還暦記念百物語 第4話/嶺里俊介
文字数 1,336文字
『だいたい本当の奇妙な話』『ちょっと奇妙な怖い話』など、ちょっと不思議で奇妙な日常の謎や、読んだ後にじわじわと怖くなる話で人気の嶺里俊介さんによる、tree書下ろし連載第3弾スタート!
今回は還暦を迎えた主人公と、学生時代からの仲間が挑む、実録(?)『還暦記念百物語』第4話「桐箪笥」です!
第4話 桐箪笥
予定表に沿って百物語は順調に進んだ。
1人につき10話を受け持つので、似通った話があるのは仕方ない。私は去年のリハビリ旅行の話を2本続けて壇上から下りた。
「次は俺な」
村岡が立ち上がる。
「話の34、『桐箪笥』」
ふと立ち寄ったリサイクルショップに、その桐箪笥があった。特になにかを探していたわけではなく、時間つぶしと昼食後の腹ごなしに散歩していたら目に入った店だった。
店の奥に古着が並んでいる。そろそろ秋になる時節だったので、なにか落ち着いたデザインのジャケットでもあればと下がっている品を物色したが、色やデザインだけでなくサイズも合う品となるとなかなか見つからない。
その並びに桐箪笥が置かれていた。見るからに年季が入っている。
着物でも入っているのかと引き出しを開けてみたら、案の定ご婦人用の着物や帯が収まっていた。
和服は嫌いじゃない。着流しできるような男物はないかと別の段を開けたところ、男物の浴衣や帯が畳まれていた。値札を確かめたら『500円』だった。風呂上がりにちょうどいいかもしれない。
横に、なにか嵩張るものが畳まれていた。黒い。少し捲ってみたら、とんびコートだった。いまどき滅多に見ない。
子ども時代は黒マントや赤いマフラーに憧れていたが、10代になってからとんびコートに憧憬を抱いた。向かい風にケープをなびかせる姿は、困難に立ち向かう男を想起させるのでかっこいい。
サイズを確かめるために引き出しから取り出そうとしたら、誰かの手が触れた。
慌てて手を引いたが、もちろん人が隠れるスペースなんてないので、気のせいだと分かる。
再度、奥へ手を伸ばす。
引き出しの奥から白い手が出てきて、俺の手の甲に細い指が這った。生きている人のものとは思えないほど冷たい。
手を引こうとしたけれど腕を掴まれてしまった。力は強く、押せども引けども腕が動かない。
「……駄目」
頭に女性の声が響いた。
手を引こうとしたが、まったく動かない。彼女は存外力が強い。
「なんか知らんが俺が悪かった。この服はあんたのものだ」
俺の腕を掴んでいた手がするりと抜けた。
気配すらなくなっていたが、もはや桐箪笥の中を調べる気力はない。
俺は脇目も振らずに店を出た。
桐箪笥かとんびコートになにかややこしい事情があるのだろうが、どうでもいい。知りたくもない。
「お帰り。……村岡、その手はどうした」
職場に戻ったら、同僚が表情を曇らせた。
手の甲に引っ掻いたような傷があり、血を滲ませていた。
嶺里俊介(みねさと・しゅんすけ)
1964年、東京都生まれ。学習院大学法学部法学科卒業。NTT(現NTT東日本)入社。退社後、執筆活動に入る。2015年、『星宿る虫』で第19回日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞し、翌16年にデビュー。その他の著書に『走馬灯症候群』『地棲魚』『地霊都市 東京第24特別区』『霊能者たち』『昭和怪談』などがある。