づいた時にどう行動を起こすのか。使命感は本来の道筋に戻るためにエネルギーだと考えています。

吉川 

「使命感を持っている」という点では、梶永さんの著作に出てくる渋谷雅治も、拙著『感染捜査』の天城由羽や来栖光も同じだと思います。みんなとても粘り強いですし、あきらめない。思い悩みながらも信念を貫くさまは、警察モノ、医療モノの主人公が絶対に備えていなくてはいけないものかなと思います。

――最後に今後の抱負を教えてください。



 

吉川 

シリーズモノがどんどん増えてきている中で、それぞれに新作を作るたび登場人物と共に年を重ねているという独特の喜びをこれからも噛みしめていきつつ、年に一作はなにかしらの「チャレンジ」をしていきたいですね。去年は『ブラッド・ロンダリング』『海蝶』と『Lの捜査官』、今年は『感染捜査』と秋から連載が始まる『海の教場』ですね。来年は初めてマル暴警察小説にチャレンジします。お楽しみに!

梶永 

これまで発表してきた作品のほとんどは警察小説でした。もちろんこれからも突き詰めていくつもりですが、今後はさまざまなジャンルに挑戦したいと思っています!どうぞご期待ください。

(終)

吉川英梨(よしかわ・えり)



1977年、埼玉県生まれ。2008年に『私の結婚に関する予言38』で、第3回日本ラブストーリー大賞エンタテインメント特別賞を受賞し、作家デビュー。著書には、『女性秘匿捜査官・原麻希』シリーズ、「新東京水上警察」シリーズ、「警視庁53教場」シリーズ、「十三階」シリーズなど多数。最新刊は、警察パニックアクションノベルの『感染捜査』(光文社刊)。

梶永正史(かじなが・まさし)



1969年、山口県生まれ。『警視庁捜査二課・郷間彩香
特命指揮官』で第12回「このミステリーがすごい!」大賞を受賞し、2014年にデビュー。他の著書に『警視庁捜査二課・郷間彩香 パンドーラ』、『組織犯罪対策課 白鷹雨音』、『ノー・コンシェンス
要人警護員・山辺努』、『アナザー・マインド ×1(バツイチ)捜査官・青山愛梨』などがある。最新作は、史上初の産業医が探偵役をつとめる『産業医・渋谷雅治の事件カルテ シークレット・ノート』(KADOKAWA)。

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