アルパカブックレビュー『だいたい本当の奇妙な話』

文字数 2,560文字

嶺里俊介さんの『だいたい本当の奇妙な話』

奇妙なタイトルのこの作品、中身も本当に奇妙なんです……。

なんとも不思議な魅力の作品の読みどころを、アルパカさんことブックジャーナリストの内田剛さんがレビューしてくださいました!

『だいたい本当の奇妙な話』読みどころ/内田剛

 これを書いている僕自身が、かつて不可解な体験をしたことがある。夜ごとに感じた金縛り。全身を上から強く押さえつけられたようで身動きがとれない。振り絞っても声が出ない。恐怖のあまり脂汗をかいて目が覚める。過度の疲れかストレスか。合理的な理由を考えたが分からずじまい。悪夢といえばそれまでだが、自分を押さえつける黄色い人影や、その手にはめたれた腕時計まで記憶に刻まれていて気味が悪かった。後から聞いた話だがその近所で以前、重大事件があったらしいがもちろん関連性はまったく分からない。


 誰もが多かれ少なかれこうした理屈では説明のつかない現象に立ち合っているのではないだろうか。本書に描かれているのは決して派手ではない。僕らがいつも目にしている日常の風景である。だからこそ恐怖はジワジワと忍び寄る。『だいたい本当の奇妙な話』とはなんとも人を喰ったようなタイトルであるが、読み終えれば何か得体の知れない何かに全身が飲み込まれたような感覚に陥るだろう。巧みに仕掛けられた極めて危険で中毒性の高い一冊なのだ。


 本書は11のストーリーから構成されている。ひとつひとつの物語は短くてカジュアルだ。しかしこの圧倒的な読みやすさに油断してはならない。導入からして不可思議なムードが漂っている。心霊現象とはまた違った、まるで人ならぬ「何か」に見つめられているようだ。行間からその正体を推理しながら読み進めてもらいたい。


 語り手は著者と思しき「進木独行」という人物だ。デビュー5年以上のキャリアを持つ中堅ホラー作家という設定で、彼自身が実際に見聞きしたエピソードを綴っている。ここで本当の著者・嶺里俊介のプロフィールを確認すべきだろう。その重なりはあえて繰り返すまでもない。小説のカタチをしているがほぼノンフィクション。いわゆる実話系の作品と言っていい。現実か妄想か定かではないが不思議な話はシンクロしながら人生を彩る。特筆すべきは語り口の切れ味の鋭さだ。それぞれの話のラストは一枚の写真である。これほどリアルで説得力のある演出はないだろう。オチに鮮やかな余韻が加わって、恐ろしさも現実味を帯びてくるのだ。


 写真だけではなく設定もまた見事だ。いかにもありそうな世界に引きこむために様々な固有名詞も登場する。入口となる1話目「ざしきわらしの足音」はタイトル通り、誰もが知る子供の妖怪が登場する。実際に岩手県二戸にある「ざしきわらしの宿」も人気を博しているというから、テーマパークで遊ぶがごとく都市伝説を自ら体験したいというニーズはどうも高まっているようだ。ともあれ人気スポットを導入に起用するあたり実に心憎い。


 5話目「経る時」のウェルナー症候群も気になるワードだ。この病気は数万人に一人という難病「早老病」のこと。患者が若すぎる老人ホームが舞台なのだが急速に迫る老いと死に対峙して切実に生きる意味を考えさせる。6話目「毒虫」には目には見えない「チャドクガ」が出てくる。防ぎようのない毒というものが説明のできない不可思議な現象の象徴にも思える。具体的な地名も物語にリアリティを与える重要な要素だろう。10話目『既視感』は神戸・芦屋に取材したストーリーだが、景観を重視するために日本で初めて電柱を地中化した超高級住宅街である六麓荘町の風景も、どことなく人の暮らしが見えない別世界に思える。現実を直接的に意識させつつ虚構か幻想に近いようなイメージを突きつけられて、いつしか頭の中も真っ当でなくなりそうだ。


 さらには五感すべてを存分に刺激する表現にも注目してもらいたい。2話目「おーい」では蛇口から水が出ていないのに音だけ聞こえる浴槽が描かれる。幽霊の仕業とは考えたくない。しかしただの幻聴にしては気味が悪い。(どうも異なるモノは水回りを好む傾向があるらしい。)続く第3話「見えない事故」では大きなクラッシュ音が聞こえたが、誰も事故を目撃していないという奇妙な話。散乱する車の破片はいったい何なのか。まさに狐につままれたような感覚だ。4話目「寿桜」では女子寮から漂う妙な臭いが印象的。7話目「町の灯」では、ちりりんと鳴る自転車のベルがいつまでも響きわたる。8話目「母子像」では首のないカメの死体という圧倒的なビジュアルが脳裏に焼きついて離れない。こうした気配、音、臭い、視覚といった感覚の描写がとことん心を騒つかせるのだ。


 違和感を感じた時点でもう「何か」はそこにいるらしい。正常と異常の境目が分からなくなってきているこの時代。いったい何が「普通」なのかも定かではない。そもそも自分自身が「異」なる存在なのかもしれないし、この世界自体がもしかしたらすでに「異なる何か」に取り憑かれてしまっている可能性もある。もはや手遅れと思ったならば、ここはキッパリと諦めよう。作中に「大事なものはむしろ寄り道したところにある」というフレーズがあるが、いつもとは違った道で帰りながら、これまでに見たことのない景色を感じさせてくれる体験談に耳を傾けてみよう。奇妙な話は感度の高い者たちに近づいてくる。そしてそのうちの誰かがきっと次の語り部となるはずだ。


嶺里俊介(みねさと・しゅんすけ)

1964年、東京都生まれ。学習院大学法学部法学科卒業。NTT(現NTT東日本)入社。退社後、執筆活動に入る。2015年、『星宿る虫』で第19回日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞し、翌16年にデビュー。その他の著書に『走馬灯症候群』『地棲魚』『地霊都市 東京第24特別区』『霊能者たち』などがある。

内田 剛(うちだ・つよし)

ブックジャーナリスト。本屋大賞実行員会理事。約30年の書店勤務を経て、2020年よりフリーとなり文芸書を中心に各方面で読書普及活動を行なっている。これまでに書いたPOPは5000枚以上。全国学校図書館POPコンテストのアドバイザーとして学校や図書館でのワークショップも開催。著書に『POP王の本!』あり。

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