第45回/オーディブルで「儲け話」を耳で聴き太郎
文字数 2,169文字
稀代にして奇態、現代を生きる伝説の漫画家・カレー沢薫がtreeに帰還!
前作「ひきこもり処世術」で大ひきこもり時代を総括したひきこもり・ジェダイ・マスターが次に取り上げるのは……「お金」!
お金にまつわる四方山話を集め資産2兆円(脳内)を目指すカレー沢薫の新たなる旅が始まるーー。
最近「オーディブル」というプロのナレーターや声優による本の朗読が聴けるサービスが一か月無料ということで登録してみた。
そしてここで、私の自著をオーディブル化したいという問い合わせに返事を出さずじまいになっていたことを思い出した。
こういう対応が雑だから、機運を逃すし運気も下がる。オーディブルも無料期間後解約を忘れ、月額1500円という大金を支払うに決まっている。俺は俺に詳しいんだ。
オーディブル化されている本はまだ少ないのだが、トップページで厚切りジェイソン氏の「お金を増やす方法」という本がお勧めされていたのでちょっと聴いてみた。
まずタイトルが、バカかつマネーリテラシー死に太郎でも手に取りやすい感じでありがたい。
ジェイソン氏は投資家としても有名なので絶対投資の話は出てくるだろうが、ここでタイトルに「投資術」などと入れてしまうと一定数が「投資何それ知らん怖っ…」と逃げ出してしまう。
だが「お金を増やす方法」と、これ以上噛み砕いたら消滅するレベルで粉砕してくれることにより、一日50円の小遣いをもらえるようになった小学生でも手に取る気になる体裁になっている。
しかし、読む前からその内容はなんとなくわかっている。
健康本が内容を誠実にしようとすればするほど「十分な睡眠と適度な運動、バランスの取れた食事」しか言えなくなるように、金儲け本も堅実に書こうと思ったら「稼いで節約して投資に回す」という話になってしまう。
そしてジェイソン氏も、全くその通りのことを冒頭で言っているのだ。
この時点で解約し忘れ1500円ドブ捨て野郎は「それが出来たら苦労はしねえ」とキレ出し、それに対してジェイソン氏が「ワーイ!?」とキレ返して終了である。
金儲け本に限らず、ダイエット本や自己啓発本でも、わざわざメソッドを教えてくれる相手に対し、もれなく「私はあなたとは違うんです」という昔懐かしい難癖をつけるため、どんな教えも無意味なのだ。
そして堅実な金儲け本は、スタートが「労働」からはじまるという問題もある。
何が問題なのかわからないという人もいるかもしれないが、「労働」を問題だと感じているやつほど金儲け本に手を出しがちなのに、それらの本がまず労働を勧めているというのは何故看過されているのか理解できない大問題である。
ジェイソン氏も今はFIRE状態だが、やはり最初は就職と労働からスタートしているのである。
そして話は早々に投資の話に移っていく。
ジェイソン氏は、自分の金の増やし方を惜しげもなく周囲に教えているが、本当に実行するのは一握りだという。
大体が、「投資」と聞いた時点で「オラそんな難しいことおっかなくてできねえ」と、クワを持って野良仕事に戻ってしまうらしい。
しかしジェイソン氏的には、金を増やしたいと思っているのに投資をしない人間の方が不可解だという。
銀行に預けたところで金利などないようなものだ。だったらその金を投資に回したほうが絶対良いということだ。
もしかしたら「銀行に預ける金があること前提」で話をしているのが間違いなのかもしれない。
だが、ジェイソン氏もまさか元手になる金もなしに「増やす方法」を聞いてくる奴がいるとは、夢にも思わなかっただろう。
そういうタイプは投資家ではなく、「金を発生させる方法」を知っている錬金術師の門を先に叩いた方が良い。そうしないとお互い時間の無駄だ。
だが、万が一銀行に金があったとしても「投資は怖い騙されそう」といって、ケツ込みする人間の方が多いという。
日本人の投資に対する恐怖はかなりのものであり、何に恐怖しているかというとおそらく「減る可能性」に対してだ。
ジェイソン氏も「投資には元本が減るリスクは常にある」と言っており、むしろ長くやっていれば1回ぐらいマイナスを目にするものである。
しかし「預けた金が逆に減る」という現象になれていないため、一瞬でもマイナスを見るぐらいなら銀行に預け、「リソク7」という表示を見てシケ面をするほうがマシと考える人が多いということだろう。
しかしジェイソン氏のやりかたは、リスクの低い投資信託を長期間コツコツ買っていく方法なので、例え途中で地球半壊レベルの経済危機が起きたとしても、いつかはもちなおし、かなりのプラスになる可能性の方が高いという。
ちなみに長期間というのは、数十年レベルの話である。
「お金を増やす方法」というタイトルの本を手に取る奴は、「今すぐ一瞬で増やしたい」と思っていることの方が多いのではないか。
しかし「投資信託で長期投資」みたいな内容に即したタイトルにすると、まず読もうとする人間が激減してしまう気がする。
そして私も激減する読者の一人である。
今のところ続きを読む予定はない。
山口県在住の漫画家・コラムニスト。最新作に『ひとりでしにたい』原作(講談社)など。
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